31話 「準備万端を整えよ!」(前編)
慶次は、モニカらと離れて、別室で手渡された青いパイロットスーツに着替えていた。スーツは分厚いゴム製のようなグニュグニュした素材で出来ていて、顔を残してすっぽりと体を覆う形になっていた。
慶次は、全裸になってから、スーツに手足を通して身につけ終わると、左腕に付いている腕時計のような制御コンソールのスイッチを入れる。すると、スーツ内に貼られたジェルが起動し、ぴっちりと体に貼り付く形へと変形した。
スーツは、特に苦しくはないが、指先までぴっちりし過ぎているため、スポーツにはあまり適していないような気がした。しかし、慶次が腕を動かしてみると、どこも突っ張ったところはなく、とても動きやすい。
「うーん、これはウルトラマンというか、むしろペプシマンだな……」
慶次は、備え付けの鏡を見ながらぼやく。
青いパイロットスーツは、未来的と言えるのだが、体の線がリアルに見えていて、そんなにかっこいいものではない。特に股間のあたりは、あまり人様にお見せしたくない有様だ。
慶次は、首を横に振りながら、部屋を出て、搭乗型機械人形の待つ広場へと向かった。機械人形の近くには、服部博士と、既にスーツから私服に着替えた助手の芹菜が待っていた。
しばらくすると、モニカ達もこちらの方へ歩いてきたが、全員が体にマントのような布を巻き付けている。
「かなり怪しい集団だな」
慶次は、モニカに話しかけると、モニカはなんとなく慶次から視線をはずしながら、答える。
「あんたの方がさらに怪しいわよ」
「まあ、ペプシマンだし、な」
他の三人も慶次の方を見ていたが、なんとなく視線を外しながらも、股間のあたりに視線が来ているような気がした。慶次は、その点を指摘しようかとも思った。しかし、それは、俺のモッコリが気になる?的な、変態的質問になることに気がつき、寸前で抑えた。
「じゃあ、ちょっと動かしてみよっか」
「そうね」
「俺、ライオンワンでもいい?」
「あんた、ほんと一番にこだわるわねぇ」
モニカがあきれ顔で罵りながらもうなずくと、ドミニクもうなずきながら答える。
「僕は、別に何番でもいいよ」
「じゃあ、私が二番、ドミニクが三番、クリスが四番でいい?」
モニカは、さっさと仕切ってしまったが、番号などどうでもよさそうなドミニクとクリスは、うんうんとうなずく。
「でも、交信するときは名前で呼べばよくない?」
その横で成り行きを見守っていた由香里が口をはさんだ。慶次は、由香里の疑問に笑顔で答える。
「今日はそれでいいんだけど、奪還作戦では他人もいるから、コードの方がいいんだよ」
「あー、そういうことかぁ」
タイガーワンこと由香里は、納得した様子でうなずいた。
話がまとまったところで、皆はそれぞれ、搭乗する機体へと散っていった。それぞれの機械人形の腰のあたりには、機体番号が書かれていたので、慶次は一番機、モニカは二番機、ドミニクは三番機、クリスは四番機の前に立った。その背中に向かって、服部博士が大声で声をかける。
「これから、初期設定をするので、乗り込んだら質問に答えて下さい!」
「了解!」
博士は、手元のコンピュータになにやらコマンドを打ち込むと、五機の機械人形が一斉に膝を折って、搭乗口の扉を開ける。皆はそれぞれの機体に乗り込むと、棺桶そっくりにくぼんでいる小さなコックピットに体を沈めた。コックピットの中は、非常に柔らかく、身を沈めると周囲から体に絡みついてくるように、壁がぴったりと体にひっついた。
「プリンの中のさくらんぼ状態だな、こりゃ」
