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12話  「テストパイロットと近接戦闘せよ!」

「うわ~い、慶ちゃんだ! おっひさ~」

 振り返る慶次を見た真奈美は、スキップしながら短い距離を一気に詰める。そして、慶次の右手を取ってブンブンと振る。


「まー姉ちゃん、あいかわらずテンション高いなぁ」

「ん~、慶ちゃん成分が不足してたからね~」

 そう言うと、真奈美は、慶次の右手を自分の体の前へくるりと巻き込んで、体を寄せてくる。


 真奈美に密着された慶次がどぎまぎしていると、少し離れた所から、額に怒りのマークを浮かべた由香里が、びしっと人差し指を向ける。

「慶ちゃん、デレデレしすぎ!」


 人差し指を向けたまま、お怒りのご様子な由香里に向かって、ゆるい声で真奈美が声を掛ける。

「慶ちゃんの左手が開いてるから、ユカちゃんもこっちおいで~」


 ムッとした後、一瞬迷う由香里。しかしすぐに首を振ると、芹菜の方に話しかけた。

「隣の部屋で話しされます? 私、みんなの飲み物とか買ってきますね」


「あ~、ここの自販機は、紙コップなので~」

 真奈美は、慶次の傍らからさっと離れて、今度は由香里の左手に自分の右手をからめた。


「コップを持つ手が、あと2ついるのよ~」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ、ちょっと行ってくるね~」

「ありがと~、オレは先にセリナさんと話しとくよ」


 どことなく、ぎこちない足取りで去っていく由香里と並んで歩く真奈美が、慶次から少し離れた所で、由香里にこしょこしょっと何かを耳打ちをした。それを聞いた由香里は、困った顔で真奈美に抗議しながら、その手を振りほどこうとしている。どうやら、結構仲良しの二人であった。



 部屋に入ると、芹菜は、椅子に腰掛けながら、思い出したように慶次の方を向く。

「真奈美さんも、よかったわね」

「え? 何がよかったんですか?」

「あぁっと、真奈美さんからは聞いてないのね。 まあ、内緒にしておいてね」

「はい?」


 芹菜は、なんとなく後ろを気にしながら、話を続ける。

「真奈美さんは、年齢的な限界なのか、急にブースト機動ができなくなってね」

「えっ?!」

「ほら、いつもバックアップに回ってたでしょ?」

「それは確かにそうだったけど……」

「で、班長から、無理なら退職するしかないな、って言われて、ずっと悩んでたのよ」

「むむぅ、全然知らなかった」


「それで、あなたのお父さんが、『今までの経験を生かして、新しいインタフェースのテストに協力してくれないか?』って誘ったんだけど」

「ナイス、親父」

「真奈美さんは、新しいインタフェースで、完全なブースト機動ができちゃったのよ」

「へぇ~」

「それも、今までのテストパイロットの中で、一番の成績だったの」

「そりゃ、まーねえちゃ、じゃなかった、工藤さんもこの仕事は長いからね」

「うん、それでブーストできた理由も研究して、開発にすごく役立ったのよ」

「そんなことがあったのかぁ」


 いつも脳天気っぽい真奈美に、苦悩の日々があったことを知った慶次は、驚きながら芹菜の話を聞いていた。しかし、ドアの向こう側から、ちょうど帰ってきた二人の話し声が聞こえてきたため、話はそこで終わった。


 その後は、来週のテストの目玉、新型同士の一騎打ち、さらに新型と旧型の一騎打ちとなる近接戦闘訓練の話に時間が割かれた。

 芹菜によれば、慶次にも新型の機体があてがわれる予定だが、とりあえず、現在二機ある試作機をもう少し改良し、量産型機動歩兵、参拾壱(三十一)式として完成させることが先になるようだ。

 もちろん今回のテストでは、真奈美と由香里が新型に乗る。慶次は旧型だ。四人がしばらくテストの内容について意見を出し合った後、その場は解散となった。



 ――次の日曜日、警視庁術科センター・地下試験場で――


 今日は、機動歩兵、試作型参拾(三十)式の実戦テストを行うため、多くの人がこの地下試験場に集まっていた。ここは、センターの一般的な施設からは隔離された、いわば秘密の試験場である。その存在は限られた人間にしか知られていない。


 試験場は、巨大な体育館のように広々としており、模擬戦闘用の建物や、試射場などが散在している。慶次らは、その中の小さな建物の一室で、棺桶に入ったところだった。もちろん、真奈美や由香里とは別の部屋である。


「フルダイブモード。 服部慶次、ログイン」


 いつものようにセットアップが終了して周囲を見渡すと、すでに真奈美と由香里の機体は、準備運動のように体のあちこちを動かしていた。新型の機体は、見た感じでは旧型とそれほど変わりはない。しかしその機体は、旧型とは違って操縦者のイメージだけで動かされている。


 慶次が何気なく由香里の機体を見ていた。すると、慣らし運転中の由香里の機体がいきなり加速しはじめ、ラジオ体操第一と思われる動作を数秒でやり終えた。


「覚えてる動作だと、やっぱり早いね~」

 由香里は、慶次に話しかけてくる。


「今の動きは、ちょっとギャグっぽかったぞ」

「考えてみると体術の型は短いし、長い動作って意外と覚えてないんだよね~」


「だけど、対戦をイメージしながら、型を連続で出すと結構長いぞ」

「なるほど~ じゃあ、こういう感じかな?」


 そう言うと、由香里は、いきなり演武のような動きで、ものすごい速さの蹴りや突きを数十発ほど連続で繰り出した後、その流れるような動作を止めた。


「おおっ、今のはちょっとカッコよかったぞ」

「ほんと? ありがとう、慶ちゃん」


 由香里は、新型の機体でぽりぽりと鋼鉄の頭をかいた。その動きは非常に人間くさくて、ちょっと気持ち悪かった。


 真奈美の方は、武術の心得はないようだったが、支給された大型の拳銃を持って、動作練習をしている。その拳銃は、今は模擬弾が装填されているが、戦闘の状況によっては、装甲を貫く特殊な弾丸が装填される。今回の運用テストは近接格闘ではなく、CQBと呼ばれる近接戦闘訓練を兼ねていたので、銃の使用に問題はない。


