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15話  「転校生 その3」

 慶次らが教室に戻ると、ドミニクはまだクラスメイトに囲まれたままだった。

 慶次は、ドミニクを助け出してやりたかったが、もしこの大勢の人の輪から彼女を連れ出そうものなら、何を言われるかわかったものではない。むしろ、騒ぎの輪が大きくなるだろう。


「ご愁傷様……」

 慶次は、もみくちゃになっているドミニクの境遇に、ひとりお悔やみを申し上げると、自分の席に戻った。

 席に座ってから、窓の外をのぞいてみると、中庭のベンチには、さきほどの猫が丸くなっているのが見えた。既にクリスの姿はない。


 すぐに予鈴が鳴り、ドミニクを囲んでいた他のクラスの生徒達は、しぶしぶ自分の教室へ戻っていった。クラスメイトもパラパラと自分の席に戻っていったが、しぶとく粘っている男どもを相手にドミニクは健気に応対している。


 ふと気になってクリスの席の方へ振り返ると、いつの間にかクリスは自分の席に戻っていた。まさか気配を絶っていたわけでもないだろうが、慶次は全く気がつかなかった。


 慶次がクリスに話しかけようか迷っていると、チャイムが鳴った。

 すぐに次の授業が始まるはずだったが、なぜか担任が入ってきて、声をかけながら皆を席に着かせる。


「いや、今日はどういうわけだか、急なことなんだが、また転校生を紹介します」


 担任が言葉を終えるやいなや、開いていた扉の向こうから、金色のツインテールをなびかせて、制服姿のモニカが教室の中へすたすたと入ってきた。


「うお、ツインテってまじかよ!?」

「制服がコスプレに見えるのは、どういうわけだ?!」

「我が生涯に一片の悔いなし!!」


 大騒ぎのクラスの中を悠々と見回しながら、モニカはドミニクと慶次を見つけ、口元だけに微笑みを浮かべる。

 しかし、慶次の後ろのクリスを見つけると、少し目を見開いて驚いたようだった。


 何をしゃべっても聞こえない騒がしさからクラスの雰囲気がやや落ち着くのを待ってから、モニカはおもむろに口を開く。


「モニカ・カスティリオーネです。 イタリア人よ。 みなさん、よろしくね」


 いつもの通り高飛車な態度で、しかし外国人とは思えない流暢な日本語で自己紹介すると、クラスの中は、またまた騒然となってしまった。


「うーん、どこかで見た気がするぞ?」

「なにか異なる次元の世界でお会いした気がする……」


 モニカに対するクラスメイトの印象は、どうやら慶次と同じようだ。

 日本ではまずあり得ない金髪のツインテール。すらっと背が高く、足の長いスタイル抜群のモニカ。一度会ったら彼女を忘れることはないだろう。だから、どこかで会ったことがあるかもしれない、なんてことはまず考えられない。

 にもかかわらず、頭の中のイメージを具現化したような、確かにどこかで見たような印象を、モニカは人に与えるのだ。


「えーと、空き席はあっちの隅っこみたいだけど……、そこの人!」

 いきなり慶次の前に座るクラスメイトの女の子をびしっと指さすモニカ。


「え? な、なに?」

「よかったら、その席を替わってもらえないかしら?」

「え?!」

「もしよかったら、だけど」


 モニカの口調は丁寧で、特に威圧的なものではない。しかし彼女の気位の高さが影響するのか、人に有無を言わせない響きがあった。もしかすると、意識的に話し方を変えているのかもしれない。


「う、うん……いいよ?」

「そう、ありがとう」


 慶次の前の女の子、小川里香は、もともとあまり気が強くない。ついついモニカに従ってしまったようだ。

 ただ窓際の席は暑いとぼやいていたのを慶次は聞いたことがあった。だから、彼女にとってこの機会に廊下側の席へ移るのは願ったりかなったり、というところではあるのだろう。

 里香はそそくさと荷物をまとめると、近づいてきたモニカに座っていた席を明け渡す。


 モニカはすれ違いざまに、彼女の耳元に小声で話しかけた。

「無理言ってごめんね。このお礼は、あとで必ずさせてもらうわ」

「いや、いいのよ、そんなこと。 この席は暑いからあっちへ移れてうれしいぐらいよ」

「それでも、ありがとう」


 モニカは丁寧にお礼を言うと、明け渡された席に座った。

 担任は二人の成り行きを見守っていたが、特に注意もせず、まあ仲良くな、と皆に声を掛けてから教室を出て行った。



 慶次は、前に座るモニカへ声を掛けようとしたが、モニカは、慶次に対して全く知らんぷり。なにか拒絶めいた雰囲気を醸し出している。

 慶次は、厳しい任務を二人でくぐり抜けた連帯感もあったし、ビデオチャットで何度もくだらない話をして、ドミニク同様、結構親しくなったつもりでいたので、ちょっとがっかりした。


