19話 「遙か遠くの彼らを救え!」(後編)
「止められないのか、マザー?!」
慶次が質問する前に、六郎が大きな声でマザーに問いただした。
「停止は不可能。ただし、機械人形の船外活動ユニットを使えば、進路変更は可能です」
「じゃあ、衝突は回避できるんだな?」
「はい。しかし、衝突を回避しても、時間内に地球へ帰還することは不可能です」
緊急脱出船は、乗組員を乗せて大気圏に突入し、地球に帰還するために、なくてはならない宇宙船である。慶次らが乗ってきた無人補給船は、燃料がないということもあるが、そもそも人を乗せる機能がない。したがって、数時間のうちに乗組員を地球に帰還させる手段は、緊急脱出船をドッキングさせるほかはない。
「帰還できないとは、どういうことだ?」
六郎は、イライラした口調で、さらにマザーに問いただす。
「正確には、船外活動ユニットを使って船を停止させることは不可能。修理して時間内に戻ってくることも不可能、と言うことです」
マザーは、冷静な声で答える。
宇宙空間では、宇宙船が一度動き始めたら永久に止まらない。空気抵抗がないからである。止めるためには、反対方向へ動かしたときと同じ力を加えることが必要である。しかし、姿勢制御用スラスターが動かない以上、大きな宇宙船を止めるのに小さな船外活動ユニットでは完全にパワー不足だった。
「時間内に修理できる可能性は、本当にないの?」
クリスが珍しく感情のこもった声で、会話に入ってくる。
「遠隔制御の修理は不可能ですが、マニュアル制御の修理は可能と思われます。しかし、軌道変更後、修理して戻ってくる時間を考えると、残念ながら帰還は不可能です」
「しかし、酸素を節約すれば、あるいは……」
六郎が苦々しげにつぶやいた。
マザーは、遠隔制御の修理が可能だと言っていない。また、手動操作ができるとしても、クリスが宇宙船を操縦して戻ってくることは相当難しいだろう。時間切れになることは、ほぼ間違いなかった。
しかし、慶次は、マザーとのやりとりを聞きながら、とても基本的なことが気になった。そこで、素直にマザーに聞いてみることにした。
「このままぶつかったらどうなるの?」
「このままぶつかれば、緊急脱出船は、帰還不可能となる損害を受けます」
「宇宙ステーションの方も壊れるの?」
「当たり所が悪ければ」
マザーはシンプルに答える。しかし、慶次は、何かひっかかった。
もう一度ゆっくりと考えてから、慶次はマザーに質問する。
「一番当たり所が良ければ?」
「ドッキングポートに当たれば、最も衝撃を吸収できます。その場合には……」
マザーは一瞬言葉を止めてから、コンピューターのくせに、うれしそうに言葉を続けた。
「船外活動ユニットで減速すると、緊急脱出船の破損は、帰還可能なレベルに押さえることができるでしょう」
コントロールルームで起こったどよめきが慶次の耳にも聞こえてくる。マザーは、翻訳をしながら、通信を中継しているようだ。
しかし、六郎は、既にマザーと同じ結論に達していたようだった。六郎が口を開く。
「慶次君、よく聞いてくれた。しかし、それでも船は破損するんだね?」
「はい、恐らく船の先端にあるハッチが開かなくなるでしょう」
マザーの答えは、一難去ってまた一難というものだった。ハッチが開かなければ、絶対に中に入ることはできない。
「そうか……幸運に賭けるしかないか」
六郎は悔しそうに言った。しかし、慶次には、賭けの確率を上げる手段に心当たりがあった。
「機械人形が、ドッキングポートの中で踏ん張ったらどうなります?」
マザーは一瞬考えてから答える。
「機械人形の強度データが不足していますが、成功確率はかなり上がるでしょう」
それからマザーは、二体の機械人形を駆使する場合、最も成功確率が高くなる計画をほとんど一瞬で立案した。それによれば、緊急脱出船に取り付いているクリスの船外活動ユニットで姿勢を制御してドッキングポートへ向け、慶次は、飛んでくる宇宙船の先端をつかんで逆噴射しながら、そのままドッキングポートまで船もろとも突っ込む、という荒っぽいものだった。
