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18話  「遙か遠くの彼らを救え!」(中編)

 装置のセットアップが完了し、慶次の視界がはっきりすると、目の前に超アップで迫る安田芽依子オペレーターの顔があった。


「のわっ、メイさん、近い、近い」

「ハロハロ、慶ちゃん!」

 芽依子はいつものように挨拶をしながら、カメラから顔を離す。


「今日は、慶ちゃんを箱の中に召還しましたっ」

「ん? 機械人形じゃないんだ」


 慶次が芽依子に質問をすると、慶次の視界は、急にぐるっと回転する。テーブルの向こうには、技術者や宇宙飛行士とおぼしき人が見えた。

 視界の下側にはキーボードが見えているので、恐らくノート型パソコンの付属カメラから見ているのだろう。ちなみに、感覚入力は全て切られているので、俺のマウスを握らないでくれ~、といったことにはならない。


「初めまして、服部慶次君。 君の装着する船外活動ユニット、まあ飛行装置だね、その操縦を担当する北場です」

 慶次の目の前には、テレビでも時々見かける日本人宇宙飛行士、北場六郎の姿が映し出される。


「初めまして、北場さん。お会いできて光栄です」

 慶次は、本物の宇宙飛行士と直に話ができることに、やや興奮しながら答える。NASAも仕事がしやすいように、日本人の宇宙飛行士を選んでくれたのだろう。

 さらに慶次は続ける。


「英語が苦手なので、日本人の北場さんが相手で助かります」

「いやぁ、わたしの方こそ、君が日本人で助かったよ」

 北場六郎は、にこやかに笑いながらも、どこか厳しい目つきで答える。六郎は、その理由を話し始めた。


「実はね、ステーションには私の大切な人が乗っているんだ。 それでこの任務から外されそうになったんだが、君が日本人だから、という理由でなんとか担当に残れたんだよ」

「やはり自分で助けたい、と……」

「そりゃもう、すぐにでも飛んでいきたいんだが、ちょっと遠いからねぇ」


 遠い目をする六郎を見ながら、慶次は、自分の担当がクリスによって適当に決められたことを思い出して、少し罪悪感めいたものを感じた。そして、もし自分の大切な人が命の危機に瀕しているとき、この人のように冷静でいられるだろうかと考えて、身の引き締まる思いがした。


 六郎は、そんな慶次の気持ちを察してか、もじゃもじゃ頭をぽりぽりと掻きながら、のんきな口調で言う。

「じゃあ簡単にブリーフィングといこうか」

「はい、お願いします」


 慶次は、隣に座る芽依子の操作によって、視野の一角に次々と資料を開かれながら、六郎の話に聞き入った。



 ――それから2時間近く、詳しい説明を聞いた慶次は、長めの休憩に入って、棺桶の中で体をほぐしていた。新型の棺桶の中では、ジェルを体に張り付かせた状態でも、体をある程度自由に動かせるぐらいの空間が設けられている。

 旧型では、体を動かすと機械人形も動いてしまうが、新型では思考のみで制御することができるため、パイロットの体にかかる負担は、ずいぶんと小さくなっている。


 とは言え、ヘルメット型の読み取り装置が頭に張り付いているので、何時間も棺桶の中にいると、少し肩が凝ってくる。慶次は、手を上げて体を伸ばせたらいいのになぁ、などと愚痴っぽいことを考えながら、カメラを通して宇宙船の状況を表示するモニタを眺めていた。

 もちろん、棺桶から外に出て、端末の画面で状況を見ることもできるのだが、体に絡まったジェルは、はじめは気持ち悪いものの、適度に温度調節されるためか、意外と快適で、肩こり以外の不快感は特にない。クリスがこの中で眠りたくなるのも、わからないではなかった。


「慶次君、いるかな? そろそろ宇宙機が最終の軌道調整マヌーバーに入るよ」

「はい、了解です」

「さっき言ったように、軌道調整では、マザーの制御に任せた無茶苦茶な動きをするから、相対位置が固定されてから接続しよう」


 六郎が慶次に説明していると、すぐに宇宙船は複雑な回転を始めた。今回の補給船は、幸いにも最新型の強力なメインエンジンを積んでいたので、軌道調節用のスラスターではなく、このメインエンジンを絶妙に動かすことにより、宇宙ステーションの隣に急停止させる計画になっている。


 宇宙船から外を見た映像は、ぐるぐると視界が回って、何が何だかわからない状態だったが、宇宙船の軌道を示すモニター画面では、着実に宇宙ステーションに接近しているようだ。