 しかし、よくよくモニカを観察してみると、全く無視しているわけではなくて、近くのクラスメイトからのあいさつを受けながら、ちらちらと横目で慶次の方を見ている。


 ほどなく授業が始まって、クラスのざわついた雰囲気も次第に収まっていく。

 モニカは、予め用意してあった教科書やノートを机の上に出し、教師の話をちゃんと聞いているようだ。慶次もそれなりに真面目に授業を受けていたが、前に座るモニカは、教師の方へ顔を向けながらも、なんとなく慶次の方をうかがっている気配が見える。


 授業中ではあったが、席も後ろの方だし、慶次は小声でモニカに話しかける。

「ねぇ、モニカ」

「……」

「ねぇねぇ、モニカってば」

「……」


 授業中だから返事をしないのは、当然と言えば当然。しかし、完全無視のモニカに慶次はちょっと意地になってきた。

「おーい、モニカ」

「……」

「ちょっと、お話ししようよ~」

「……」

「おーい(ツンツン)」

「……?!」」


 あまりにも完全無視のモニカに業を煮やした慶次は、モニカの肩を軽く突っついてみた。それでもモニカは反応しない。しかし、後ろから見えているモニカの耳は、なんだか赤くなってきているようだ。


「ねえってば(ツンツンツン)」

「!?」

「おっ!(ツンツンツンツン)」


「もう、やめなさいよ! 慶次!」

 とうとうぶち切れてしまったモニカは、やおら振り返ると、大きな声で慶次を怒鳴りつけた。初夏の熱気でけだるい雰囲気だった教室は、一気に冷気が張り詰めたようにしーんとなる。


 黒板に向かっていた教師は、一瞬びくっとしてから振り返り、大声を上げたモニカにチョークを向ける。

「カスティリオーネさん、静かに!」

「すいません、先生。後ろの生徒が体を突っつくもので、つい……」


 モニカは、わざとらしくしおらしい声を出しながら、慶次を非難する。

「服部! 授業中にちょっかいを出すな! 休み時間にやれ!」


 慶次は、休み時間にならちょっかい出せってことなのか、と言い返したい気もしたが、今回は明らかに自分が悪い。慶次は、すいませんと教師に謝った。

 しかし、クラスメイトの多くは、モニカの大声ではなくその言葉の内容に引っかかっていた。


「『慶次』……だと?!」

「また、慶次……だというのか!」

「どうして、慶次……、おのれ、服部慶次!」


 クラスの男子全員から放たれる、むき出しの敵意、というか嫉妬の炎が慶次を包む。慶次は、確かになんで俺なんだろ?と、とよくわからないながらも、クラスのみんなにごめんと小声で謝ったのだった。



 授業が終わると、モニカは、ゆっくりと慶次の方へ振り向いた。

「あんたねぇ、騒ぎにならないようにしてたのに、バカなの?!」


「バカ……かも」

 慶次は、確かにやり過ぎたし一日中あれこれあったので、げんなりしてつぶやいた。


「おい、バカ慶次!」

「お前、どうしてこんなにも両手両足に花なんだよ!」

 いつの間にか、慶次は、やり込めなければ気が済まないといった雰囲気のクラスメイト達に囲まれていた。


 そして、慶次のことはどうでもよいほとんどのクラスメイトは、モニカの方を取り囲んでいた。

「ねえねえ、カスティリオーネさんは、どうして日本に来たの?」

「ああ、モニカって呼んでくれていいわよ」


「モニカさん、ご趣味は?」

「モニカさん、お住まいは?」

「モニカさん、好きな男性のタイプは?」


 聞いているだけでもうざい質問攻めに、モニカはにこやかに応対……などするはずもなく、いきなりぶち切れた。

「あーもう、そんなことはどうでもいいじゃないの!」

「いやいや、是非一言!」


 モニカは、かなりうんざりとして、慶次の方へ助けを求める視線を投げかける。

 しかし、慶次は、クラスの男どもから、頭をくしゃくしゃにされたり、首を絞められたり、さんざんな状態だった。反撃するとねちねち言われそうなので、慶次は、助けてくれ~と小さな声を上げるだけだった。


