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28話  「国外逃亡を阻止せよ!」(前編)

 真奈美を乗せた車は、東京から日本海へ抜ける道をひた走っていた。既に車は何度も乗り換えられたが、車種自体はワンボックスカーで変わりがなかった。


「ねぇ、どうしてパイロットなんて誘拐するの?」


 陰鬱に続く重い沈黙に耐えかねて、真奈美は隣に座るランフェイに尋ねた。ランフェイはちらりと車を運転する男を見やってから、質問に簡単に答える。


「生体データが必要だからだ」


「……私、実験されちゃうの?」


 真奈美は、少しおびえた表情でさらに尋ねる。ランフェイは気の毒に思ったのか、少し表情を緩めて説明を始めた。


「いや、脳の反応データが必要だからだ。 機械人形の制御プログラムを解析するには、パイロットの反応データを同時に取得する必要があるらしい」


「そうなんだ……」


 真奈美は、怪しい研究室で拘束されて、人体実験されるイメージを振り払おうと、脳の反応データが必要な理由を考えてみた。しかし、単なるパイロットである真奈美に、プログラムの解析手法などわかるはずもない。

 ただ、真奈美は、試作機の開発では、棺桶に入って実際に機体を動かしながら、プログラムのパラメータを調節する作業をずっと続けていたことを思い出した。恐らく、解析にも同様の作業が必要になるのだろう。真奈美はそう考えることにした。



――その頃、VR研究部の部室で


 慶次達は、とりあえず部室の中の大きな机を囲んで座り、芽依子から入る連絡を沈鬱な表情で待っていた。いつもは陽気な準も、姉の身に危険が及んでいることを思うと、とても冗談など言う気にはなれず、いらいらと椅子に座ったり立ったりを繰り返していた。


「気持ちは分かるが、とりあえず座ってろよ」


 慶次は、自分もいらいらしていたため、つい強い口調で準に文句を言った。準は、ぎろっと慶次を睨んだが、怒鳴り返すだけの元気もなく、小さく舌打ちして椅子に座る。部屋にはカリカリとした険悪な空気が流れていた。モニカは、ドミニクと目を合わせて、小さくため息をついた。


 そのとき、慶次の携帯端末が鳴った。慶次はあわててポケットから携帯を取り出すと、電話に答えた。


「あ、メイさん、状況は?」

「逃走に使用された黒いバンが発見されましたが、乗り換えられた後でした」

「あぁ……」


 部屋の中では、皆が息を飲んで慶次の携帯を見つめている。あまりにも静かだったため、携帯から流れる芽依子の声は、皆の耳にも聞こえていた。


「しかし、乗り換えの様子はジャンクションのカメラが捉えていて、乗り換えた後の車もすぐにみつかるでしょう。 彼らは新潟方面へ逃走していると思われます」

「新潟だって?!」


 慶次は驚いて芽依子に尋ねる。しかし、船で逃げるのならありそうな行き先ではあった。芽依子は説明を続ける。


「さきほど、あなたたち四機の機械人形(パペット)を乗せた輸送ヘリが発進しました」

「もう、スタンバイした方がいいかな?」

「いえ、まだ時間はかかるでしょうから、またこちらから連絡します」


 芽依子は、現在検問を大々的に展開していることを説明した後、気を張り詰め過ぎないように言い置いて、電話を切った。慶次は電話をポケットに戻しながら、皆に聞く。


「聞こえてた?」

「ああ、よく聞こえてたよ」


 ドミニクは、うなずく皆を見渡しながら答える。


「出動の機会がありそうでよかったよ。 この手で取り戻したいからね」


「そうね。敵も機械人形(パペット)を用意している可能性を考えたのでしょう」


 モニカは、厳しい表情のまま答える。


「あとは、検問にかかることを祈るだけね」


 モニカの言葉に、ドミニクもクリスも黙ってうなずいた。それから、再び長い長い待機状態が始まった。



――新潟県上越市、直江津港の近くで


 真奈美らの車は、何度か乗り換えのための停車をしたにもかかわらず、4時間ほどで新潟県上越市にある直江津港付近まで到達していた。彼らを乗せるための船は、港にひっそりと停泊していたが、港に向かう道は既に警察によって検問封鎖されていた。


