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14話  「転校生 その2」

 一時間目の授業が終わると、ドミニクの回りにはクラスメイトやら、話を聞きつけた他のクラスの生徒やらが、わらわらと集まってくる。慶次は必然的に押し出されて、ドミニクから離されてしまった。朝の話の続きをしたかった慶次だったが、矢継ぎ早の質問攻めにあっているドミニクを見て、それどころではないことを悟った。


「10分休みだから、がんばれよ」

 慶次はドミニクに声を掛けたが、とても聞こえているとは思えない。お祭り騒ぎの状態だった。


 大騒ぎの教室から同じく逃げ出してきた由香里と、廊下で立ち話をしていると、さっきまで窓の外を眺めていたクリスがこちらへやってくるのが見えた。


 クリスの座っていた席の近くには、数人の女子が見えたので、何かを話しかけていたのだろう。クリスは、それを華麗にスルーしたようだ。女子達は困ったような顔をしていたので、無視するでもなく普通に断ったのだろう。

 慶次らの前に来たクリスは、やはり小さな声で尋ねる。


「ミスター服部に、ミス遠藤?」


「ミスター服部はやめてくれ! なんか手品師っぽいし」

「ミス遠藤もやめて~! なんの美人コンテスト?って感じだし」


「そう……じゃあ、慶次と、ユッカリーでいい?」

「ユッカリーじゃなくて、由香里っていいます。 ユカでもいいよ」


「それより、なんで俺たちの名前を知ってるんだ?!」

 慶次は当然の疑問を口にする。


「なぜなら……」

 クリスは、回りをきょろきょろ見てから、小さな声をさらに小さくする。

「私もアメリカの……パペットマスターだから」


「パペットって、機械人形(パペット)のパイロットだったのか!」

 物静かで覇気がないクリスは、戦闘には向かないような気がして、慶次は驚きながらも首をかしげる。


 しかし考えてみれば、インターナショナルスクールでもないこの高校に、外国人の転校生が来ること自体が珍しい。しかも慶次のクラスに同時に二人来るなんて、偶然の一致であるはずもなかった。


「じゃあ、クリスちゃんは、新型機のテストパイロットなのね?」

「そう」

「それじゃあさ、色々と話したいこともあるし、廊下で立ち話もなんだから、一緒に昼飯でもどうかな?」

「わかった……」



 慶次らがクリスとお昼の約束を済ませると同時に、二時間目のチャイムが鳴った。

 ひそひそ話す慶次ら三人を遠巻きで見ていた廊下の観客達も自然とお開きになって、自分の教室へ戻っていった。


 教室に戻った慶次が席に着くと、先ほどの女子達がクリスにまた話しかけに来ていた。彼女らは、クリスと一言二言、何か話したようだったが、名残惜しそうに自分の席に戻っていく。

 彼女らは、途中でクリスの方へ振り返ると、胸のあたりで小さく手を振った。クリスも同じように小さく手を振り返す。それを見た彼女らは、小さな声できゃっきゃと喜んでいた。

 無愛想なクリスだが、この教室でもうまくやっていけそうかなと、慶次は思った。



 ――昼休み、校内の食堂で――


 完全に失敗だった。予想すべきだった。慶次は、かなり後悔していた。


 慶次らが食堂に着くと、クリスを見つけた学生達は、一瞬静まりかえった後、あちこちから興奮した大きな話し声がわき上がる。


「ああっ、例の転校生だ!」

「おお、カワユス!!」

「僕っ子なんだよね?」

「それは、赤毛ちゃんのほうじゃね?」


 もしこのまま着席すると、大変なことになりそうだった。慶次と由香里は、顔を見合わせて、お互いに『しまった!』という顔になる。

 しかし、騒ぎを気にすることもなく、クリスは席に着こうとしていた。

 慶次は、慌ててそれを押しとどめる。


「ちょっと話しにくそうな雰囲気だから、パンでも買ってどこかで食べない?」

「わかった……」


 周囲からの好奇の視線を一身に浴びながら、三人は食堂内にある購買コーナーへ移動する

「俺は、このホットドッグが好きなんだ」

「じゃあ、私はこのピザパンにしよっかな~」

「サンドウィッチ……」


 それぞれ好きなパンと飲み物を買うと、三人は中庭の方へ向かった。

 夏の強い日差しが照りつける中庭。しかしいくつのベンチは木陰になっていて、それなりに涼しい風が吹いていた。三人は、そのベンチの一つに腰を掛ける。


「アメリカ側は、スタッフも一緒に来てるの?」

 ピザパンをかじりながら、由香里は右隣のクリスに尋ねる。

 慶次は由香里とクリスを挟む形で並んで座り、ホットドッグにかぶりついている。


「チームで来てる…… みんな、研究所の近くに、いる」

「機体はどうしたの?」

「基地から、持ってきてる」


「……それより、慶次!」

 クリスは、慶次の方へ振り返ると、ぐぐっと身を乗り出してきた。

 さっきまで物憂げだったその灰色の瞳には、どういうわけかやる気がみなぎっている。


 クリスは、北欧系のアメリカ人なのか色素が全体的に薄く、透き通った雰囲気を持っていた。晴れやかな美しさはなかったが、やる気をみなぎらせてもなお、静かな森の湖畔のような美しさを備えていた。


