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29話  「国外逃亡を阻止せよ!」(後編)

 クリスは、潜水艦に向かってまっすぐに水上走行していたが、その視野の片隅に警報がウィンドウ表示される。飛龍の武器システムにロックされたのだ。それを見てすぐに、クリスは、機体を左右に振る回避運動を開始した。


「重い……」

 クリスは思わずつぶやく。このとき、機械人形(パペット)の制御信号は、東京から新潟へ送られていたが、途中でいくつかの信号中継地点が入っていて、制御に遅れが生じていた。いわゆる、ラグっている状態である。


 クリスの機体は、現在オーバーブースト状態で高速機動しているため、本来なら目にも止まらない早さで回避運動ができる。しかし、制御に遅れがある状況下では、通常速度以下の回避運動しかできない。そこで、クリスは、すぐに自動回避モードを選択した。

 自動回避モードとは、機械人形に予めプログラムされた回避運動を自動的に実行するモードである。このモードを選択すると、クリスが細かく操縦しなくてもランダムに回避運動が行われる。

 しかし、プログラムによるランダム回避には弱点があった。


「さすがに無人機は速いな……」


 ランフェイは、自動回避モードで高速に回避するクリスの機体に向かって射撃を続けながら、ため息をつく。しかし、すぐに状況は好転するだろう。


「どう? 回避パターンは解析できた?」


 ランフェイは、飛龍(フェイロン)のナビゲーションプログラムに尋ねる。答えはすぐに返ってきた。


「現在、予測ヒット率は、約3%です」

「上等、上等」


 ランフェイは、にやりと笑いながらつぶやくと、射撃モードをプログラム自動追尾に切り替え、連続射撃を開始した。飛龍の巨大なライフル銃は、一秒間に二発程度の間隔で、強力な破壊力を持つ弾丸を連続的に打ち出しはじめた。



「クリス! 先行しすぎよ! 横一列で行きましょう!」


 モニカは、前を行くクリスの機体に砲撃が集中しているのを見て、急いでクリスに呼びかける。潜水艦は砲撃をしてこないようなので、敵に対して等距離になるよう離れて四機で接近すれば、誰か一人は潜水艦までたどり着けるだろう。

 機械人形の装甲はその軽さからすれば相当に固いが、戦車のように分厚いものではない。強力な弾丸が当たれば木っ端微塵に破壊されるだろう。しかし、モニカの警告は、残念ながら遅すぎた。


 モニカは、呼びかけた直後に、クリスの機体の頭部が砕け散るのを見た。クリスの機体は、がくんと速度を落としたが、さらに続けて腕や足が爆散し、あっという間にバラバラになって四散した。


「――ごめんなさい……」


 クリスは、自分の機体があっという間に破壊されてしまったことにショックを受けながらも、視界が暗転した棺桶の中から、戦闘を継続している三人に謝った。


「下がっても回避不能だったから、気にしないで」


 芽依子は、クリスのモニターをヘリからの映像に切り替えながら、クリスに声をかける。そして、キーボードを忙しく叩きながら、残る三人に声をかける。


「今から、集合座標を送信します。 編隊を組み直して!」

「了解!」


 三人は同時に返事をし、芽依子から送られてきた座標へ向かって高速で転進した。すぐに三機は、飛龍に対して間隔を開けて向かい合う形に編隊を組み直し、再び接近を開始する。


「ドミニク、モニカ。 ミサイルとか持ってないよな?」

「さすがに持ってきてないね。 輸送ヘリにも積んでないようだし」


 慶次の問いかけに対して、ドミニクは、残念そうに答える。しかし、モニカは、意外な答えを用意していた。


「ミサイルはないけど、山のように手榴弾があるわ。 かなり遠くまで届くわよ」


「そんなの当たるのかよ?」


 慶次は、すさまじい水しぶきを上げて海上を高速に走行する機械人形(パペット)から数百メートルの距離を投げて、手榴弾を当てることなど考えられなかった。しかし、モニカは自信ありげに答える。


