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27話  「発見まで待機せよ!」

「なかなか、おしゃれな本棚だな」


 慶次は、モニカのお願い?によって組み立て終わった白い本棚を壁の方へ動かしながら、彼女が選んだ本棚をほめる。

 モニカの部屋に置かれたいくつかの調度品は、白を基調とした明るい感じでまとまっていて、まだまだ段ボール箱が山積みの散らかりようではあったが、慶次にはかなりのセンスがあるように思えた。


「あら、ありがとう。 でも組み立て式の本棚っていい感じのが少ないのよねぇ」


 モニカは、自分の買った本棚を完全に気に入っている風でもなかったが、慶次の褒め言葉にはうれしそうだ。


「……そんじゃあ、俺はこの辺で」


 慶次はモニカの部屋で、しかも二人っきりで話をすることがなんとなく落ち着かなくて、そそくさと部屋を出て行こうとする。


「せっかちなのねぇ、け、い、じ、くん」


 モニカは、さっと立ち上がるとさきほどと同じように扉の外枠に片手をあてて慶次の進路を塞ぎながら、わざとらしくも色っぽい口調で言う。


「え? まあ作業も終わったからなぁ」


 慶次は、いたずらっぽい顔のモニカが何を言いたいのか、今ひとつわからなかった。だから、なんだか落ち着かない気分であることは隠して、部屋を出て行くための当たり前の理由を口にした。


「だーかーらっ、組み立て業者なの、あんたは!?」

「いや、違うけど?」

「そんなの、わかってるわよ!!」


 モニカは、のらりくらりと答える慶次にマジギレして大声を上げる。その後、大きく深呼吸をして、モニカは柔らかく言葉を続けた。


「……だからね、お茶でもいれるから、ゆっくりしてってよ」

「ああ、そうだね」


 怒り顔から一転してあきれ顔のモニカを見ながら、慶次は、そそくさと帰るのは変だったかなぁと反省して、モニカの誘いに笑顔でうなずく。そして、部屋の中の方へ戻ると、適当な場所を見つけて床に座った。


 その慶次の横をモニカが歩いていって、床に置いてある段ボールの一つを開封しはじめた。そして、その中から大きな赤いクッションを取りだす。


「このクッションにでも、もたれて待ってて」


 モニカは、クッションを慶次に手渡すと、別の段ボールをベリベリと開封して、その中から衝撃吸収材にくるまれたティーポットやティーカップなどを次々と取り出した。そして、それらを近くにあった小さな白い机の上に一つずつ並べていく。モニカはテキパキとお茶の支度を終えると、小さなケトルを持って立ち上がった。


「じゃあ、お湯を沸かしてくるから、もうちょっと待っててね」

「ああ、いってらっしゃい」


 慶次は、モニカからもらったクッションに身を沈めながら、首だけ回してモニカを見送る。モニカが部屋を出て行くと、階下にいるはずのドミニクや準たちの話声も聞こえず、急に静かになった。


 慶次は、手持ちぶさたでキョロキョロと部屋の中を見回していたが、急にクッションからモニカの髪の毛の匂いを感じて、はっと身を起こした。

 部屋に入ってからしばらくは、女の子の部屋の匂いが気になっていた慶次であったが、すぐに鼻が慣れてしまい、何も感じなくなっていた。しかし、クッションから感じたモニカの髪の匂いに触発され、慶次は、また部屋の中に立ち込める、ふわっとした甘い香りが気になってきた。


 慶次は、再び戸口の方を振り返ってモニカが戻ってくる気配がないことを確かめると、鼻の方から息をゆっくりと深く吸い込んでみた。すると、慶次は、時々感じていた日本人ではないモニカの体臭の違いをはっきりと感じることができた。


