30話 「機動歩兵 試作型四拾式」
慶次は、家に帰る道すがら、由香里に電話して、事の顛末を説明した。由香里は、既に芽依子から作戦の様子や結果などを聞いていたようで、詳しい説明は必要なかったが、慶次と同様、由香里も相当に落ち込んでいた。
「真奈美さん、私も助けに行きたかったけど、何をやっても結果は変わらなかったね」
「そう、だな……」
由香里は暗い声で感想を述べ、慶次も暗い声で答える。
その後、明日の研究所での集合時間を知らせた後、慶次は電話を切った。家に着いても父である服部博士は帰宅しておらず、研究所に泊まり込んだようだ。慶次は一人食事を済ませると、さっさと寝ることにした。
モニカらも寮の食堂でさっさと夕食を済ませると、お互いにほとんど会話もないまま、それぞれの自室へ戻っていった。その後、モニカは、お風呂を済ませて身支度を調えると、すぐにベッドの中に潜り込んだ。
それからしばらく経った後、ドアをノックする音がして、廊下のドミニクが話しかけてきた。
「モニカ、起きてる?」
「起きてるわよ、ちょっと待って」
モニカはベッドから抜け出すと、ドアを開けてドミニクを自室に招き入れた。
パジャマ姿のドミニクは、自分の枕を両腕の中に抱えて、困った顔でモニカに謝る。
「ごめんね、モニカ。 眠れなくて……」
「まったく、ドミニクは、見かけによらず甘えんぼさんなんだから」
「一緒に寝てもいい?」
「ほんとに、これで何度目かしら」
モニカは、布団を大きくめくってベッドに潜り込むと、自分の横をポンポンと叩く。ドミニクは、照れくさそうに持って来た枕をベッドの上に置くと、モニカの横に潜り込んで来た。
「今日のことが頭から離れなくてね……」
「そうね…… でも考えても仕方がないわ。 明日のこともあるし」
「うん……」
ドミニクは、大きくため息をついて返事をすると、そのまま黙り込んでしまった。モニカは、黙っていても何か話したそうなドミニクに質問してみる。
「準のこと?」
「え?! ……そうだね、僕はそれで悩んでるのかな?」
ドミニクは、自分にしかわからないことをモニカに尋ねたが、ドミニク自身が分からないことを、モニカが分かるはずもない。モニカはさらに質問する。
「好きなの?」
「うーん、準には悪いけど、それはない、かな」
「そう……」
「でも、準のピュアさは好きだし、彼の好意は嫌じゃない、かな」
ドミニクは、少しあいまいな言い方をしたが、恋の悩みというわけではないようだった。今度は、ドミニクがモニカに質問してくる。
「モニカは、慶次が好きなの?」
「え?! ……どう、かな……」
「僕は、結構好きだよ」
「そ、そうなんだ……」
モニカは、ドミニクが慶次を好きだと言ったことにどぎまぎしながら、慶次に対する自分の気持ちを振り返ってみる。
慶次は、任務では頼りになる男だが、おっちょこちょいで、押しの弱いピュアなところがあり、冗談でごまかすような頼りないところもあり……。しかし、彼はいつも先頭を切って、その背中で付いて来いと言っているようなところが、ちょっとかっこよくもあり……。モニカは、素直に自分の気持ちをドミニクに打ち明ける。
「私は、ちょっと好きになりかけてる、と思うわ」
「そっかぁ。 でもそれなら、強力なライバルの幼馴染みちゃんに勝たないとね」
「まあ、ユカは完全に慶次に惚れてるわね」
モニカは、由香里のジト目を思い出しながら、くすくすと笑う。ドミニクは、余裕だね、と言いながら、モニカのおなかをくすぐった。
今頃、真奈美がどのような目にあっているかを考えると、モニカもドミニクも気が変になりそうだった。しかし、今日の出来事とは全く関係のない恋バナをして、少しリラックスできた。その後も、くだらない話をした後、どちらともなく二人は眠りに落ちていった。
――次の日、遠隔現実開発センターで――
