16話 「オカルト研究部」
慶次と由香里は、クリスに合わせてポツポツと談笑しながら、グラウンドの端っこに新しくできた建物の前まで来た。建物は平屋の小さなものだったが、壁はコンクレート製で、意外にしっかりした造りになっている。
モニカとドミニクの姿はない。既に中に入ったのだろう。慶次がドアノブを回すと、扉は簡単に開いた。
開いたドアからは、部屋の中のひんやりとした冷房の空気が流れ出してくる。
「おお、涼しい!」
「夏は冷房がないと、ね~」
「……快適」
慶次らは、口々に冷房の力をほめたたえながら、部屋の中に入る。
殺風景なコンクリートの打ちっ放しの壁に沿って、部屋の中には棚が並べられており、中央には大きなテーブルと椅子が置かれている。
その椅子には、モニカとドミニクが座っていて、どこから出してきたのか、ティーポットにティーカップで優雅にお茶を飲んでいた。
「お茶を沸かせる設備も付いてるのか、すごいな」
「まあ、それなりにお金をつぎ込んだようね」
モニカは、お茶に口をつけながら慶次に答える。
ドミニクは立ち上がって、みんなのカップを取りに行く。その後を、私も手伝うよ、と言いながら、由香里が追いかけていった。
「でも、お金がかかってるのは、あれがあるからよ」
モニカは、部屋を二つに分けている、大きなアコーディオン・カーテンの方を指す。
「ん? どれ?」
慶次は、カーテンの向こう側にあるものを確認するために、カーテンを開け放つ。
そこには、横に寝かされた状態の棺桶が4体、ずらりと並んでいた。
「うおっ、こんなところに置いてあるのかよ!」
「新型機での作戦遂行が可能なように、ここに設置したらしいわ」
「しかし、なんでまた学校の部室なんかに?」
モニカは、紅茶を一口飲んでカップをソーサーの上に戻すと、説明を始めた。
「服部博士の発案だそうよ」
「ん? 親父が?」
「ええ。知っての通り、機械人形の操縦適格者は、中高生ぐらいの人に多くて、新型で年齢層が広がったとは言っても、環境に適合できる人は非常に珍しい、ということよね」
「ああ、それで、研究所で沢山の人にテストをやってるよね」
「そう、その研究をこの高校でクラブの名を借りてやりたい、ってことらしいわよ?」
続くモニカの説明を要約するとこうだ。
高校には、たぶん操縦適格者がいるのだろうが、勝手にテストするわけにもいかない。しかし、クラブにすれば、最先端のバーチャル・リアリティ技術をタダで体験できるわけだから、入部希望者は殺到するだろう。
そこで部員を選抜するテストをすれば、自動的に有能な人材が残る。そして部員を訓練すれば、卒業の頃には立派な機械人形のパイロットが出来上がる。そんなとんでもない仕組みのようだった。
「しかし、これ、軍事機密とか、大丈夫なの?」
「博士は、機械人形のパイロットを育てたいんじゃなくて、適格者をたくさん集めて、バーチャル・リアリティの研究を進めたいみたいなのよ」
「ふーむ」
「だから、棺桶の制御対象は、機械人形じゃなくて、仮想現実内のアバターになるらしいわよ」
「おお、むしろゲームの方がいいじゃん!」
「ソフトの方は研究所で開発してるそうだから、そのうち遊ばせてもらえるわよ」
「よっしゃぁ~。 ところで、俺の棺桶はどこ?」
慶次はきょろきょろしたが、モニカは黙って部屋の隅の方を指さす。
よく見ると、その一角だけが小さくカーテンで覆われており、ちょうど棺桶が置けるぐらいの広さだ。
「あ~、俺だけ隅っこなわけね……」
「あたりまえでしょ! 任務前にこっちをのぞいたら棺桶の上に机を載せるわよ」
「ち、窒息するじゃないか!」
「死んだ方がいいのよ、そんなヤツは」
モニカなら本当にやりかねないし、ドミニクなら面白がって止めないだろう。そして由香里は、見て見ぬふりをしそうだ。
慶次は、もし覗けば死に繋がるだろうことに戦慄した。
そうこうしているうちに、ドミニクと由香里がお盆の上にティーカップとクッキーを載せて、こちらの方へ歩いてきた。
「そう言えば、慶次は僕の胸にも触ろうとしたからね~。 あ、触ったんだった」
「えーなにそれ! 慶ちゃん、信じられない!!」
「いや、それは事故だから。 不慮の事故なんだから」
慶次が由香里への説明に追われていると、いつの間にか椅子に座っていたクリスが、ポリポリとクッキーを食べ始めた。そのリスのようなクリスを見て、モニカが思い出したように言う。
「この中では、私と由香里さんだけが、ちゃんと挨拶してなかったわね」
「うん、ユカって呼んでね。 モニカさん、ヨーロッパの戦姫だって聞きました。 新米ですが、よろしくお願いします」
「まあ今回はヨーロッパ連合から派遣されてきたわけだから、間違ってないんだけど、クラスメイトとしてもよろしくね」