「大尉、助手席まで来て、警察の応対をしろ」

「はっ」


 ランフェイは、真奈美の方に向き直ると、真奈美に改めて釘を刺した。


「もし助けを呼んだら、警官や民間人を射殺する」


 真奈美は、黙ってうなずくしかなかった。

 ランフェイは、助手席に移動して、後ろの席との境にあるカーテンを下ろし、車外の目から真奈美を隠した。しばらくして、車は検問の列に入る。


「こんにちは、免許証を拝見します」

「はい、わたし、日本語、だめ、です」


 警官に答え、運転席の男は車の窓を開けて国際免許証を警官に渡す。


「あー、中国の方ですか……」

「はい、父は日本語がだめなので、私が代わりに答えます。何でも聞いて下さい」


 ランフェイは、助手席から笑顔で警官に声をかけた。


「ああ、そうですか。どこまで行かれますか?」


 警官は、明るいランフェイの声に少し安堵した様子を見せて、質問を始める。


「このレンタカーを返して、船で中国に帰ります」

「そうですか……。 すいませんが、パスポートも拝見できますか?」


 ランフェイは、ポケットからパスポートを取り出す。

 開け放った車の窓からは、港近くの潮の香りに混じって、道路のほこりっぽい風が吹き込んできた。


――ヘック、チュン


 後ろの席でおとなしくしていた真奈美は、吹き込んできたほこりっぽい風に鼻をくすぐられ、ついクシャミをしてしまった。その音は当然に警官にも聞こえた。


「あれ、後ろにも誰かいるんですか?」


 警官は、厳しい表情になって、ランフェイに尋ねる。恐らく真奈美の写真は、検問の警官全員の手に渡っているはずだ。男は、軽く舌打ちをすると、警官の制止を振り切って車を急発進させた。すぐにサイレンの音と共に、パトカーが追跡をしてくる。

 男は無線機を取り出すと、状況を船に連絡する。ランフェイは、激しい揺れをものともせず、素早く後方の席に戻ると、真奈美に言う。


「まったく面倒なことをしてくれたな。 銃撃戦になるから彼の後に付いて走れ」

「あなたはどうするの?」

「警官を撃ち殺すさ」


 ランフェイは、いつの間にか取り出したサブマシンガンの安全装置を外しながら、にやりと笑って答える。真奈美は背筋が凍る思いで、ランフェイの暗い笑顔を眺めた。


 すぐに車は港に停泊する小さな船の近くで止まった。数台のパトカーもその近くに止まり、中から警官が出てきたが、発砲はおろか拳銃を構える気配もない。

 警官の一人が車の影から顔を出して、拡声器で声をかけてきた。


「海上も含めて、君たちは完全に包囲されている。 銃を捨てて投降しなさい」


 男は警察の声には当然耳も貸さず、船の方へ走った。ランフェイは、真奈美を男の方へ押しやると、警官の方へ銃を向けた。すると警官達は、一斉に車の影に引っ込んだ。


「ぬるいな……」


 ランフェイは、嘲りの表情を浮かべたが、銃を乱射すると反撃されるリスクが高いと判断し、そのまま船の方へじりじりと後退を始めた。しかし、警官隊は人質のことを考慮してか、発砲をすることはなかった。


 男の方はすぐに船のエンジンをかけ、ランフェイに声をかける。ランフェイはくるりと振り返ると、船の方へ走り始めた。それでも警官隊は、発砲を控えていた。すぐにランフェイらを乗せた小さな船は、港の出口へ向かって波を蹴散らせ走って行く。


「あんな小さな船で、逃げ切れるわけがないだろうに……」


 水しぶきを上げて疾走していく船を見ながら、警官の一人がつぶやく。

 その船を追っていくのであろうヘリコプターの爆音が遠くに聞こえていた。



――その少し前、VR研究部の部室で


 いつもは楽しいおしゃべりの場となっている部室も、今日ばかりは霊園のように静かだった。ずらりと並ぶ棺桶は、静かにその住人を待っていたが、住人の方もまた静かに時が過ぎるのを待っていた。