慶次は、待ち合わせの時間きっかりに遠隔現実開発センターの受付に到着したが、受付の人によれば、すでに全員が到着しているとのことだった。慶次は、少し遅れたかなと思いながら、受付の人の案内で会議室へ向かった。
会議室では、パイロットメンバー全員が着席しており、慶次は手招きしている由香里の横に座った。後ろに座っているモニカが、小声で慶次に話しかけてくる。
「遅い! 十分前集合が基本でしょ!」
「ごめんなさい、反省します……」
すぐに、服部博士が入ってきた。
「みなさん、おはよう。 昨日は大変お疲れ様でした」
皆も博士の挨拶に答え、博士は話を続ける。
「さっそくだが、今回の犯行について、犯人の素性や事件の背景について説明します」
博士の話によれば、今回の犯行グループは、中国人民解放軍の正規兵ではあるが、現政権の打倒を企てる一派の、いわば私兵として動いているらしい。末端の兵士達は何も知らされていないが、軍上層部は次期主導者候補と通じていて、中華バブル崩壊後の腐敗しきった現政権を打破するため、強力な兵器となる機械人形の開発に力を入れていた。
しかし、なかなか進展しない開発に業を煮やした上層部は、最近日本で開発された思考制御型ブレイン・マシン・インタフェース技術を我がものにしようと、無茶な作戦を決行した、ということのようだ。
当然この作戦は、大きな国際問題に発展する性質のものだったが、中国政府側の全面的な謝罪と、日本からの奪還部隊の受け入れを直ちに表明したことで、お互いに単なるテロとして対処することに合意し、なんとか穏便に決着したのだった。
さらに博士は話を続ける。
「そういうわけで、敵の本拠地も既に判明しており、近いうちに犯行グループも工藤さんを連れてそこへ戻るだろう。 内通者もいるようなので、情報を集めてから詳しい作戦を立て、その後工藤さんを奪還する」
その奪還作戦で、昨日、博士の電話で話のあった新型機を投入することになるのだろう。
「では、皆さんに、機動歩兵、試作型四拾式を紹介しよう。 地下になるが」
皆は、博士の後ろにぞろぞろとついていき、開発センターの地下にある、機械人形の試験施設に入った。その施設は、以前にテストを行った警視庁術科センターの秘密地下試験場よりもはるかに大きい。その高い天井から照らされる強い光によって、屋外かと見間違えるほどの広さだ。
入り口から中央の建物の方へ歩いて行くと、その影に隠れていた五機の新型機の姿が見えてくる。新型機の機体は、無線制御型の機械人形の三倍近い大きさがあり、がっちりとした印象を与えていた。
そしてそのうちの一機は、他の黒い機体と異なり、白を基調とした塗装がなされていて、より洗練されているように見える。新型機の前に着くと、博士が説明を始めた。
「この五機は、いずれも搭乗型の機械人形で、棺桶の機能がコックピットの中に入っている、と考えてもらえばいい。 そして、この白いのが試作型四拾式だ」
「この白いやつは、一機しかないけど、他のは新型じゃないの?」
慶次は、父に当然の疑問をぶつける。服部博士は、息子の方を見てうなずいた後、みんなに説明を始めた。
「四機の黒いやつは、旧型の棺桶に相当する物が入っている」
「ああ、体をピクピクさせて動かすやつね」
「そう、思考制御型ではない。 そして、白いのだけが思考制御型、というわけだ。 しかし、黒いやつ、弐拾八式改も、機体性能は同程度だ」
服部博士の説明によれば、考えるだけで動かせるのは白いやつだけで、他の黒い四機は、旧型の機械人形と同じく、体を拘束状態でピクピクと動かして制御するタイプのようだ。もっとも、旧型機で使われていた圧力作動流体と呼ばれるジェルは、皮膚感覚を与えるために最新鋭機でも使われていて、ジェルを体に巻き付ける点では同じだった。
「じゃあ、裸で乗り込んで操縦室の中にジェルを充填するわけ?」
慶次は、さらに質問したが、それを服部博士は手で制して説明を続ける。