「俺って、匂いフェチなのかもな……」


 息を吐きながら、慶次は、自分の行為に自分であきれ果てて独りごちる。そして、自分にあきれながらも、もう一回深呼吸をしてしまう慶次だった。


 そうして慶次がスーハーしていると、モニカが戻ってきた。


「何ため息ついてんのよ! そんなに待った?」

「いや、なんとなく手持ちぶさたで、さ」


 慶次は、せき込みそうになりながら、モニカの質問をはぐらかす。


 モニカは、ケトルを耐熱性の受け皿に載せると、缶に入っていたお茶の葉を透明なガラス製のポットに入れ、ケトルのお湯を注ぐ。ポットの中は、さっと紅色に染まり、中でお茶の葉がくるくると舞っている。


「わりと飲みやすいキャンディー・ティーを選んでみたけど、紅茶わかる?」

「実は、俺、紅茶好きなんだ」

「へぇ、日本の男子にしては珍しいわね」


 二分ちょっとでしっかりと色が出た紅茶を、二つのティーカップに注ぎながら、モニカは紅茶の話を始めた。


「じゃあ、もう少し刺激的な感じのウバにすればよかったかしら?」

「うーん、でもウバだとミルクが欲しくなるよね」


「あんた、意外なところに趣味があるわねぇ」

「ああ、親父が紅茶好きでさ」


 慶次は、穏やかな香りを放つ緋色の紅茶に口を付けながら、紅茶が好きになった理由をモニカに語る。


「小さい頃から、親父が、これはアッサムだ、これはダージリンだ、といちいち説明しながら俺に飲ませるから、子供の頃には既に味を覚えちゃったんだよねぇ」


「なに、その紅茶英才教育的なノリは?!」


 モニカは、朗らかに笑いながら、慶次の父、服部博士の顔を思い浮かべた。博士は、慶次と顔がそっくりとは言えないが、目のあたりには共通の面影がある。また高度な研究をしているのに堅苦しくなく、ぽんぽんと冗談を言うところは、慶次と似ているところがあった。


――トゥルルルルル

 突然、慶次の携帯端末が鳴った。


「噂をすれば、親父からだよ」


 慶次は、オーソドックスな着信音を鳴らす携帯端末をポケットから取り出しながら、笑顔で問う。


「こんな時間に、なに?」


 慶次は、モニカに笑顔を向けながら、父親と話し始めたが、途端にその顔は恐ろしく険しくなっていく。


「うん。 それで、怪我はしてない?」


 服部博士の顔を思い浮かべながら、モニカは笑顔で慶次の顔を見ていた。しかし慶次のただならぬ雰囲気の変化に、何かよからぬことが起こったことを知った。


「わかった。とりあえず、こちらにはモニカとドミニクがいる」


 慶次は、質問したそうなモニカに目を合わせて軽くうなずきながら、さらに電話を続ける。


「了解。ここにいないパイロットには俺からも連絡してみるよ。気をつけて」


 慶次が電話を切ろうとしていると、モニカの携帯端末が鳴る。


「はい。 あら、メイさん、おひさしぶり」


 電話は芽依子からのようだ。機械人形は、警視庁の所有物ではないが、一般の高校生が自衛隊に勤務することには問題があること等の理由で、形としては慶次も他のパイロットも、警視庁機動制圧班に所属していることになっている。


「はい……。はい……。 状況はわかりました」


 モニカは、芽依子から、研究所が襲撃を受けたこと、パイロットも襲撃を受ける可能性があること、等を聞かされた。この時点で、真奈美が誘拐されたことはまだ誰も知らなかったが、芽依子ら支援スタッフは、すぐにパイロットらの安否確認を始めていた。