 その静寂を破って、再び慶次の携帯が鳴る。慶次は、既にテーブルの上に置いてある携帯をひっつかんで、電話をしてきた芽依子に答えた。


「出動?」

「そう、準備して。あとは接続してから説明します」


 クリスは、いつもの様子からは考えられない俊敏な動きで立ち上がると、棺桶(コフィン)の方へ走りながら既に上着を脱いでいる。それを追ってドミニクも走っていった。

 モニカは、彼女らが入っていった部屋を仕切るカーテンを先に閉めてから、慶次らの方へ振り返る。


「30秒だけ待ちなさい! それまでに入ってきたら、許さないわよ!」

「ああ、わかってる。 30秒経ったら知らないぜ」

「この変態!」


 30秒経つ前にのぞいたような口ぶりで、モニカは慶次を罵ると、カーテンをわずかに開けてその隙間からするりと中に入った。ぴしゃりと音がして、カーテンが閉められ、中でごそごそと服を脱いでいるような衣ずれの音が聞こえてきた。


 慶次はわざとらしく咳払いをすると、あっけに取られている準の方へ振り返る。


「俺の携帯を渡しとくから、後は芽依子さんから聞いてくれ」

「勝手に電話に出てもいいんか?」

「ああ、出てくれ。 しかし、いたずらはするなよ?」

「するか、そんなもん!!」


 慶次は、会話の内容とは裏腹に真剣な表情の準に携帯を手渡すと、準の肩に右手を置いて言う。


「まかせとけ!」

「あぁ、頼むで!!」


 慶次は、カーテンの方へ振り向いたが、30秒数えるのをすっかり忘れていたことに気がついた。しかし、カーテンの向こうでは音もしないようだったので、多分大丈夫だろうと思いながらも、一応声をかける。


「入るぞ!」

「あ、バカッ」


 向こうでモニカの小さな声がした後、バタンとふたが閉まった音がした。ちょっと早かったかなと思いながら、慶次はゆっくりとカーテンを開けた。幸い、全員が棺桶の中に収まっていた。


「閉めとくから、お前ものぞくなよ。 特にドミニクのは、な」

「なんで、ド、ドミニク、限定なんだよ?!」


 とたんにどもる準に笑って手を振ると、慶次は素早くカーテンを閉め、自分の棺桶の方へ小走りで向かう。


 途中でモニカの棺桶(コフィン)の方を見ると、乱雑にたたまれた衣服から少し離れたところに、小さな布きれが落ちていた。目を凝らすと、それはモニカが最後に脱ぎ捨てたものらしい。

 慶次は他の服と一緒に直してあげようかとも思ったが、小さな親切、大きなお世話、というのがぴったりだと思い直して、自分もセットアップのために服を脱ぎだした。

 慶次はすぐに全裸になると、服を床に脱ぎ捨てたままさっと棺桶(コフィン)に飛び込んだ。


「フルダイブモード。服部慶次、ログイン」



 ――いつものようにセットアップが終了して周囲を見渡すと、輸送ヘリの中で、すでに三人は降下のための準備態勢に入っているようだった。すぐに芽依子が話しかけてくる。


「もうすぐ、海上の目標地点に到着します」

「えっ、海上なの?!」

「ぶっつけ本番だけど、水上走行ユニットを使ってね」


 他の三体の機械人形(パペット)を見ると、その足には、大きな靴のような装置が取り付けられている。水上ではその装置が開いて、叩き付けるように足を動かすと、水上を走れるようになる、というものだ。慶次は、芽依子に一応再確認した。


「ブーストすれば忍者のように水面を走れる、という話だったけど?」

「動き自体は自動制御なので、普通に走る感覚で大丈夫なはずよ」

「まあ、やってみるしかないね」


「もうすぐ目標地点上空です。 直ちにパラシュート降下の準備をして」

「了解」

 慶次は、パラシュート降下の訓練を何度もしたことがあった。着地直前でパラシュートを上手に切り離すのが難しいだけで、頑丈な機械人形での降下は、それほど難しいことではない。