「潜水艦程度の大きさなら、もう少し近づけば確実に当てられるわ」

「よし、じゃあ、俺とドミニクがおとりになるから、沈まない程度にやってくれ」

「了解」


 慶次とドミニクは、モニカに潜水艦への攻撃を託すと、モニカより少し前に出て、回避運動を行いながら、飛龍に対して銃撃を開始した。甲板の上で止まっている飛龍は、慶次らの銃撃をもろに受けたが、至近距離ならまだしも、かなり離れた距離からの銃弾は、飛龍の装甲に簡単に弾かれてしまった。


「ふん、こんな攻撃なら、潜水艦に穴さえ開けられないな」


 ランフェイは、鼻でせせら笑うと、少し前に出ている慶次の機体へ次なる銃撃を開始した。これに対して、慶次は、自動回避モードを使わないで、自分の山勘だけで回避運動をプログラムした。

 プログラムといっても、右回避が三回続いたから、次は左だろうと思ったら、後ろに下がり……といった適当さで、いくつかの回避パターンを考え、それらを慶次が適当に選んでオーバーブーストで回避を行う、というものだった。

 しかし、人間の適当さは、回避パターンの解析を行う飛龍のナビゲーションプログラムからすればかなりの難敵だった。


「パターン解析できた?」


 ランフェイは、飛龍(フェイロン)に尋ねたが、答えは否定的なものだった。


「現在、予測ヒット率は、0.1%以下です」


「そうか……ここは行くしかない、か」


 ランフェイは苦々しげにつぶやいた。しかしその歪んだ表情は、すぐに一転してさっぱりとあきらめた表情に変わる。

 潜水艦はもうすぐ潜航を開始するだろう。それまでに敵を片付けられなければ、潜水艦を逃がすために、最後は自爆してでもここに残るしかない。


「もう一度、あの水着を着てみたかったな……」


 ランフェイは、ぽつりとつぶやいた。尾行中にプールで着た、鮮やかなピンク色のビキニは、コックピットの物入れにしまったカバンの中だ。


 ランフェイは、小さく首を横に振ってから、決心した声でコマンドを発した。


「飛行翼、展開!」



 ――慶次は、左手に広げた盾を胸のあたりに構えながら、潜水艦に接近していた。すると甲板上に立つ敵機体が、突然その背中から大きな翼を広げるのを見た。


「おいおい、こいつ飛ぶのかよ……」


 慶次は思わず声を上げる。翼は機体の二倍以上はありそうな大きなものだった。慶次が驚いていると、いきなり敵機の後方に巨大な水柱が立った。やや遅れて叩き付けるような轟音が聞こえてくる。


 同時にふわりと浮き上がった機体は、水面すれすれに慶次達の方へ飛んでくる。


「やべ……」

「やばいね」

「やばいわね……」


 慶次は、モニカとドミニクと、同時に同じ感想をつぶやく。


「まだ遠いけど、これから投擲(とうてき)を開始するわ」


 モニカがきっぱりとした声で宣言すると、手榴弾を右手に持ち、潜水艦の尾翼付近めがけて美しいフォームで投擲を行った。手榴弾は、大きく放物線軌道を描いて潜水艦の方へ飛んでいき、潜水艦の近くに小さな水柱を作った。


「どんどんいくわよ! 当たるまでは踏ん張ってね!」


 モニカは、慶次らに声をかけると、次々に手榴弾を投げ始めた。



 ――ランフェイは、水面効果を利用するために水面すれすれの高さで飛行しながら、最大推力で慶次らの機体に迫っていた。すると、少し後ろにいる機体が手榴弾とおぼしきものを次々と潜水艦の方へ投げつけ始めるのが見えた。