 いよいよ初めての宇宙任務に緊張が高まっていた慶次に、落ち着いた女性の声が語りかけてきた。

「こんにちは、服部さん。 私は、NASAのマザーコンピューターです。 まんまですが、マザーと呼んで下さい」


「あ、ども、よろしくです」

 いきなり日本語でコンピュータから挨拶された慶次は、おたおたしながらも反射的に挨拶を返す。


「もうすぐ止まりますので、がんばってくださいね」

「ありがとう」

 コンピュータに励まされたことなどない慶次は、かなりどぎまぎしたが、じっくりと話をすると、色々と面白そうだった。


「しかし、その機械人形(パペット)、いいなぁ。動かしてみたいなぁ」

「え?!」

「いえ、独り言です……」


 最近の人工知能は、恐ろしく出来がいいようだ。

 慶次がマザーの言葉に驚いているうちに、宇宙船からの映像は、無茶苦茶な回転状態から徐々に一定の回転に落ち着いていき、その回転もゆっくりと遅くなっていく。


「相対運動、停止します。ステーションまでは50メートルです。グッドラック!」

 マザーは慶次にそう言うと、慶次の視界の端に、親指を立てた右手の絵が小さく映し出された。お茶目なマザーに慶次が笑いをこらえていると、六郎が話しかけてくる。


「マザー、面白いでしょ。宇宙飛行士のストレス解消になるんだよね」

「そういえば、すごくリラックスしてると思います」

 慶次は、マザーの会話内容が、実は計算されつくされていたことに驚きを禁じ得なかった。すぐに芽依子が会話に割り込んでくる。


「これから機械人形(パペット)に制御を切り替えます。調整はしてるけど、無重力感覚に気をつけてね」

「了解」

 慶次が答えると、一瞬で視界が暗転し、うす暗い貨物室(ペイロード)の中が映し出された。慶次が首を動かして回りの状況を確かめていると、目の前のドアが中央から左右へ分かれて開き始める


 ゆっくりと開いていくドアの向こう側は漆黒の闇であったが、その中には恐ろしい数の星が見える。そして、その星空をバックにして、大きく破損した国際宇宙ステーションが浮かんでいた。

 宇宙ステーションは、中央の構造物が折れているようで、変な形にゆがんでいる。また、アンテナと思われる構造物も明らかに破損していて、完全に破壊されなかったことが奇跡のように思えた。


 慶次がさっと体を起こすと、機械人形(パペット)は、いきなり空中で前転状態となり、ペイロードの中をくるくると回り始めた。

「うわぁ、なんだこりゃあ!?」

「慶次君、落ち着いて。 姿勢の制御はこちらに任せて」


 六郎が素早く船外活動ユニットを操作すると、回転はすっと止まり、機械人形は、ゆっくりとペイロードの中から外の方へ動き出した。


 ペイロードのドアから外側に出ると、周囲は冷たく鋭い光を放つ無数の星々に囲まれた宇宙空間だった。空気のない宇宙空間では、星は全くまたたかない。そのため、満天の星空は美しいけど凄みがあってちょっと怖い感じがした。


 慶次は、すこし宇宙船から離れてから、後ろを振り返る。

 宇宙船の向こう側には、視界の大部分を占めるように、青く輝く地球の姿が見えた。慶次は、実際に宇宙空間にいるわけではないが、無重力の感覚と、調整されていてもなお凍てつく寒さで、まさに震えるような感動を味わっていた。


 ゆっくりと離れていく宇宙船を見ていると、ペイロードからクリスの機械人形が出てきた。クリスの機械人形は、宇宙ステーションではなく、ドッキングポートから外れて漂い出てしまった緊急脱出船の方へ向かうことになっている。不規則に回転する緊急脱出船に取り付いて、その機能を回復し、遠隔操作モードに切り替えて、宇宙ステーションまで戻ってくる作業は、相当に困難である。


「さて、我々は宇宙ステーションの原状確認に向かおうか」

 六郎は慶次を促し、宇宙ステーションへ取り付くために、ゆっくりと減速を開始した。


 突然、マザーが報告する。

「宇宙ステーションより、音声通信。切り替えます」


「六郎、聞こえますか? こちら、エリカです」

「おぉ、エリカさん、無事だったかぁ……」

 六郎は、今までの冷静な態度とは打って変わって、大喜びで無線に答える。

 斎藤エリカは、北場六郎と同期の日本人宇宙飛行士で、宇宙ステーションに長期滞在任務中に今回の事故に遭った。恐らく二人は恋人関係なのだろう。


「はじめまして、斎藤さん。機械人形(パペット)の操縦を担当してます、服部慶次です」

「はじめまして、服部君。宇宙酔いで目が回ってませんか?」

「はい、感覚入力を調整しているので、大丈夫みたいです」


「で、そちらはどう?」

 六郎は待ちきれないかのように会話に割って入る。目の前のステーションは大きく壊れているが、全ての区画が破壊されたわけではなく、研究棟などの一部の施設では機密が保たれている。エリカは六郎の質問に答えた。