「敵船上空です。あ、あれ、ちょっと待って!?」


 降下直前に、芽依子は慌てた様子で待ったをかける。

 慶次も開け放たれたヘリの扉から船の方を見ると、船近くの水面下から巨大な物体が浮かび上がってくるのが見えた。


「おいおい潜水艦かよ!」

「そうみたいね。これは国際紛争になりそうだわね……」

「しかし、乗り込まれたらやっかいだ。降下しよう!」

「そうね、直ちに順次、降下!」


 芽依子の指示と同時に、バラバラとほとんど間隔を開けず、クリス、モニカ、ドミニクがヘリの外へ飛び出していく。少し遅れて、慶次もヘリから身を躍らせた。


 しばらく落下した後、慶次の機体に取り付けられたパラシュートが自動的に開き、すぐに海面へ到着した。しかし、パラシュートの切り離しがやや早かったのか、慶次の機体は海中深くへ沈んでしまった。


「おおっと、スクリュー・オン」


 慶次がコマンドを発すると、海中に沈んだ機械人形(パペット)は、足の裏に取り付けられた水中推進装置によって、水面へと浮かび上がる。


「水蜘蛛、起動!」


 慶次は、さらに水上走行ユニットの起動コマンドを口にする。

 水蜘蛛と呼ばれるその装置は、足を下ろすときに開き、足を上げるときに閉じるひれのようなものがついており、機械人形の強力な脚力で、沈む前に水を蹴ることで、水上を歩行できるようにするものである。


 慶次は、自動的にブーストモードで水を蹴る機械人形(パペット)によって、雄々しく海面上に立った。しかし正確には、ものすごい水しぶきを上げながら、なんとか沈まないで、水面近くをバタついている状態である。


「こりゃ、うるさいな」


 バシャバシャとものすごい音を立てながら動く水蜘蛛に閉口しながらも、慶次は浮上してきた潜水艦の方を見た。しかし、水面に浮かび上がるまでに若干の時間を要したからか、真奈美達の乗っていた船は、すでに浮上した潜水艦に横付けされていた。


「でも、もう逃がさないぜ。 沈まない程度にボコってやる!」


 慶次は気合いを入れて、潜水艦の方へ向かう。その前には、モニカらの機体が水しぶきを上げて、潜水艦の方へ向かっていくのが見えた。

 そのとき、潜水艦の甲板上に、何かがせり上がってきた。


 慶次は、望遠モードに切り替えて、せり上がってきた物体を見る。それは、機械人形の三倍近くはあろうかと思われる、巨大な人型兵器だった。その背中には、大きなバックパックのような装置が取り付けられており、左手には専用のライフル銃のような武器が握られている。



 ――ランフェイは、上空に現れた輸送ヘリから四体の機械人形(パペット)が降下してくるのを見た。そのときには、潜水艦に乗り移る前に、彼らに追いつかれることを覚悟した。

 しかし、幸いにも潜水艦に乗り込むまでに追いつかれることはなかった。とは言え潜水艦が完全に潜水するのにはとても間に合いそうにない。


 ランフェイが焦っていると、ゆっくり潜水艦の後部ハッチが開いて、その中から巨大な機体がせり上がってくるのが見えた。

 それは中国が誇るランフェイ専用の搭乗型機械人形(パペット)、『飛龍(フェイロン)』だった。


 ここまで一緒に行動してきた上司が、真奈美の腕をつかんで潜水艦に乗り込むのを見とどけると、ランフェイは、その背中に向かって短く挨拶を告げ、飛龍(フェイロン)の方へ向き直る。

 そして、海水でつるつると滑る後部甲板の上を飛ぶように走りながら、大声で叫んだ。


飛龍(フェイロン)開門カイメン!」


 ランフェイの叫んだ音声コマンドに応答して、飛龍(フェイロン)は、ゆっくりと膝を折り、その前面に設けられた搭乗口の扉を開けた。ランフェイは、その扉の端に手をかけて、ひらりとコックピットに滑り込む。

 自動的に扉が閉まり、ランフェイが備え付けの筒に自分の手足を通すと、その筒のような操縦装置がランフェイの体に絡みつき始める。


 飛龍(フェイロン)のナビゲーションプログラムがいつもの挨拶をよこした。


「お帰りなさい、蘭妃(ランフェイ)

「ただいま、飛龍(フェイロン)。 武器システム起動」

「すでにオンラインです」

「ターゲットロック、いくわよ」


 飛龍(フェイロン)は、潜水艦の甲板上で巨大な銃を構えると、まずは先頭を走るクリスに向かって射撃を開始した。

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