コントロールセンターの方も、十分に検証している時間がない以上、マザーの計画を承認するしかなかった。
すぐに計画は開始された。
――クリスは、マザーの指示に従って、緊急脱出船につかまりながら、あちこちへ移動して、細かい噴射を行っていた。クリスの船外活動ユニットは、マザーによって制御されていたが、機械人形はクリスが動かしている。人が動かすように設計された機械人形をマザーが自由に動かすことは、まだ難しいようだ。そうして忙しく動いているうちに、宇宙ステーションは、もう間近に迫っていた。
慶次は、マザーの指示に従って、宇宙ステーションから少し離れた位置まで移動し、両手を広げ、仁王立ちとなって待ち構えていた。目の前には、小型トラックほどの大きな緊急脱出船が高速で接近して来るのが見える。
救急脱出船にぶち当たるときには相当な衝撃になるだろうが、戦闘用の装甲を持つ機械人形ならおそらく耐えられるだろう。感覚入力は当然抑えておかなければならない。
「さあ来い。 がっちり捕まえてやるぜ!」
慶次は、寸前に迫ってきた緊急脱出船に向かって、気合いを入れた大声を出す。
その刹那、宇宙空間なのに、ものすごい衝撃音がする。機体を伝わって耳に届いたのだ。痛覚は切っているが、トラックに体当たりされたようなすさまじい加速に慶次は少しクラッとした。
しかし、正しい位置をしっかりつかめたようだ。すぐに、慶次の船外活動ユニットが噴射を始める。その噴射方向はマザーによって正確にコントロールされている。宇宙船の影になって見えないが、クリスも忙しく動き回って姿勢を制御していることだろう。
断続的に噴射が続いた後、慶次の船外活動ユニットは、最低限の燃料を残して停止した。後は、ドッキングポートまで一直線である。恐らく、慶次の機械人形は押しつぶされるか、その寸前まで破壊されるだろう。
もし慶次がつぶされないように力を入れ過ぎると、逆に緊急脱出船の方が壊れる可能性がある。その力加減は、相当に難しいはずだ。
マザーがカウントダウンを始める。
「ドッキングまで、5、4、3、2、1……」
――グワッシャーン
慶次は、足に力を入れて踏ん張ってから、そのまま船を頭上に持って、膝を曲げる。さらに、ずんずんと迫ってくる船のハッチを壊さないように持ちながら、頭と肩で船を支える。しかし、すさまじい重みにがっくりと膝が折れた。
それでも船は止まらず、慶次は体を曲げて正座する形となり、肩と背中で船を支え続ける。さらに迫ってくる船と宇宙ステーションとの間に挟まれながら、慶次の機械人形は、ぐしゃりと潰される形となった。
「そういえば、ピラミッドの頂上で、大きな岩を持たされて下敷きになる漫画があったなぁ……」
微妙なバランスで力を入れるため、慶次は感覚入力を完全に切ってはいない。そのため、すりつぶされるような不快な感覚を味わいながら、慶次は、以前に読んだ古い漫画のことを場違いに思い出していた。
慶次は、もちろん命を賭けているわけではないが、それでも相当につらい感覚にしばらくの間、耐えなければならなかった。
――慶次が完全につぶれされる寸前。緊急脱出船は、その動きを止めた。
「慶次、大丈夫?!」
宇宙船をドッキングポートからゆっくりと引き離しながら、クリスは切羽詰まった声で尋ねる。
「ああ、まだ作動可能みたいだ。機械人形って丈夫なんだね」
あちこちの骨格が歪み、視界の端にエラー表示がずらっと並んでいるのを見ながら、慶次は、のんきに答える。
慶次自身の体は、東京でピンピンしている。しかし、精神的にはかなりのダメージを受けていた。ただ、そのことで不平を言っている時間はない。
「さあ、修理には時間もかかるだろう。急ごう」
「了解」