慶次は、かなり狭いコックピットの中でもぞもぞしながらつぶやく。扉はまだ閉まらなかったが、すぐに、機械人形のナビゲーションプログラムが女性の声で話しかけてきた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「うへっ」
慶次は、機械人形からのウェルカムメッセージに、思わずむせそうになった。このメイド口調は、博士の趣味に違いないが、ずっとこんな感じたと先が思いやられる。慶次は、あきれながらも質問を待つ。
「それでは、ご主人様のお名前をフルネームでどうぞ」
「服部慶次」
「慶次様、ですね。 慶次、と呼ぶ方がいいですか?」
「そうしてくれ、頼むから」
戦闘中に、『慶次様、敵をお切り致しましょうか?』とか言われるのは、絶対に勘弁して欲しい。慶次の願いが通じたのか、そういう仕様なのか、コンピューターの口調はだんだん普通になってきた。
「わかりました、慶次。 次に私の名前を登録して下さい」
「ライオンワン」
「ライオンワン、了解。 セットアップ完了、起動します」
慶次の搭乗機体、黒獅子は、扉を閉め、膝を折った搭乗姿勢から、直立する姿勢へゆっくりと移行する。慶次の顔には、3Dディスプレイの付いたマスクが降りてきて、ぴったりと顔を覆う。恐らく、酸素マスクにもなっているのだろう。ちょっと、圧迫感はあったが、立体表示が開始されると、視界が広がって閉塞感はなくなった。
慶次がきょろきょろとあたりを見回すと、各機とも同じようにきょろきょろと顔を動かしていた。ほどなく、モニカが慶次に話しかけてきた。
「そっちは、ご主人様、とか言われたの?」
「ああ、そうそう。 そっちは、お嬢様だった?」
「いきなりお嬢様とか言われて、実家の爺やを思い出したわよ」
「ええっ?! 本物がいるんだ?!」
「ああ、うちは家が古いから……」
モニカの実家、カスティリオーネ家は、イタリア都市国家時代に栄えた小さな国の君主の家系で、今でもその家に仕える一族が数百人近くいるらしい。モニカの剣技は、その王族のみに伝わるもので、人前で披露するときには、一般的な技の形にわざわざ直している。しかし、真剣になると、その技の一端が垣間見える。慶次は、モニカの剣速と、その太刀筋の鋭さには一目置いていた。
「じゃあ、軽くチャンバラでもやろうか」
「あ、慶ちゃん、また私とやろうよ~」
由香里がモニカとの会話に割り込んできた。しかし、由香里の提案は、慶次には魅力的だった。由香里の機体は、最新型なので、性能の差も知りたいし、以前に無人機同士で戦ったこともあるので、訓練の相手としては申し分ない。
「ああ、じゃあ、まずは由香里と遊ぼうか」
「そう。 じゃあ、私はドミニクとクリスを相手に、遊ばせてくれない?」
モニカは、黒獅子の機体で、ドミニクとクリスの機体の方へ右手を伸ばすと、その人差し指をちょいちょいと自分の方へ動かした。
「いいねぇ、やろうか」
「……それで、いい」
ドミニクとクリスは、モニカの誘いに答えると、慶次らから少し離れて向かい合った。
「でも、ちょっと白虎の動きも見てみたいね」
ドミニクがそう言うと、モニカもクリスも、それぞれの機体の首を縦に振って、うんうんとうなずく。
慶次と由香里は、モニカ達から少し離れて、お互いに背中の剣を抜いて向かい合った。博士達は、建物の中へ既に退避している。
「慶ちゃん、もう抜いちゃうんだ」
「だって、これ、普通の剣だからさ」
「じゃあ、いくよ」
由香里は、そう言うと、いきなり大きく前に踏み込んできた。由香里が操る白虎は、無線操縦型の機体より格段に大きいにもかかわらず、ものすごい速さで、慶次が操る黒獅子に迫ってくる。由香里の体は、すさまじい加速度で壁に押さえ付けられているはずだが、由香里が白虎を動かすには、指一本動かす必要はなく、ただ頭の中で運動のイメージを組み立てるだけでいい。