「居住区画はだめだけど、こちらは今のところ安定しています。しかし、もう空気が残り少ないかな」

「どのくらい持ちそう?」

「あと数時間は問題なく持ちそうです。 それよりおなかの虫が持ちそうにないけど」

「えぇ? 食料パックとかないの?」

「急いで避難したから、みんな置いて来ちゃって……。おなかすいたなぁ」


 エリカは、あと数時間で酸素が尽きる危機的な状況であるにもかかわらず、空腹を訴えていた。やはり宇宙飛行士というのはただ者ではない。六郎は、エリカの不平は聞き慣れているのか、特に反応せずに話を切り上げる。


「聞いてると思うけど、これから脱出船を接続するための作業に入るから」

「了解、吉報を待ってます」


 六郎は、慶次の機械人形(パペット)を移動させて、宇宙ステーションをぐるりと周回した後、ドッキングポートに取り付いた。ドッキングポートは、一見どこも壊れているようには見えず、外れた部分がねじ曲がっているようなこともなかった。恐らく破壊的な力が加わる前に、外れる仕組みになっているのだろう。


「その左側のパネルを開けて、道具箱にあるテスト装置を……」

 六郎は、慶次にてきぱきと指示を与える。慶次は、通信の遅れによる反応の悪さにいらいらしながら、器用に手を動かしてドッキングポートの動作テストを行っていった。


 慶次の機械人形(パペット)を制御する信号は、約90分で地球を一周する宇宙ステーションの動きに合わせて、世界中に点在するアンテナ施設を切り替えて送られていた。

 つまり、日本の上空に宇宙ステーションがあるときには、日本のアンテナから送信し、アメリカの上空にあるときには、アメリカまで海底ケーブルで信号を伝送した後、アメリカのアンテナから送信していた。したがって、遅れ方も大きく、またその程度も刻々と変化するため、慶次はいつもの任務とは違う、異常な状況下で細かく手先を動かす作業に四苦八苦していた。



 ――その一方、クリスは、不規則に回転する緊急宇宙船にやっとのことで取り付き、その復旧作業を終えたところだった。クリスは、宇宙環境に適応するための訓練を受けていたが、実際に宇宙に来たのは初めてだった。そして、クリスの機械人形にも慶次と同じく、アメリカ人宇宙飛行士が操縦する船外活動ユニットが取り付けられている。


「作業完了。 緊急脱出船、ステーションとのランデブー・マヌーバー待機中」

 クリスは、英語でNASAの管制官に報告すると、緊急脱出船は、マザーの遠隔制御下に入った。

 緊急脱出船は、宇宙ステーションとのランデブーコースに入るため、姿勢制御用スラスターを噴射する。クリスは、緊急脱出船に取り付いたまま、宇宙ステーションへと動き始めた。



 ――また、宇宙ステーションでは、慶次のテスト作業も終わり、ドッキングポートの中で確認のためのテストを繰り返していた。ドッキングポートの中は、エアロックとなっていて、宇宙ステーションと脱出船とをつなぐ重要な部分である。慶次と六郎は、作業に没頭していた。



 ――クリスは、緊急脱出船につかまりながら、青い地球を眺めていた。操縦はマザーが行っているので、ドッキングするまで完全に自動制御だ。計画では、ドッキング前に一旦停止してから、クリスがドッキングポートの中で待ち、緊急脱出船をドッキングさせた後で、経験のあるクリスが宇宙ステーションの中に入っていくことになっている。


 ――しかし、なにかが、どこかで壊れていた。


「原因不明の故障発生。遠隔制御シグナル、切断されました」

 マザーは、突然、故障を報告した後、さらに恐ろしいことを告げる。


「ドッキングまでに修復は不可能。 緊急脱出船は、宇宙ステーションに衝突します」

 次話で、宇宙任務は終了です。また、何話か学園ものになる予定です。


 なお、この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体、宇宙兄弟などの著作物とは一切関係ありません、です!


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