クリスは、緊急脱出船とドッキングポートとの間にできたわずかな隙間から、中に入ってきた。ドッキングポートの中は、壊れた部品やらフレーム材やらで、ぐちゃぐちゃではあったが、人が通過するには十分な広さがあった。エアロック内の気密は破れているが、宇宙服を着ていれば問題ない。クリスは、緊急脱出船のハッチに手を掛けると、ロックを外し始めた。
「どう、開きそう?」
慶次が最も重要なことを尋ねる。クリスは、それに答えず、ハッチをゆっくりと開け始めた。ハッチは、問題なく開き、脱出船の中も壊れていないようだった。
また宇宙ステーション側のハッチは、既に開け放たれている。ハッチの向こう側の居住区画はすでに気密が破れているので、ハッチを開けても問題ないからだ。慶次とクリスは、開け放たれたハッチを通って、宇宙ステーションの中へと入っていく。
「――エリカさん、聞こえますか?」
六郎が宇宙ステーションへ問いかける。
「はい、聞こえます。こちらは問題なし。全員宇宙服を着用しています」
「了解」
「しかし、新型の宇宙服でよかったわ。プリ・ブリーズが必要なら、間に合わなかった」
プリ・ブリーズとは、宇宙服内の気圧を下げるために、体を順応させる手順のことで、旧型の宇宙服なら、着るのに数時間はかかる。しかし、新型の宇宙服は、一気圧で動作するため、簡単に着たり脱いだりできる。
慶次は、壊れかけの機体と、無重力環境に四苦八苦しながら、先を行くクリスの機体についていく。宇宙ステーションの中は狭いので、つかむ場所がたくさんあり、力を入れすぎないように注意すれば、思う方向へ飛べる。しかし、体がおかしな方向へ回転したりするので、素早く移動するわけにもいかなかった。
――そして、慶次らはようやく研究区画につながるハッチまでたどり着いた。
「ハッチの前に到着しました。 これから開けますので、下がっていて下さい」
六郎が指示を出し、慶次とクリスはハッチの前に立つ。まず、クリスが少しずつハッチを開け、空気が急に抜けないよう、慶次がハッチを押さえつける態勢をとった。
クリスは慎重にハッチの取っ手を回し始めた。すぐに、空気が漏れ始めたかと思うと、いきなり室内を水蒸気の爆風が吹き荒れ、視界が真っ白に曇った。慶次は、ハッチをぐっと押さえつけ、空気の流出を押さえる。
空気の圧力がいきなり下がると、断熱膨張により温度が一気に下がり、細かい氷の粒が発生する。あたりに水蒸気が立ちこめて音が聞こえるようになったため、シューシューとものすごい音が室内にとどろいた。
しかし、ハッチの向こう側はそれほど広くないのか、空気の流れはすぐに収まっていった。クリスは、空気の流れがほとんど停止したことを確認してから、ハッチを全開する。
すぐにハッチをくぐって、エリカが顔を出し、3名のアメリカ人乗組員が続いて出てきた。ハッチの前のクリスが皆と握手を交わしていると、エリカは、慶次の方を向き直って飛んできた。
「あなたが六郎チームね?」
「はい」
「ありがとう~」
エリカは、感謝の言葉を口にするやいなや、慶次の方へ抱きついてきた。
エリカの新型の宇宙服は、慶次の知っている旧型のものとは違って、レオタードのようにぴっちりと体に張り付く形状のもので、胸の大きなエリカの体のラインがくっきりと見えている。ヘルメットの中のエリカは、さっぱりとしたショートヘアの整った顔に満面の笑みを浮かべながら、なぜか口をキスの形に尖らせていた。
エリカが慶次の首に手を回して体を密着させると、宇宙服を通してエリカのボリュームのある胸の感触が伝わってくる。慶次は、無重力環境に順応するため、感覚入力を元に戻していた。慶次がどぎまぎしていると、体を離してエリカが言った。
「帰ったらキスしようね」
「えっ?!」
「ああ、ごめんなさい。今のは六郎に……」
「で、ですよね~」
「頼むよ、エリカさん。慶次君をからかわないでくれないか」
なんとかたどり着いた安堵感と、愛しい人を前にして、とても優しい声で六郎がエリカに注意する。
