20話 「新入部員を募集せよ!」
宇宙での任務は、慶次にとっては忘れられない体験となった。もう一度、宇宙から青い地球を眺めてみたいと、慶次は何度も思った。
しかし、宇宙のことを思い出すたびに、カーテンで簀巻きにされてボコられた経験も、一緒に思い出してしまう慶次だった。
そんな慶次にも、やらなければならないことがあった。期末試験の準備である。色々あったせいで、慶次の試験勉強は全く進んでおらず、結構やばい状況となっていた。
もっとも、慶次は、父親の遺伝なのか、勉強、特に数学は得意だった。しかし、覚える勉強は、やはり時間をかけないとできるはずもなく、慶次は、涼しい部室の中で、今日も由香里と一緒に試験勉強に励んでいる。
「精が出るわね~、慶次」
慶次と由香里が必死にまとめノートを作っている横で、ゆっくりお茶を飲んでいたモニカが、慶次にちょっかいを出してくる。
「留学生組はいいよなぁ。小論文と面接だけなんて、優遇しすぎだよ!」
「ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセン!」
「おまえなぁ……」
今回、各国政府の肝いりで入学してきた3名の留学生は、学期の途中で編入してきたため、他の学生と同じテストをするのは無理がある。かといって、試験をしないというのも問題なので、彼らだけは小論文と面接の試験を課すことになっている。
「ボクモ、ニホンゴ、ワッカリマセン!!」
ドミニクも面白がってまねを始めたので、慶次は、お気楽な留学生達に釘を刺す。
「でも、みんな日本語の論文とか書けるのかよ?」
「僕は、漢字がやっぱり苦手だね。でも、今回は英語でいいそうなんだ」
「なんかそんな気がしたな……」
慶次は、彼らのうらやましい環境にツッコミをいれるのはやめて、自分の作業に集中しようとした。由香里も、そんなに勉強ができるわけではないので、慶次の隣で、結構必死でノートを作っていた。そんな彼らを見ながら、モニカは、グチる。
「何か、任務がないと、暇ねぇ~」
「お前らも、なんでもいいから、勉強しろ!!」
「おいおい、慶次、僕らに八つ当たりしてもらっては困るな」
「……勉強しなくてもいいから、何か考えてて下さい」
慶次は、何か言うたびに、彼らの暇つぶしの材料にされる気がしてゲンナリとする。しかし、慶次の一言で、モニカが思い出したように言う。
「そういえば、VR研究部は、夏休み前に部員募集するらしいわよ」
「え?! だって試験期間終わったら、すぐに夏休みじゃん」
「そうなのよねぇ。だから、募集方法を考えておかなくちゃ」
「俺らがやるのかよ!」
「そりゃ、全員VR研究部員だからね~。ドミニク、何かアイデアある?」
「そうだなぁ……」
モニカとドミニクは、募集方法を考え始めたが、二人でチラシでも作ろうか、という話になったようだ。それで、コンピュータに向かいながら、あれこれ相談し始めた。ちなみにクリスは、いつもの通り、棺桶の中でぐっすりお休み中である。
クリスは、真面目なことに授業中に居眠りすることはないが、昼休みの後などは机につっ伏して寝ていることが多い。しかし、クリスがいつも眠いのは、無理からぬことではあった。
現地時間の毎朝、クリスは、ワシントンへ口頭で報告を行い、その後もアメリカ各地で開かれる各種ミーティングなどに、可能な限り参加しているらしい。ワシントンとの時差は、夏では13時間なので、ワシントンの朝10時は、日本では夜11時である。
慶次は、無理して会議などに参加することはないと思い、クリスにそう言ったこともあった。しかし、クリスは頼まれると断れない性格のようで、いつも無理をしてしまうようだ。
その点、イタリアやフランスとの時差は7時間なので、夜中まで起きている必要は全くない。とは言え、モニカやドミニクが寝ぼけているところを想像することは、慶次にはなかなか難しかった。
慶次は、そんなことを考えながら、ふと隣を見ると、生まれたときから時差のない日本に住んでいる由香里がスヤスヤとお休み中だった。慶次は、つっついてやろうかとも思ったが、まあしばらく寝かせてあげようと考え直して、自分の作業へと戻った。
――そんなこんなで、試験勉強もままならないまま、期末試験はすぐにやってきて、嵐のように去っていった。試験とは、いつもそういうものである。
