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21話  「学校内で宣伝せよ!」

「服部君、これはどういうことですか?!」

 真行寺怜香は、長い髪が風になびいて顔にかかるのを気にも留めず、いきなり慶次に問いただした。


 怜香は、慶次とは違うクラスだが、小学校からの顔なじみだ。最近はあまり話をする機会もないが、中学3年間はずっと同じクラスだったこともあり、よくくだらない話をしたものだった。怜香は、切れ長の目が印象的な和風の美人であるからか、彼女とよく話し込んでいる慶次は、色々とやっかまれたこともあった。


 その怜香の回りには、取り巻きのように、風紀委員の腕章を巻いた数人の男たちが、腕組みをして同じようにこちらを睨んでいた。


「おお、真行寺。久しぶり……って、なに怒ってんの?」

「怒ってるんじゃなくて、質問してるんです!」

 言葉とは裏腹に、怜香は、プリプリと怒った顔で慶次に突っかかる。


「これって、勧誘のこと?」

「そう。これは何の勧誘で、誰に許可を得ているんですか?」

「これは、新しくできるVR研究部の勧誘で、許可は……」


 慶次は、許可は得てないんじゃないかと思いながら、向こうの方にいるモニカに声をかける。

「モニカ、この勧誘って、許可とってる?」

「え? 知らないわよ、そんなこと。チラシ配りなんて好きにやったらいいじゃない」


 モニカは、怜香の方を見ながら、こちらの方へ歩いてくる。そして、慶次の隣に立ち、怜香の方に向き直った。

「初めまして、カスティリオーネさん。私は生徒会長の真行寺怜香です」

「初めまして、真行寺さん。で、いったい何が問題なんですの?」


 モニカは、高飛車に質問したが、口調があらぬ方向に変化していた。慶次が面白がって指摘しないものだから、モニカはお嬢様口調をどういうわけか丁寧な口調だと誤解している節があった。


 怜香は、モニカの口調に少したじろいだが、具体的に問題点を指摘し始めた。

「まず、部員の勧誘活動を行う場合には、全てのクラブが同じ日に行うことを原則としています」

「あら、その日以外には、お誘いすることもできないのかしら?」

「個人的な勧誘はいいですが、不特定多数を相手とした勧誘は禁止されています」


「堅苦しいのねぇ」

 モニカはぼやいたが、怜香はさらに畳みかける。

「それに、チラシの配布は、一切禁じられています」


 慶次は、あまり校則や規則などを読んだことはないが、確かに新入生勧誘の日にチラシを配っていたクラブは無かった。いまさらながらに思い出した慶次は、まずかったなぁと思ったが、モニカは怜香に食い下がる。


「表現の自由というものがあるんだから、演説しようが、チラシを配ろうが自由なはずですわよ」

「それはそうですが、チラシは配ると、ああいう風になります」


 そう言って、校門の外の歩道を指さした。そこには、数枚のチラシが地面に落ち、風に舞っていた。早速捨てた奴がいたようだ。それを見たモニカは、ぐぬぬ、といった表情になったが、それには捨てられた悔しさも含まれているのだろう。

 慶次は、少しいたたまれない気持ちになって、落ちているチラシを回収しようと走り出したが、ふと名案を思い付き、くるりと振り返る。


「ちょっとだけ、話を待っててくれ! 数分で戻るから!」

「こんな時に、どこ行くのよ?!」

「買いもの!」

 慶次は、落ちているチラシをすばやく集めて大声で答えると、近くの文房具屋の方へ走っていった。


「お買いもの?」

 取り残された二人と、彼らを遠巻きに見ていた見物人たちは、走り去った慶次の方を見ながら、目が点になっていた。



――数分後、慶次が戻るまでの間に、校門付近では、なにやら面白いことが起こりそうだ、と立ち止まる人々や、帰ろうとする友人を呼び止める人などで、だんだんとごった返してきた。