 慶次はモニカの様子から、芽依子から説明を受けていることを察し、モニカには声をかけることなく、すぐに由香里に電話をかけ始めた。

 しばらく話し中の後、モニカが電話を切ろうとしてるところで、由香里と電話が繋がった。慶次は、モニカにクリスへの電話を頼んでから、由香里と話し始めた。


「話は聞いたか?」

「うん、さっき電話がかかってきたよ。私、どうしたらいいの?」


「いま、自宅?」

「うん、あ、誰か玄関の所に来たみたい。 慶ちゃん、怖いよ……」


「襲撃者は、玄関で呼び鈴なんか押さないよ。大丈夫、多分警護の人だろう」

「じゃあ、出てみるね」


 しばらく、無音の後、玄関の訪問者とモニタフォンで話す声が聞こえて、由香里の声が戻ってきた。


「SPの人だった。増援が来るまで、家から出るなって」

「ああ、もう大丈夫だとは思うけど、気をつけて」


「うん、お母さんとか、大丈夫かな……」

「襲撃は皆殺しとかじゃなかったみたいだから、それは絶対大丈夫だよ」


「うんうん、もっと話していたいけど、そっちも大変だろうから、一旦切るね」

「悪いな、由香里、また連絡する」


 慶次が電話を切ると、モニカはクリスと話しているようだった。慶次の電話が終わったのを見たモニカは、手に持っている携帯端末を少し口から離して、慶次に説明した。


「クリスは、この建物の自室に居るんだって」

「え? もう来てたの?!」


「そういうわけだから、とりあえず201号室まで来て」


 モニカは、電話の向こうのクリスに声を開けると、ガッチャ、とドアが開く音がして、廊下の方からクリスがひょっこり顔を出した。慶次は安心して思わず抱きしめたくなったが、実際にそんなことをすればとても面倒な事態になりそうなので、クリスには笑顔だけを向けた。


「ということは、あとは、まー姉ちゃんだな」

「そうね、電話をかけながら、みんなで下に降りましょう」


 モニカは、立ち上がると、電話をかけている慶次を横目で見ながら、クリスと階段の方へ向かった。慶次は、真奈美のいたずらっぽい笑顔を思い出しながら、電話に出てくれ、と念じて彼女の携帯端末に繰り返し呼び出しをかけたが、一向に電話はつながらない。この時代、電波が届かない場所はまずないので、電源が切られているのかもしれない。


 慶次らが階下に降りると、ドミニクが準の肩に手を回して、なにやら慰めているようだった。準は不意に顔を上げて、降りてきた慶次に気がつくと大声で叫んだ。


「おい慶次。 姉ちゃんの電話がつながらへんのや! まー姉ちゃん、どうしたんや!!」

「落ち着け、準。 誰もわからん!」

「あ、あぁ、そうやな……」


 準は、がっくりと肩を落として、食堂の椅子に座り込む。その肩にドミニクが手をかけて声をかけた。


「電話の電源を切っているのかもしれないし、まだ何かあったと決まった訳じゃない」

「ありがとう、ドミニク……」


 しかし、その淡い期待は、芽依子から慶次にかかってきた電話によってすぐに断ち切られた。芽依子の話によれば、真奈美を警護していたSPは、繁華街で彼女を見失い、次に発見したとき、真奈美は、二人組の男女と黒いバンに乗り込もうとしていたらしい。SPは追いかけようとしたが、車は発進してしまい、真奈美が抵抗している様子もなかったので、事件性があるのか判断が付きかねていたそうだ。しかし、今回の研究所襲撃事件が明らかとなり、真奈美が誘拐された可能性が極めて高くなった、ということだった。


 慶次は苦々しい顔で電話を切ると、事の顛末を食堂にいるみんなに話し始めた。モニカらは黙って聞いていたが、準は見ていられないほど、がっくりとうなだれている。慶次の話が終わると、準はおもむろに顔を上げて、低い声で慶次に尋ねた。


「なあ、ロボットでやっつけられへんのか?」

「ああ、もちろん、どこにいるか分かれば、やっつけてやるさ」

「どこにいるんや、まー姉ちゃん……」


「探すのはプロに任せて、私たちはすぐに出動できるように部室で待機してましょう」


 モニカは、きっぱりとした声でその場を取り仕切り、みんなはうなずいて部室に向かうことにした。


 真奈美が発見されるまで、いつ終わるともしれない待機状態が始まった。

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