「やばいな……」


 ランフェイは小さく舌打ちすると、機体をいきなり急角度で上昇させた。その真下の水面は、飛龍(フェイロン)の最大推力による噴射を受けて、またしても大きな水柱を上げる。


 ランフェイは、手榴弾の落下軌道に飛龍(フェイロン)の軌道を合わせると、手榴弾を器用に自分の機体に当てて止め始めた。手榴弾は、次々と飛龍(フェイロン)に当たり、ばらばらと海面へ落下していった。


「時限信管でラッキーだったな……」


 ランフェイはそう言うと、先にモニカの機体をしとめようと、空中から射撃を開始した。しかし、ランフェイが空中に飛び上がったことは失敗だった。慶次らは、がら空きになった前方へ向かって、高速で潜水艦に接近していたからだ。


「くそ! 二機ともつぶすのは無理か……」


 ランフェイは、ターゲットを慶次の機体に再びロックし直して、空中からの射撃を再開した。あとは、潜水艦の潜航が早いか、慶次らが取り付くのが早いかの、競争となるだろう。しかし、潜水艦は一向に潜航を開始しない。


「何をやってるんだ……」


 ランフェイは射撃を続けながら、吐き捨てるように言う。そのとき潜水艦から通信が入った。


「これで詰みだ」

「どういうことですか?!」


 ランフェイが大声で問いただすと、通信の声は簡単に答えた。


「敵の暗号を解析。 直ちに帰投せよ」


 ランフェイは、相手が何を言っているのかすぐには理解できなかったが、やがて敵の通信を妨害する準備が整った、という意味であることがわかった。

 ランフェイは、ほっと息を吐くと、射撃を中止して、潜水艦の後部甲板へ着艦する最短コースを進み始めた。



 ――慶次は、ドミニクとともに、潜水艦へまっしぐらに進んでいた。途中で空中からの射撃は止まり、潜水艦も潜航しそうにない。なんとか間に合いそうだ。


「勝ったな……」


 慶次がそう思った瞬間、目の前が真っ暗になり、全身の感覚が喪失した。いきなりログアウトしたような感覚に慶次があっけに取られていると、視界がヘリからのカメラに切り替わり、芽依子が話しかけてきた。


「敵に通信を乗っ取られた模様。 機体は海中にロスト……」


「え?! 暗号が破られたの?!」


 慶次は思わず芽依子に問いただしたが、芽依子は、わからない、と一言返しただけだった。


 ヘリからのカメラは、潜水艦の後部甲板に立つ飛龍(フェイロン)が内部へ収納されていく様子を映し出していた。そして収納が終わると、潜水艦はゆっくりと海面下へ潜航していった。


「どうしてこうなった……」


 慶次は深いため息をつくと、真奈美の屈託のない笑顔を思い出し、悔しさに歯を食いしばった。慶次の乾いた唇にうっすらと血がにじむ。


「状況は終了しました…… ログアウトして連絡を待っていて下さい」


 芽依子も落ち込んだ様子を隠せない暗い声で指示を出すと、皆はそれぞれ悔しさをかみしめながら、一斉にログアウトしようとした。

 慶次はそれに待ったをかける。


「準には俺が説明するから、みんなは一分ほど待ってからログアウトしてくれ」

「了解」


 モニカらは、力なく答え、慶次はログアウトした。


 慶次は、ログアウトするとすぐに棺桶(コフィン)から出て、素早く服を着た。そして、ボタンを留めながら、つらい報告をするために、準のいる隣の部屋へ向かった。


 準は、慶次の携帯を握りしめながら、座って慶次が出てくるのを待っていた。慶次が暗い顔でカーテンを開けるのを見て、準はハッとした表情になったが、それでも慶次に問いただす。


「助けられたんか?」


「すまん、ダメだった……」


「なんでや! まかせとけって、ゆったやろうが!!」


 準は、慶次を責めても仕方ないことは十分に分かっていたが、それでも問い詰めないわけにはいかなかった。準は、立ち上がると、やおら慶次の胸ぐらをつかんで激しく揺さぶった。