慶次は、踏み込んできた由香里のスピードにたじろぎながらも、剣を横に構えて、由香里の上段切りを受け止める。金属がぶつかり合うものすごい音とともに両腕に衝撃が走ったが、慶次の黒獅子は、何の苦もなく、白虎の渾身の一撃を受け止めた。
「機体のパワーは、やはり同じぐらいだな」
慶次は、腕に力を入れて、白虎の剣を押し戻すと、少し下がって、下段に剣を構え直す。由香里は、すり足で、じりじりと間合いを詰めながら、慶次の攻撃に対してカウンターで返すことを狙っているようだ。
慶次は、つられてやろうかとも思ったが、すぐに気持ちを引き締め直すと、慎重にフェイクを入れながら、由香里の小手あたりを狙って、小さなモーションで剣を振る。由香里は、少し剣を下げて、剣の根元近い位置でそれを受けながら、また前へ大きく踏み込んできた。
慶次はそれに合わせて、突きを入れようと、剣を突き出したが、由香里はそれを読んでいて、体をくるりと回して突きを避けながら、流れるようなステップで慶次の黒獅子に肉迫する。
慶次は、とっさに剣を引いて、由香里の胴を切り裂こうとしたが、由香里は、剣から左手を離し、手刀で慶次の剣を器用に叩いてその軌道をずらしながら、右手で持った剣を慶次の黒獅子の首に当てた。途中で慶次はその動きに気がついたが、自分の剣を思ったより強い力で弾かれたため、体勢を立て直すことができなかった。
「むぅ、また負けてしまったなぁ」
「慶ちゃん、さっきのは生身なら止められたんじゃない?」
由香里は、慶次の黒獅子の動きが鈍いように感じたようだ。道場でもそうやすやすと勝たせてはくれない慶次の動きからすれば、最後の攻撃も止めることができたはず。由香里はそう考えたようだ。しかし、慶次の感想は違っていた。
「いや、俺が遅いんじゃなくて、そっちが速いんだよ」
「え?」
「だから、生身の動きより、速くて力強いから、簡単に圧倒された、のかな」
「うーん、そう言えば、体が軽いような感じはしたかなぁ」
由香里は、道場で十二分に体を鍛えているが、それでも男の慶次には体力的にかなわないところが多い。しかし、白虎と黒獅子は、速さもパワーもほぼ互角なので、体力差で勝負が決まることはない。そして、イメージを体の動きに変換する速度は、白虎の場合、生身とほぼ同じ。それに対して、黒獅子の場合は、慶次がピクピクと動かした体の動きを検知して動くので、生身よりも少し遅れる。
「こりゃ、廃ゲーマーが最強とか、なるかもね」
「でも、全身の動きをイメージするんだから、反射神経だけでも勝てないよ?」
慶次の何気ない一言に、由香里は猛然と反論する。確かに由香里の言っていることの方が正しいようだ。
「まあ、そうだろね。 じゃあ、お次の方~」
慶次は言い負かされた照れ隠しに、モニカに話を振る。モニカは、既にやる気まんまんでクリスとドミニクと対峙していた。すぐに一対二の戦いが始まった。
――既に、慶次達は服を着替えて、研究所の会議室まで戻ってきていた。
ちなみに、モニカvsドミニク・クリス組の勝負は、モニカがかろうじて勝利を収めた。クリスは、剣が苦手なようで、ハルバートを欲しがっていた。また、ドミニクは、剣が軽すぎる、とぼやいていた。それらは既に特注されているようで、すぐに研究所に届くはずだ。
しばらく会議室で待っていると、服部博士が入ってきた。
「お待たせしました。 ちょっと用意に時間がかかったんだが、最後に、今回の作戦で同行する支援攻撃機を皆さんに紹介しておきます」
「紹介って、挨拶でもしてくれるのかな?」
慶次は、気安い野次を飛ばす。しかし博士はニヤリとすると、いきなり指笛を吹いた。
――ピィィィィ