 走って戻ってきた慶次は、さらに大きくなった人だかりに驚いたが、手にした100枚単位の封筒を机の上にばらして広げると、振り返って叫んだ。


「これから、美人留学生のサイン会を行います! 欲しい人は並んで下さい!」


 周囲はどよめきと爆笑に包まれた。

 美人と言われたモニカなどはとても喜んで……などいるはずがなく、目を三角にして詰め寄ってきた。

「なにがサイン会よ! 全くなに考えてんのよ?!」


 美人と言われたドミニクとクリスは、人混みをかき分けてやって来たが、そんなことはどうでもいい勢いで、同時に慶次に言った。

「「サイン会じゃない!」」


 慶次は、いつの間にか隣に来ていた由香里の方を見ながら、皆に説明する。

「確かにサイン会じゃないんだけど、そういうことにしとこう!」


「いいえ、服部君。それは通らないでしょう!」

 怜香は、少し声を荒らげながら、慶次の策略を即座に却下する。

「サイン会でも何でも、チラシ配りはダメです!」


「いや、だからこれを封筒に入れて、名前を書けばさ」

 そう言いながら、慶次は、チラシを4つに折って封筒に入れ、その封筒の表側に「慶次より」と書いた。

「これは、サイン入りのお手紙なわけよ」


 怜香は、直ちに反論しようとしたが、それを手で制しながら慶次は続ける。

「いや、確かに言い逃れだとは思うけど、こうやって配れば捨てにくくない?」

「それでも、捨てる人は捨てるでしょうね」

「でもさぁ、わざわざ並んでまで名前を書いてもらったのに、普通捨てる?」


 怜香はそこで言葉に詰まった。確かに、これだけ人気のある留学生たちのサインを、わざわざ並んで待って受け取った封筒だ。とりあえず家までは持って帰るだろう。中身を抜いて道ばたに捨てることはあまり考えられない。慶次は続ける。


「それに、中身は家で読んでね、って渡せば、とりあえずその辺には捨てないよ」

「まあ、それはそうでしょうけど……」


 怜香が悩んでいると、慶次は、回りに聞こえないよう怜香の耳元でささやく。

「悪いのはわかってるけどさ。これっきりにするから、今回は見逃してくれないかな」


 近くに迫ってきた慶次にちょっとドキドキしながらも、怜香は生徒会長として中止させるべきどうか考え始めた。

 周囲は既にサインを欲しがる生徒達の異様な期待感で満ちている。もしこの集まりを無理に解散させれば、騒ぎになるかもしれない。今回限りなら問題もないだろう。怜香は、決断した。


「わかったわ。サイン会も無許可だけど、今回だけは大目に見てあげる」

 それを聞いた周囲は、なぜか拍手喝采となり、口々に誰のサインをもらうか検討し始めた。慶次は、机を並べ直し始め、由香里は、近くの倉庫へもう一つ机を取りに、走っていった。


 ――数分後、机の上に椅子を載せて小走りに走ってくる由香里のパワフルさを見て驚嘆しながら、慶次は、留学生達に経緯を説明していた。

 クリスは無表情に、モニカはあきれた顔で、ドミニクはにやけた顔で、それぞれ慶次の話を聞いていたが、最終的には納得してもらえたようだ。慶次が後ろを振り返ると、生徒達は、既にきちんと3列に分かれて並んでいた。


「じゃあ、始めます。中身は必ず家に帰ってから読んで下さい。捨てないでね!」

 慶次は大声で叫ぶと、三人はチラシを封筒に入れ、その表側にサインをしてから、VR研究部です、中身は家で読んで下さい、と言って渡し始めた。

 クリスは、細かい作業が苦手なようだったが、由香里が横で手伝っている。人はゆっくりと流れ始め、騒がしかった雰囲気も徐々に落ち着いていった。



「じゃあ、戻りましょうか」

 しばらく様子を見ていた怜香は、風紀委員の数人に声をかけ、校舎の方に戻ろうとしていた。慶次は、目ざとくそれを見つけて、その背中に向かって叫ぶ。


「ありがとう! 今度、ジュースでもおごるよ!」

「パフェ以上を希望します」

 怜香は、ちらりと振り返ると、笑いながら答えた。


 慶次は、代償が高くつきそうだと苦笑いしながら、怜香からモニカ達に視線を戻した。すると、今回は、由香里だけではなく、モニカもドミニクも、ジトッとした目で慶次を見ている。


「慶次は、デートの約束なのかな?」

 珍しくドミニクは、嫌みっぽい口調で慶次に尋ねる。

「いや、そんなことないよ。友達ならよくあることじゃん」


「あら、それじゃあ、私もパフェを頂こうかしら」

「おお、僕も頂くよ」

「パフェ……」

「全部、慶ちゃんのおごりなんだからね」


 慶次はなぜか全員とデートならぬ、おごる約束をさせられた。どういうことなの、と苦笑いしながら前を見ると、ドミニクの列に並んでサインを待っている準と目が合った。準も同じようにジトッとした目で慶次を見ながら言う。