 慶次は、人垣のすき間から隣の席に座っているドミニクの方を見たが、ドミニクもまたクラスメイトや隣のクラスの生徒らに取り囲まれていた。その中には、なんとかドミニクと話をしようと、おたおたしている準もいる。もう、慶次の近くには、何重もの人垣ができていて、内側にいる人は外へ出られない状態だ。


 そんな騒ぎの中、クリスは、由香里を含む数人に女子と静かに談笑、というよりポツポツと会話していた。

 クラスのみんなは、霧の妖精のように薄い雰囲気のクリスにも、かなり興味を持っていた。しかし、あまり大勢で話しかけてはいけない、という気がしていたので、取り囲んだりしないようにしたようだ。


 そうして、授業の合間の休憩時間は、クラスメイトの相手に忙殺され、あっという間に放課後になってしまった。また取り囲まれる前に、モニカは慶次の方へ振り返って質問をする。


「ねえ、部室の方は、もう完成してるの?」

「ん? 部室って?」

「ほら、あの校舎の端の新築の建物よ」

 モニカは、窓の外から、かろうじて見えるグラウンドの方を指さしていった。


「えっと、なんのクラブのこと?」

「もしかして、あんたたち、まだ聞いていないの?」

 モニカは、慶次の隣の席から顔を寄せてきたドミニクの方を見ながら言う。


「聞いてないよな、ドミニク?」

「ああ、なんのことか、さっぱりだ」

「しかたないわね、ちょっと見に行くわよ!」

 モニカは立ち上がると、クリスの方をあごで指す。


「詳しくは後で説明してあげるけど、あの子達も連れてきなさい」

「えっと、クリスと話してる女の子達のこと?」

「そうじゃなくて、あの子、由香里って言うんでしょ? 日本のテストパイロットの」

 モニカは声を落として言った。


 クリスは、数人の女の子と、由香里と、たぶん楽しそうにポツポツと話している。邪魔するのはちょっとかわいそうな気もしたが、機械人形関連の話というなら仕方がない。由香里はこちらをちらりと見たが、クリスと話すことに夢中だ。


「ああ、由香里は、俺とは幼馴染みなんだ」

「ええええっ~?!」


 モニカは、予想以上に驚いていた。幼馴染みというキーワードに何かのショックを受けたようだ。

「ま、まぁ、いいわ。 私たちは先に行ってるから、すぐに来なさいよ」

「ああ、わかった。 すぐに行くよ」


 慶次は、仲良く話をしながら去っていくドミニクとモニカを見送ってから、由香里達の方へ近づいて声をかける。


「クリス、ちょっといいかな?」


「「よくない!!」」


 クリスが答える前に、クリスと話していた女子達は、口をそろえて答える。

 どうも歓迎されていないようだったが、慶次はめげずに続ける。


「さっき、モニカとドミニクがさぁ、留学生同士で少し話をしないかってさ」

「うん……、わかった」


 クリスは即答したが、クリスと話していた女子達は、由香里も含めて不満たっぷりの顔だ。慶次は、由香里の袖を引っ張って、女子達からちょっと引き離すと、小声で耳打ちする。


「いや、パペット関連なんだよ」

「え? モニカさんも?」


「ああ、言ってなかったけど、あれがヨーロッパの戦姫だ」

「ええええええええ!!」


 驚いていきなり叫ぶ由香里。

 顔を近づけて小声で由香里と話していた慶次は、耳元で大声を出されてしかめっ面になったが、さらに続ける。


「だからさ、うまく言って連れださなくちゃ」

「……そうね、わかった」


 由香里はそう言うと、ふくれっ面の女子達になにか小声で話し始めた。

 彼女らは、しばらく頷きながら話を聞いていた。そして、しょうがないわねぇ、と言うと、クリスには別れの挨拶を告げ、慶次にはぎろっと睨みをきかせてから、帰り支度を始める。

 慶次は、男子にも女子にも敵とみなされたようだ。


 なんだか嫌われ気味の慶次は、ため息混じりに首を振ると、由香里とクリスと一緒に、モニカが「部室」と呼んだ建物へと向かった。

 これで、転校生その1=クリス、その2=ドミニク、その3=モニカのお話は終わりです。


 次回は、驚きの部室を紹介します。その後、次の任務へとつながっていきます。

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