「ええ、日本のことでわからないことがあったら、なんでも聞いてね」
「そういえば、モニカとクリスも初めてじゃないの?」
「いいえ、私もドミニクも、米軍との演習やらなにやらで、クリスとは何度も会ったことがあるわ。 ねぇ、槍斧の女神さん?」
「……うん、会ってる」
「え? クリスは、槍斧の女神とか呼ばれてるの?」
「まあ、正確には、槍斧女神像と訳すべきかしら」
モニカは、慶次に説明しながら、右手でたいまつを掲げる仕草をする。自由の女神像に掛けている、ということらしい。
「しかし、なんで女神じゃなくて、女神の像なわけ?」
「いつも演習では、右手にハルバートを持ちながら、後方で動かないからよ」
「ふーん、クリスは、なんで動かないの?」
「必要ない……から」
「じゃあ、今度、訓練で是非お手合わせを願おうかな」
「必要が……あれば」
クリスが大きなハルバートを振り回して戦う姿など全く想像できない。しかし、実際には機械人形が戦うわけだから、華奢なクリスでももちろん問題は無い。しかし、素早く動くクリスというのは、想像すること自体難しいことだった。
それからみんなはテーブルを囲んで、訓練の話やら高校生活の話やらで、時間も忘れて大いに盛り上がった。
しかし楽しい時間も永遠に続くわけではなく、日も傾いてきてそろそろ帰らなければならない時間になった。
その時慶次はクリスがいなくなっていることに、いまさらながら気がついた。外に出て行ってはいない。室内にも見あたらない。ならば、棺桶の中に入っているのかもしれない。そう言えば、閉めてあったはずカーテンの端が少し開いている。
モニカも同時に気がついたようで、慶次を軽く睨みながら、釘を刺す。
「こっちをのぞいたら、全員で蹴り倒すわよ」
「いいねぇ、一度僕も慶次を蹴り倒してみたかったんだよ」
「慶ちゃん、ぼこぼこにしちゃうからね」
息もぴったりに全員から蹴りを入れるぞ、と言われると、ちょっとのぞいてみたい気持ちも失せてしまった。
みんながカーテンの向こうへ消え、一人で待つ慶次は裸のクリスを想像しないよう健気に努力した。
慶次がもぞもぞしていると、すぐにクリスを起こす声が聞こえてきた。しかし、クリスは起きる気がないようだ。あれで意外と頑固そうなので、寝ると決めたらテコでも起きないような気がする。
実際、クリスは、寝かせて、とつぶやいたきり、二度と起きることはなかった。
しばらくして、あきらめたモニカ達は、慶次の方へ戻ってきた。
「まあ、そのうち、起きるでしょ」
「子供じゃないんだから、ほっといていいんじゃないかな」
仕方がないので、みんなはそれぞれに帰り支度を済ませると、クリスがひっかからないようにカーテンを開け放ち電気を消す。しかし暑いので、クーラーは3時間のタイマーをセットしてから、ドアの所まで出てきた。
「そういえば、鍵が開いてたけど、ここの鍵はどうなってるの?」
慶次は、先に部屋に入っていたモニカに尋ねる。
「ああ、それがね、ロックがかからない状態になってたのよ。 それで電話で連絡したら、今晩作業するからそのまま開けておいてって」
「それって、不用心じゃない? 高価な施設なのにさ」
「まあ、学校自体のセキュリティーもしっかりしてるみたいだし、私たちの護衛もかねて、学校の回りには、隠れてSPが張り付いてるらしいわよ」
「げ、知らなかった。 しかしそれなら、安心だね」
慶次らは、鞄を持って外に出てから、ぱたんとドアを閉め、談笑しながら帰路についた。空の夕焼けはすでに赤黒く、夜のとばりが降りるまでわずかな時間を残すのみだった。
――そのあとしばらくして、建物の近くには、帰りを急ぐ小川里香の姿があった。
里香は、部活で遅くなった上に忘れ物を取りに一人で戻ったが、なかなか見つからずに非常に時間がかかってしまった。
部室に戻るときに門の守衛さんに事情は話してあるので、閉め出されることはない。しかし、真っ暗な中を急ぐ里香は、ただ焦っているだけではなく、見慣れない夜の校舎の雰囲気に不安な気持ちを抱えていた。
「あれ、こんな所に部室なんてあったっけ?」
里香は急いでいたものの、新築の建物に少し興味を引かれて、その入り口の前まで歩み寄る。すると突然、中から、ごとんと大きな音が聞こえた。
「もしかして泥棒じゃないよね? のぞいてみた方がいいかな……」
里香は、怖いもの見たさの誘惑には勝てなかった。ちなみにホラー映画は、里香の大好物である。
ノブに手を掛けておそるおそる回すと、ドアは簡単に開いた。
里香がドアのすき間から頭を入れて中をのぞくと、ぞわっとした冷気が彼女を撫でる。
里香はぎょっとしたが、それでも暗い室内に何か不審な人影はないか、目をこらしてみる。すると、暗闇の奥に、四つの棺桶が置かれているのがうっすらと見えてきた。
里香は、なにか悪い夢でも見ているような光景に、頭が真っ白になる。