「なんでやぁ! なんで助けられへんかったんや!!」


「すまん、準……」


 慶次は、準の顔をまともに見られずに顔をそむける。準は、慶次を殴りたいのを必死で抑え、右手の拳を強く握りしめる。その手は、細かく震えていた。



 ――モニカらがログアウトして棺桶(コフィン)から出ると、隣室がただならぬ様子になっていることが感じられた。

 モニカら三人が急いで下着を着けていると、隣室から準の叫ぶ声が聞こえた。


「くっそぉぉぉぉ!! なんでやぁぁぁぁ!!!」


 準の悲痛な叫び声を聞いて、ドミニクは下着姿のまま、隣室に飛び込んだ。隣室では、慶次の胸ぐらをつかみながら、涙を流して上を向いている準の姿があった。ドミニクは、ためらうことなく、準の背後から手を回して、その背中にしがみついた。


「落ち着いて、準。 必ず奪還のチャンスは来るから……」


 準は、絶望の暗闇に飲み込まれて、ただ立ちすくんでいたが、ふと後ろからかけられたドミニクの優しい声を聞いた。背中には、ドミニクの柔らかい体がまとわりつき、その温かさが感じられる。準は、自分の行動が急に恥ずかしくなってきて、小さな声で言った。


「ありがとう、ドミニク…… 落ち着いてきた……」


「そう……」


 ドミニクは、少しの間、準の背中に体を合わせていたが、やがて体を離すと、それ以上は何も言わず、隣室へ戻っていった。カーテンの隙間から同じく下着姿で顔を出していたモニカも、こちらを見ないように顔をそむけている慶次の方をちらりと見てから、着替えるために自分の棺桶(コフィン) の方へ戻っていった。



 ――数分後、皆は押し黙ってテーブルの回りに座っていた。


 やり切れない空気が部屋の中を渦巻いていたが、その雰囲気を切り裂くように、慶次の携帯が鳴った。準が投げ捨てるようにテーブルの上に置いていた携帯を、慶次は急いでひっつかむ。


「どうなった? メイさん!」


 しかし、その電話は芽依子ではなく、慶次の父、服部博士からだった。


「結果は見ていたよ。 潜水艦は領海を出て、まっすぐ北朝鮮に向かうようだ」

「え? 中国じゃないの?」


「色々と事情があるようで、中国政府から全面的な謝罪と説明が入ってきている」

「そうなんだ……」


「それは明日まとめて話すが、暗号通信プロトコルが解析されたのは私のミスだ」


 慶次は、電話の声が聞こえているか、皆の方を見て確かめた。

 皆がうなずくのを見て慶次は続ける。


「暗号は、量子コンピューターでも破れないんじゃなかったの?」

「ああ、そうだ。 しかし、研究所ではその暗号を外してプログラムを改良していたところだった」


「でも暗号を変えたら、大丈夫なんだよね?」

「いや、プログラムを解析された以上、根本的に変更しない限りまた破られる」


「じゃあ、しばらくは機械人形(パペット)は役に立たない、と?」

「ああそうだ」


 服部博士の説明を聞いて、皆の目には絶望の色が浮かぶ。プログラムの全面変更にどれだけ時間がかかるかは知らないが、数日で出来る作業ではないだろう。しかし、服部博士は、力強く話を続ける。


「確かに現行の機械人形(パペット)は役に立たないが、手駒はそれだけではない」

「というと?」

「明日、皆に新型機を紹介しよう」


 服部博士の口ぶりだと、次なる手があるようだった。うっすらと希望の光が見え、皆の表情には、少しの期待感が見えた。

 とにかく、明日話を聞きに行こう。長い一日はここで解散となった。

 スカッとしない、鬱展開ですいません。


 今回が物語の底ですので、これからの慶次達の活躍にご期待下さい。

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