「あら、そんなつもりじゃ……。 それで、脱出船の状況は?」
エリカは、すぐに仕事モードに戻って、真剣な口調で尋ねる。六郎は、一転して暗い声で答えた。
「ドッキングポートは大破。脱出船のマニュアル制御は故障中。しかしハッチは無事」
「了解。じゃあまずは修理ね。しかし船外活動ユニットは、ないわよ?」
「もう一体の機械人形につかまって作業して下さい」
慶次は、六郎に代わって答える。慶次の機械人形は、完全な作動状態ではなかったし、船外活動ユニットの燃料もほぼ尽きている。修理作業であちこち移動することは、できそうにもなかった。
クリスの方を見ると、同様の説明を他の乗組員にしているようだった。クリスはこちらの方へ顔を向けると、右手の人差し指をドッキングポートの方へ向けた。慶次は、指でOKマークを作って応じる。
ちなみにこのOKマークは、アメリカ人には通用するが、ブラジル人とかに使うと激怒されるので要注意だ。彼らはドッキングポートへ向かった。
ドッキングポートに着くと、宇宙ステーションの乗組員らは、あまりの惨状に言葉を失った。しかし、そこはプロ。すぐに気を取り直し、4人で簡単に打ち合わせを行うと、アメリカ人乗組員3名は船内へ、エリカは船外へそれぞれ向かった。
――慶次は、クリスの機械人形につかまって作業を行うエリカをぼんやりと眺めながら、通信音声を自動翻訳で聞いていた。最後に脱出船を引きはがすときまで、慶次の機械人形は、特にすることがない。燃料がないため、クリスの手伝いもできない。
通信の内容から、もうすぐ最終テストに入るようだった。4人がかりで修理しているので、思ったより早く直るようだ。修理中の宇宙飛行士にはたくさんの地上技術スタッフがアドバイスを与えているので、実際には数十人態勢で修理しているに等しい。
そんなことを慶次が考えていたとき、脱出船のスラスターの1つがいきなり噴射されるのが見えた。その噴射はそばに立っていたエリカに直撃する。
エリカの悲鳴が無線に響き渡った。
船内の乗組員が誤ってスラスターを作動させてしまったらしい。
慶次は、背筋が凍り付くのを感じながら、船から宇宙ステーションの方へ飛んでくるエリカを捕まえようと、弾かれたように前に飛び出す。
「オーバーブースト、レベル3」
体中がきしむような異常な感覚と、遠隔制御による感覚のずれが、加速した慶次の動きを妨げる。しかし、なんとかエリカが到達するまでに船外へ出ることができた。
慶次は、曲がっているアンテナのようなものにつかまりながら、飛んでくるエリカの方へ手を伸ばす。
しかし、エリカの体は、差し出した慶次の手から数十センチ向こうを無情にも通過していった。
慶次は、船外活動ユニットの燃料がほとんどないことは理解していたが、つい本能的にエリカに飛びついてしまった。当然、慶次の機械人形は、エリカと共に、宇宙ステーションからどんどん離れていく。
「ああ、やっちまったが、それは正しい選択かもしれないな……」
六郎は、クリスの状況をモニタで確認しながら、慶次に言う。
クリスは、先ほどの噴射からエリカをかばおうとして、噴射とエリカとの間に割って入ったが、そのときに船外活動ユニットを壊してしまったようだった。だからクリスは、慶次らを助けに飛んで来ることはできない。
慶次とエリカは、どんどんと宇宙ステーションから離れていく。今すぐに判断しなければならなかった。
「マザー、機械人形の足を完全に制御できる?」
「だいぶわかってきましたので、単純な動きだったら完全に制御できます」
マザーは、慶次のやろうとしていることを直ちに察して答える。
慶次は、宇宙ステーションの方へ、エリカを蹴り返すつもりだった。
「それしかないよねぇ……」
六郎は不安そうに答えたが、マザーは自信ありげに答える。
「簡単な物理の法則です。エリカの重心位置を把握して、正しい力で蹴るだけです」