 迫ってきた端正な顔にぎくっとして、のけぞる慶次。

 その向こう側では、ジトっとした目つきの由香里が冷ややかに見ている。

 慶次が女性をかわいいと思った瞬間は、なぜか由香里にはわかるらしい。


 慶次は、やましいことは考えていない、と思い直し、のけぞった体制も立て直す。


「えーと……なにかな?」

「慶次は、テストパイロットではないの?」

「んー、実戦機体を担当する予定だよ」

「そ、その機体について詳しく!!」


 クリスは、くっつくほどに顔を近づけてくる。

 あまり迫力はなかったが、とても真剣な様子だ。慶次は、ドキドキするより先に、ふと疑問が浮かぶ。


 機械人形(パペット)の機体はアメリカが提供している。しかし、棺桶(コフィン)の制御ソフトは、日本が独自に開発したもので、アメリカには暗号化されて提供されている。したがって、今回の実戦機体の開発は共同開発でありながら、お互いの手の内を見せない形になっている。だから、アメリカ側は、新型機に関する情報をどんな細かいことでも知りたいだろう。

 クリスは、探りを入れてきているのだろうか?


「んー、俺もまだ詳しくは知らないんだが、親父がね……」

「服部博士、が?!」

「色々と話してはくれるんだけど」

「うん、うん!」

「でも、クリスさあ、なんでその話を聞きたいわけ?」


 慶次は、クリスに対して何かひっかけるような質問はしたくなかった。一緒に仕事をするわけだし、クリスの人柄からして卑怯な手段を使ってくるようにも見えない。わからないから聞く。慶次はシンプルに切り込んでみた。

 クリスの答えはあっさりとしたものだった。


「それは、聞いてこい、って、……言われたから」

「ああ、上司の人に探って来いって言われたんだ」

「そう……」


 やけに正直すぎるクリスの言動に、慶次は思い当たる節があった。

 これはひょっとすると、天然ボケというやつではないだろうか?

 ちょっと面白くなってきて、さらに慶次は聞いてみた。


「もしかして、その上司の人にさぁ」

「うん」

「ばれないように気をつけろ、とか言われなかった?」


 あっ、と小さく息を飲むと、そのまま固まるクリス。

 左手に持っていた小さな牛乳の箱がぽとりと地面に落ちた。


 牛乳パックはストローを差すタイプでこぼれなかった。由香里がそれを拾ってあげ、箱の下の土を払う。

 しかしクリスは、しまった、という顔の形のままで動かない。

 慶次はかわいそうやらおかしいやらで、笑いをかみ殺しながら言葉を続ける。


「まあ、ばれたかどうかは、言わなきゃ上司の人にもわからないよね?」

「そう……かも」

「だから、差し支えない範囲で、俺と由香里が色々教えてあげるからさ」

「うん……」

「それをさ、探り出しましたって上司に報告すればいいんじゃないかな」

「なるほど……、うんうん、そうだね、ありがとう、慶次!」


 クリスは、慶次の言葉に息を吹き返したようにうなずいてから、慶次の手を取って感謝の意を表す。

 クリスの手は思いのほか温かく、蒼白だったクリスの頬には、わずかに赤みが差して、ほんのりと上気しているように見えた。もしかしたら涙がにじんでいたのかもしれない潤んだ瞳に見つめられながら、慶次はまたしてもその瞳に心を奪われてしまった。


 ――プシュ


 何かが噴き出す音で我に返った慶次には、牛乳パックを握りつぶさんばかりに強く持ったため牛乳がポタポタ垂れているのを物ともせず、こちらを睨みつける由香里の姿が見えた。


 慶次は慌ててクリスの手を振りほどき、ポケットからハンカチを取り出す。そして、由香里の持っている牛乳パックをつまみ上げると、箱のまわりを拭いてからクリスに渡した。

 そして、そのハンカチで由香里の手をきれいに拭いてあげると、由香里のご機嫌はたちまち直った。そして、慶次の手には、牛乳臭いハンカチが残されたのだった。



 そんなこんなで、昼休みも終わりに近づいたとき、奥の茂みから一匹の野良猫がこちらのほうへ歩いてきた。その猫は、慶次らの前を通り過ぎ、中庭の片隅にある野菜畑の方へ歩いて行く。

 慶次と由香里は、教室に戻ろうとベンチから立ち上がったが、クリスはその猫をじっと眺めて座ったままだった。まだ少し時間もあるので、慶次らは、クリスをその場に残して教室に戻ることにした。


 しばらく教室の方へ歩いてからクリスの方へ振り返ると、野菜畑に向かっていた猫はクリスの方へ進路を変え、にゃおと一声鳴くと、クリスの膝に飛び乗ってきた。

 クリスは、その猫をなでるでもなく、ただ座って眺めている。すると、小鳥がチッチッと鳴きながら飛んできて、クリスの肩に止まった。


 クリスのまわりだけ時が止まったかのような不思議な風景が、夏の強い日差しの中にゆらめいて見えた。

 今回は、新キャラのクリスを紹介するお話でした。


 次回で、転校生の話は、一旦終了です。

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