「その点については、実物を見てもらおう。 降りてきてくれ」
博士が新型機の方に軽く手を振ると、新型機はゆっくりと片膝をつく。そして開いた搭乗扉から博士の助手、大橋芹菜が降りてきた。
芹菜は、新型の宇宙服のようなピチピチの全身スーツを着込んでいる。そのパイロットスーツは、体の線がくっきりと見えていて、見ようによってはかなりエッチっぽいものだ。慶次は、目の前に立つ芹菜に思わず釘付けになりそうだった。
「えー、そこの息子が反応しているようだが、ちょっと人前では着にくいかもしれないな」
博士は、慶次の方を見て、にやにやしながら続ける。
「このスーツの内側には薄いジェルが貼られていて、着るだけでいいようになっている。そして、このスーツは、搭乗型の全機体に共通となっている」
博士の説明では、このスーツは、近距離無線通信で機体と自動的に接続され、スーツに記憶された搭乗者の身体パラメータが機体に送信されることで、どの機体でもスムーズに操縦できるようになるらしい。
「さて、この白いやつ、我々は『白虎』と呼んでるが、これには遠藤さんに搭乗してもらおうと思う」
慶次は最新鋭機のパイロットに指名されるかもしれないと、実はワクワクして待っていた。しかし博士は由香里を指名した。これは、適性試験の結果を考慮したものだろう。
慶次は、ここでブーブー不平を言うのはガキっぽいと思ってぐっと我慢した。博士は、慶次の様子を見て、さらに説明を付け加える。
「確かに、慶次の方が経験はあるだろう。 しかし、遠藤さんは新型機に乗る方がずっと能力を発揮できる。トータルでの判断だ」
確かに、由香里は、旧型機に限って言えばその経験もないし、その適性も恐らく慶次の方が上なのだろう。全体的に見れば、慶次を黒い方に乗せる方がチーム全体としての戦力アップになるのだろう。
「……ごめんね、慶ちゃん」
「いや、親父の言うとおりだと思うよ。 一緒にがんばって、真奈美さんを奪還しよう」
慶次は、全体のことを考えてすっきり納得したので、素直に由香里に最新鋭機を託した。
博士はそのやりとりを見てから、さらに説明を続ける。
「この黒いやつ、我々は『黒獅子』と呼んでるが、これも優れた機体だよ」
「でもオーバーブーストはできないんだよね?」
「それをやったら、急激な加速で搭乗者が気を失うからね。 でも敵より動きは俊敏なはずだ」
博士は、黒いやつの出来にも自信があるようだ。これら五機で、真奈美を取り返すため、中国にある敵の秘密基地へ出撃することになる。
慶次は、気が引き締まる思いで、雄々しく立つ五機の搭乗型機械人形を見上げていた。
そのとき、クリスが慶次の袖口をちょいちょいと引っ張ってから、質問をしてきた。
「びゃっこ、くろじし、って何のこと?」
クリスは、当てはまる漢字が思い浮かばなかったようだった。慶次は、クリスの方へ向き直って説明してあげる。
「びゃっこは、ホワイトタイガー、くろじしは、ブラックライオン、という意味なんだ」
「……かっこいいね」
クリスは、喉につっかえたものがとれたように、すっきりとした顔で微笑んだ。しかし、慶次は、そのとき、小さい声で同時につぶやいたモニカとドミニクの言葉を聞き逃さなかった。
「今、なるほど、って言ったよね?」
「え?! 白虎ぐらい、知ってるわよ! 獅子も知ってるけど、ちょっと字が浮かばなかったのよ!」
モニカは慶次に抗議したが、外国人の彼らが知らなくても全く問題ないようなことである。慶次は、笑って答えた。
「いや、日本人でもピンと来ないことはあるさ。 でもコードネームは、タイガーワンと、ライオンワンからライオンフォーにした方が、ピンと来るかもね」
「それ、いいね」
ドミニクが答え、なんとなくなごやかな雰囲気になった後、機体の詳しい説明や注意点などがあれこれと説明された。それらが済むと、初日なので、お試し程度に全員で搭乗してみることになった。