支援攻撃機を呼びつけている、といった風に紹介したいのだろうと、慶次が馬鹿馬鹿しく思っていると、遠くの方からガシャガシャと何かが近づいてくる音がする。
それは、蹄が廊下に当たるような妙な音だ。すぐにそれは部屋に飛び込んできた。
その支援攻撃機は、全身銀色のロボットで、四足歩行をしていた。大きさは大型犬ぐらいで、その顔も犬の雰囲気に作られている。そいつは犬のように口を開けると、犬ではあり得ない言葉をしゃべった。
「よぉ、よろしくな!」
コントならここで全員ずっこけないといけないな、と慶次はつまらないことを考えながら、そのロボット犬をまじまじと見た。そのロボット犬は、驚いたことに慶次に目を合わせて、言葉を重ねる。
「そこの坊主は、慶次だな。 まあ、よろしくな!」
「え~、なにそれ……」
慶次は、ちょっとお茶目が過ぎるんじゃないかと、博士に抗議の目を向ける。モニカらも、うさんくさそうにロボット犬を見つめている。博士は、それに答えて説明を始めた。
「いや、しゃべり方はいくらでもプログラムできるんだが、他のはイラッとくるぞ?」
「いや、既にイラッときてるんだが……」
「じゃあ、ちょっと丁寧なロボット風に変えてみようか?」
博士はそう言うと、ロボットに向かって、音声コマンドを与える。
「マスター権限で、言語プログラムをベータ1に変更。 なんか挨拶してみろ」
一呼吸置いて、ロボット犬が話し始めた。
「はじめまして、みなさん。 今後ともよろしくお願い致します」
「うへぇ」
「あー、僕はさっきの方がいいな」
ドミニクが素直な感想を述べると、みんなも大きくうなずいた。
一度そのロボットを犬だと思って見てしまうと、丁寧な口調で話す犬ほど気持ちの悪いものはない。かといって、ワンワン吠えるだけでは、会話もできないわけだし、なんとなく生意気な口調が、実は一番しっくりくるのだった。
「お気に召しませんか?」
ロボット犬が慶次の方に顔を向けて、さらに問いかけてくる。慶次はなんだか背筋がむずむずしてきて、博士に助けを求めた。
「ああ、もうさっきのに戻してよ」
「マスター権限で、言語プログラムをアルファー1に変更。 なんか言ってみろ」
博士は、ロボット犬に再び命令を与えると、ロボット犬は、さらに一呼吸置いて博士の命令に答えた。
「そういうわけで、俺の体は犬なんだが、心は人間というわけだ」
犬は自慢げに自分のことをそう評したが、慶次達はやはりうさんくさいロボット犬に半信半疑の目を向けていた。
「こいつ、どんな役に立つの?」
慶次が博士に問いかけると、ロボット犬が代わって慶次の質問に答える。
「ミサイルも内蔵してるが、俺の真骨頂は、探査だぜ」
「ほほう、鼻が利くとでも言うのか?」
慶次は、生意気なロボット犬にいつの間にか乗せられて、会話をしていた。
「おうよ。 まあ、鼻じゃなくて、気体分子識別装置だがな」
「じゃあ、女性の居場所とか、見えなくても探れると?」
「まあ、匂いをたどれるなら、探れるわな」
このロボット犬は、今回の真奈美奪還作戦にはうってつけのようだ。
「そうか、そいつは頼もしいな」
「おうよ。 まあ頼りにしてくれや」
しかし、どこまでも生意気に設定されたロボットではあった。
――その日から、慶次達は何度も訓練を繰り返すことになる。
真奈美を連れ去った犯人グループは、北朝鮮に上陸した後、陸路で中国にある秘密の研究所に向かったようだった。しかし、秘密と言っても、研究所内には現中国政府に内通する者がいて、その場所は既に判明していた。連絡が来れば、計画を念入りに立案して、奪還チームを送り込む。既に準備は万全、万端を整えていた。
次回、いよいよ敵地へ潜入します。
また、敵側の様子も紹介します。ランフェイには、ダークなお姉様が?!