その試験期間中に、暇なモニカらは、VR研究部の勧誘チラシを完成させ、期末試験の最終日、つまり今日、学生全員に配ることになっていた。なお、夏休み中も、メンテナンスを行いながら、関連施設を運用できる目途がついたようで、入部試験は、終業式の日にさっそく行うことになったらしい。
この入部試験となるVR適性検査は、一人一人が棺桶に入って行う必要はなく、脳波の動きを調べるテスト装置で行われる。このテスト装置は、パソコンにヘルメット型の検査装置を繋いだだけの簡単なもので、ヘルメットをかぶってゲームのような画面を見ながらしばらく操作を行えば、適性を示すスコアが出る、というものだった。
――そうして最後の試験が終了し、自分の席に座っている慶次は、そのまま至福の時をしばしの間、味わいたかった。しかし、答案用紙が回収されるやいなや、モニカが振り向いて話しかけてきた。
「この後、チラシを校門で配るわよ」
「へい、へい」
「ねぇ、もっとやる気を出しなさいよ!」
「へ~い」
暇な試験期間を過ごしたモニカに、この解放感がわかってたまるか、と慶次は言ってやりたかった。しかし、わかるわけないでしょ、と言われるだけのような気がして、言葉には出さなかった。
由香里の方は、さっさとカバンを取り出して、終了と同時にダッシュで帰りそうな雰囲気だ。しかし由香里は、横目で教壇に立つ担任を見ながら、慶次の方を振り向くと、口だけを動かして、先に行ってる、と言ってうなずいた。由香里の方は、既にモニカらと打ち合わせが済んでいるらしい。
担任が答案を回収した後、なにやら説教くさいことを数分話し、最後に起立して礼を行うと同時に、由香里は一瞬でいなくなった。ドミニクも既にカバンを抱えて、扉の前まで走っていた。慶次は、そんなドミニクの姿をぼうっと見ていると、モニカにどやしつけられた。
「なにボケッとしてんのよ! 走るわよ!」
「え?」
モニカに袖口をつかまれたので、慶次は、慌てて持ち物をカバンに突っ込むと、カバンを閉じる間もなく、教室の外に引っ張り出された。そして、暑い中を校門まで猛ダッシュさせられることになったのだった。
――慶次らが校門に着くと、どこから引っ張り出してきたのか、門のそばに古い机が2つ置いてあり、そこにチラシの束を持った由香里とドミニクが座っていた。鍛練を積んでいる二人が、ともに息を切らしているところを見ると、おそらく机を持って走ったに違いない。
「おお、早いなぁ。 ところで俺の机はないの?」
慶次は、なんとなく二人に質問すると、答えは同時に返ってきた。
「「自分で持ってこい!」」
慶次は、あまり机が多いのも格好が悪いので、立ってチラシを配ることにし、由香里からチラシの束を受け取った。モニカも同じように、ドミニクからチラシを受け取っている。
チラシには、VR研究部設立の経緯が書かれてあったが、もちろん内容は表向きのものだ。しかし、遠隔現実開発センターの開発したVR環境用ゲームソフトの話や、その中に白昼夢を見るかのように現実から切り離されて入っていくことはできない、といった話が面白く書かれている。初めて読んだ慶次は、しばらく中身を読みふけってしまった。
「これ、面白いじゃん! 誰が書いたの?」
「ありがと。 あんたも入部したくなった?」
モニカは、笑いながら答えたが、慶次は、本当に良くできていると思ったので、素直にほめちぎった。あんまり熱心にほめたためか、モニカは少し照れている。
慶次がさらにほめちぎっていると、帰宅する生徒がちらほらと見え始めた。
「今度できた、VR研究部で~す。新入部員を勧誘してま~す」
慶次達が声を張り上げて勧誘を始めると、かなり反応がよく、多くの生徒が、モニカに、ドミニクに集まってきた。また、少し離れた所でも人だかりがしているので、よく見ると、いつの間にかチラシを抱えたクリスが立っていた。
しかし、慶次や由香里の所には、誰一人やってこない。世の中、はっきりしたものだ。
慶次が少しがっかりしていると、後ろからちょんちょんと肩をつっつく人がいた。
慶次は、色々説明してやろうと、満面の笑みを浮かべて振り返る。すると、そこには生徒会長の真行寺怜香が立っていた。