「何でおまえは、そんなにめぐまれとんねん!」

「たかられてる、の間違いじゃないのかよ?」


 慶次が答えると、準は慶次にいきなりヘッドロックをかけながら、うらやましげに声を絞り出す。

「俺の回りには、たかってくれる女の子なんていないんだよぉ!!」


 わかったからギブギブ、と言いながら、準の腕をたたく慶次。準が慶次を離してやると、ドミニクが準に話しかけてきた。

「工藤君も入部できたら、楽しくなりそうだね」


 工藤は、はたとドミニクの方へ向き直って、敬礼しそうな勢いだ。

「ドミニクさん、俺の名前、覚えててくれたんですか!」

「そりゃ、クラスメイトだし、真奈美さんの弟さんでしょ?」

「姉ちゃんのことを知ってるんですか?!」

「うん、まあね……」


 ドミニクは、どう説明しようかと困った顔で慶次の方を見たが、それを見た準は、うまく誤解してくれたようだ。

「慶次関係、と言うわけですか……」

「まあ、そうなんだけどね」


 慶次は、またヘッドロックしてきそうな準にたじたじとしながら、準に催促する。

「並んでる人に迷惑だから、早くサインもらえよ」

「おっと、そうやった」


 その言葉に応じて、既にサインし終えたドミニクは、準に封筒を渡しながら言う。

「入部テストに合格できればいいんだけどね」

「可能性はほとんど無いけど、一応がんばります」


 準は、ちょっとしおれたように言ったが、それは以前に、遠隔現実開発センターで受けた適性テストが不合格だったことによるのだろう。慶次は準を少し元気づけてやることにした。

「今度のテストは、前回と違ったもので受かりやすくなってるからさ、物は試しだぜ」

「おおそうなのか!」


 準は、一転して大喜びすると、ドミニクの手を取って言った。

「俺、がんばります!!」


 ドミニクは、かなり頭に血が上っている様子の準にちょっとたじろぎながら、笑顔で答える。

「うん、待ってるから」

「はい! あっ、すいません」


 準は、無意識にドミニクの手を握ってしまっていることに気がつき、ぱっと手を離すと、顔を赤くしながらドミニクに謝った。ドミニクは、気にしてないよ、と言う風に手を振ると、次の人に封筒を渡す作業に入った。


「手を握ってしまった……」

 準は、ふらふらと夢遊病者のように慶次の前を横切ると、別れのあいさつもなしに、おぼつかない足取りで帰って行った。



 ――それからしばらくの間、サイン会、という名の新入部員の勧誘は続いた。

 長い列を見て、ひやかしで回りを囲んでいた人は去っていき、本当に興味のある人だけが我慢して並んでいたので、意外とスムーズに人がさばけていく。


 最後の一人に封筒を渡し終えると、モニカは、やや疲れた顔で慶次に言う。

「まあとんでもないアイデアだったけど、結果的にはしっかりチラシを配れたわね」

「ああ、お疲れさま」


 先に終わったドミニクは、自分の机を持ち上げて運んでいき、クリスも持っていこうとしていたので、由香里が代わって持ってあげ、一緒に倉庫の方へ歩いて行った。

 慶次も片付けを手伝いながら、モニカに声をかけた。


「しかし、あのチラシを捨てた奴、頭にくるなぁ」

「まあ、興味がなければ捨てちゃうのも、しかたがないのかもね」

「せっかくモニカが面白く書いたのにさぁ」

「えっ、私が書いたから、なの?」

「そりゃそうさ、頭にくるじゃん、やっぱり」


 そう言ってモニカの方を見ると、モニカはなぜかもじもじとして慶次の方を見つめている。そして、とても小さな声でつぶやくモニカ。


「私のために、怒ってくれてたんだ……」

「いや、そんなたいしたことでは」

「ううん、ありがと……」


 いつも態度の大きいモニカが、なにやらしおらしく、伏せ目がちにもじもじしている。いつも横柄な態度のモニカが急に見せた女の子らしい仕草は、慶次にとって破壊力が大きかった。

 ぐっと来てしまった慶次は照れ隠しに勢いを付けて椅子を机の上にどんと載せると、それを机ごと持ち上げた。

「さあ、持って帰ろうか」

「そうね」


 慶次が机を持って倉庫の方へ歩き出すと、モニカは慶次の右側に寄り添って歩き出す。慶次の腕まくりをした右手に、モニカの髪の毛が風になびいてかかるのを感じながら、慶次はモニカの方をまともに見ることができず、前を見ていた。


 前の方では、机を持った由香里とクリスがぽつぽつと談笑しながら歩いている。そのとき、かなり距離があったにもかかわらず、由香里はゆっくりと慶次の方を振り返った。慶次はその超能力に驚いて手を滑らせ、がたっと机を落としてしまった。


 由香里のジト目を気にして、バタバタしながら机を持ち直す慶次。

 モニカは夕日で眩しそうに目を細めながらそんな慶次に優しく声を掛ける。


「ほんと、バカね」

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