するとまたしても、がたんと音がしたかと思うと、棺桶の蓋が揺れ、ゆっくりと開いていくのが見えた。
そしてその中から、この世のものとは思えないほど真っ白な体をした美しい少女の幽霊が起き上がった。その体はまるで存在感がなく、向こう側が透けて見えているかのような白さだ。その幽霊はゆっくりと顔を回して、里香の方を見る。
「きゃぁぁぁ!!!」
里香は、我に返って大きな悲鳴を上げた。
しかし、それでもこのチャンスを逃すまいと、ホラー大好き魂でなんとか携帯端末を取り出し、写真を撮った、そしてドアも閉めずに一目散に校門へと走っていった。
一方、残されたクリスも、里香の悲鳴に驚いたが、周りが暗くなっているのを見て、寝ぼけた眼をこすりながら、そそくさと帰り支度を始めた。
家に帰った里香は、さっそく仲の良い友達に写真を送っていた。ブレていて何が写っているのかわかりにくい写真ではあったが、確かに棺桶の中から立ち上がる、真っ白い少女の幽霊が写っていた。
その写真の反響はすさまじく、あっという間に学校中の生徒がブレブレなクリスのヌード写真を手にすることになった。もちろん写真では、裸であると言うことすらわからないので、その顔も定かではない。しかし、その霧のような存在感のなさだけは、写真からひしひしと感じられるのだった。
――翌週の月曜日、教室で――
「見たよ、里香! あれはすごいね!」
「でしょでしょ。 私はついに見てしまったのよ!」
里香が友達と幽霊写真の話をしていると、モニカが近づいてきた。
「席を替わってくれた感謝の印に、これを受け取ってもらえるかしら?」
モニカは花柄の美しいペンダントを袋から取り出す。
そして、鎖の両端を持って、里香の首に両手を回して後ろで留め、その胸にペンダントをかけた。
慶次は遠くからモニカの方を見ていたが、慶次の方から見ると、里香の顔がモニカの顔で隠れたので、一瞬キスをしたのかと思えるほど近づいて見えた。
慶次は見ていてドキッとしたが、美しいモニカの手を首にかけられて、顔を寄せられた里香の方がずっとドキドキしていた。
「これは『ムリーネ・ペンダント』っていうのよ」
耳まで赤くなっている里香には気付かず、説明をするモニカ。
「ヴェネチアングラスのペンダントなんだけど、高い物じゃないし、新品じゃないのが悪いんだけど、私のお気に入りの一つなのよ」
「ほんとにいいの? こんなのもらえるようなことは、なにもしてないよ?」
「私の感謝の気持ちだから、受け取ってもらえるとうれしいわ」
「それはもちろん! 大事にするね」
モニカは笑顔を返すと、里香の手にある携帯の写真にふと目が止まって驚いた。
どうも寝ぼけたクリスが写真に撮られてしまったようだ。とは言え、部室自体はVR研究部として公開される予定だし、本当の機密事項は外から見てわかるようなものではないので、それは写真に撮られても問題ない。
「あ、これねぇ、新築の部室の中の写真なのよ。 ここはオカルト研究部らしいわよ」
「え、オカルト?」
「そう。棺桶とかを集めて、世界中のオカルトを研究する部活みたいよ」
この土日で、話には尾ひれが付き、とんでもないことになっていた。
VR研究部が正式に発表されるまでだろうが、それまであの部室は「オカルト研究部」と呼ばれることだろう。
モニカは、予想もできなかった面白い事態に笑いをかみ殺しながら、慶次の前の席まで戻ってきた。
吹き出しそうな笑顔のままのモニカは、上機嫌で慶次に告げる。
「今日も放課後は、オカルト研究部に集合だからねっ」
「ああ、聞いたよそれ。 クリスも何やってんだか……」
そしていつものように授業が始まった。
――放課後、部室の前で――
慶次は、部室の前に到着してドアを開こうとしたが、ロックされているようだった。困っていると、中からモニカの声が聞こえてくる。
「右側のフタみたいなところを開けてみて」
ドアの右側をよく見ると、壁に金属のフタが付いている。開けてみると中に小さなキーボードが埋め込まれていた。
「おお、暗証番号を打つわけか」
「そこに慶次の認証コードを打つと開くはずよ」
「OK」
慶次が棺桶にログインするときの認証コードを打ち込むと、ロックの外れる音がした。ドアを開けると、中からひんやりと冷房の空気が流れてきて、奥にはモニカらの姿が見えた。
そのまま荷物を置いて席に座ると、すぐにクリスが駆け込んできた。
クリスが走っている所など見たことがないので、慶次が驚いていると、クリスは珍しくしっかりと声を張る。
「緊急出動よ! 私と、誰かもう一人。 場所はね……」
それを聞いた一同は、自分の耳を疑った。慶次も何か勘違いしたかと思ってクリスに問いかける。
「無理だろ、そんなとこ! もしかして、冗談、なのか?」
「マジ……です」
「マジかよ……」