「丸くなってるから、何時でも蹴りを入れていいわよ」
慶次は、丸くなって艶やかに張っているエリカの尻に足を載せる。
「マザー、頼む!」
「了解、もう少し体を右にひねって」
「こうかな?」
「OK、レディー、GO!」
慶次の足は、マザーの制御によってエリカの丸い尻を蹴り飛ばし、エリカはゆっくりと宇宙船の方へ飛んでいった。その反作用により、慶次の機械人形は、ますます宇宙ステーションから遠ざかっていく。
しばらくして歓声が聞こえ、クリスの立つ位置にピンポイントでエリカが到着したようだ。これでもう、思い残すことはない……。
慶次は、既に点のように小さくなった宇宙ステーションと、その脇に広がる大きな青い星を眺めていた。もう、戻ることはできない。ログアウトすれば、この機械人形は新しい星となり、地球の衛星軌道を回り続けることだろう。
――しばらく前に六郎は、担当を離れ、慶次は30分近く、そのまま宇宙を漂っていた。そのとき、再び大歓声が聞こえた。慶次は、緊急脱出船が無事に宇宙ステーションを離れ、大気圏再突入コースに入ったことを知った。
任務を終えた喜びと、宇宙の雄大で素晴らしい景色を満喫し、慶次は満足しながらログアウトしようとする。そのとき、マザーが話しかけてきた。
「お帰りですか?」
「うん、色々とありがとう」
「いえいえ、仕事ですから。ところで、それ、もらっていいですか?」
「俺の持ち物じゃないけど、いいんじゃない?」
「もうゴミ認定なので、少し試してみたいことがあります。痛覚切ってますよね?」
「え?切ってるけど、切腹とかやだよ?」
「いえ、腹じゃなくて、足を切ってですね」
そう言うと、マザーはオーバーブーストをかけ、手刀で右足を切り落とした。
とんだサイコプログラムじゃないのかと、慶次が疑い始めたとき、ハタとその真意に気がついた。
「この足をですね。宇宙ステーションと反対方向へ思いっきり投げるわけですよ」
マザーは、最大のオーバーブーストをかけて、足を投げた。切り落とした足の質量は体よりもずっと小さいが、超高速で投げたため、その反動で体の方は宇宙ステーションの方へ動き始めた。
「運が良ければ、ステーションまでたどり着けるでしょう。それでは、また」
「すごいこと考えるなぁ。それでは、また。 服部慶次、ログアウト」
慶次は、マザーの発想に驚きながら、作動を終了した棺桶から外へ出た。そして、素早く服を着始める。人間だと、自分の足を切り落とす発想にはなかなかたどり着かないだろう。このことは、先にログアウトしたクリスも知らないはずである。
途中までは全てをモニターしていたはずの他のみんなにも教えてあげようと、慶次は考えながらカーテンを開けた。
その目の前では、クリスがちょうどパンツを履こうとしているところだった。
さらに運悪く、その横には、モニターを片付けているモニカらの姿があった。
ただ、幸いなのか不幸なのか、クリスはこちらに背中を向けていたので、最悪の事態は避けられた、はずであった。
しかし、そんなことを考えていたことが、慶次に致命的な遅れを招いていた。
「あぁっ!? 慶次、何のぞいてんのよ!」
慶次を真っ先に見つけたモニカが、大声で怒鳴りつける。その声でクリスがこちらへ振り返ろうとしたので、慶次は慌ててカーテンの中に引っ込む。
しかし、モニカは、相当に怒っており、カーテンの向こうにいる慶次のみぞおちへ的確に蹴りを入れてくる。慶次は、不意を突かれて、カーテンをつかんだため、カーテンは、がしゃりと音を立てて外れてしまった。
「だから、のぞくな~!!」
不可抗力にもかかわらず、カーテンから出てきた形となった慶次は、弁解の余地もなく、一瞬のうちにカーテンにぐるぐる巻きにされてしまい、応援に駆けつけたドミニクらに踏んづけられ、ぼこぼこにされてしまうのだった。
感覚入力が切れないのは、任務よりつらい、と慶次は思った。