 その後しばらく動作チェックがあった後、関係者は全員建物の中に退避し、三体の機械人形のみが試験場のフィールドに残った。


「じゃあ、まずはユカちゃんとの近接戦闘から始めましょうね~」


 今まで口数の少なかった真奈美が由香里に声をかけ、二体は少し距離を開けてから、相対する。慶次はかなり離れた場所まで移動し、観戦することにした。

 二体は、にらみ合っているかのようにしばらく動かなかったが、どちらともなく、はじけたように動き出した。


 真奈美は、加速しながら由香里の方へ銃を連射。由香里の方は、断続的にフェイントを交えた動きで接近しながら、ブーストして弾丸をかわす。由香里は、自信のある格闘戦に持ち込むつもりのようだ。


 銃と刀ではどちらが勝つか。普通ならその勝敗は明らかだ。しかし、ブーストしながらフェイントで動く機械人形に対して、正確に照準してヒットさせることは簡単ではない。


「む~、やっぱり当たらないね~」

 真奈美は、やはり由香里に弾丸をあてられない。しかし、真奈美の方はそれを承知で、由香里の行動を制限するよう、位置を決めて撃っているようだ。


「連射がとぎれない……」

 由香里は、真奈美の繰り出す弾幕を前に、なかなか接近できないでいた。真奈美の弾倉交換時を狙おうにも、その動作はブーストされていて恐ろしく速い。


「はっ!」

 しかし、由香里は身を低くかがめて前に飛び出す。一瞬の後、いきなり地面に指を突き立てると、その指を回転軸に大きく旋回して、真奈美の足を払った。

 真奈美は飛び上がって避けようとしたが、由香里はそれを予期して、払う足を上へ動かして蹴り上げ、飛び上がった真奈美の足首に引っかける。


「きゃっ」

 真奈美は、体勢を立て直そうと空中で体をひねったが、上手く一回転して着地することはできず、その場に尻餅をついてしまった。既に足を戻して体勢を立て直していた由香里は、そのまま右手に握りしめた短刀を真奈美の喉に突き立てようと殺到する。


 そのとき、パパンっと乾いた銃声が響き渡る。後一歩に迫った由香里の脳天と胸には、鮮やかな赤のペイントマーカーが付着していた。真奈美は、尻餅をついた状態でいつの間にか両手で拳銃を抜き、腰の位置から銃口だけを由香里の方へ正確に向けていた。


「あーん、やられたぁ~」

「もーちょっと抜くのが遅かったら、首をはね飛ばされてたよぉ~」


 真剣な訓練に似合わない楽しそうな二人の会話に、食い入るように見ていた慶次は、肩すかしを食らってしまった。二人は、戦闘訓練を対戦ゲームのように楽しんでいた。


「さぁて、次は慶ちゃんを血祭りにあげちゃおっかな~」

「あ、待って、真奈美さん。 慶ちゃんとは、格闘でやらせてもらえないかな?」

「うん、いいよ。 今日の慶ちゃんは、ユカちゃんに、あ・げ・る♪」


 獲物として取引された慶次は、苦笑しながら話の成り行きを見守っていたが、おもむろに口を開く。


「ポッと出てきたテストパイロットには、負けないぜ?」

「新型機だから、負けないよ?」


 由香里も負けずと言い返したが、由香里の方に説得力があるようだ。一応、ブーストはレベル5まで、格闘のみと約束したが、イメージだけで動く機体を相手に、易々と勝てるとは思えない。また、道場での試合形式の練習でも、いつも慶次が勝てるわけではなかった。


 慶次が前に進み出ると、由香里も慶次の目の前に立つ。先ほどとは違って銃を使わないので、間合いはかなり近い。


「いくぞ?」

「いいよ」


 短い会話の後、戦闘は突然開始された。

 由香里は、慶次の腕をとろうと、手を伸ばしたが、慶次は素早くその手を払いのけ、中段に突きを入れた。由香里は、軽く後ろに下がってかわした後、上段に鋭い回し蹴りを放つ。


「おっとっと」

 慶次は、それをかがんでかわすと、同じように上段へ回し蹴りを放った。蹴りや突きなどを、間合いを計りながら打ち合った後、慶次は由香里の蹴りの隙を突いて、さっと由香里に接近する。

 由香里は、接近する慶次と体を入れ替えるように身を翻すと、慶次の背後に回ろうとする。しかし、その位置には、既に力がこもった慶次の肘打ちが飛んでいた。


「ぐっ……」

 ガチッと金属の当たる重い音がして、由香里は右肩を突かれ、体勢を崩す。慶次は、後ろを向いたまま、右手の短刀で後ろにいる由香里を突き刺そうとした。しかし、慶次が動いたときには由香里は既にそこにおらず、さらに左の方へ回り込んでいた。


「くそっ」

 慶次は、一瞬で由香里が自分の背後から首筋へ刀を突き立てようとしているのを悟り、背中に差している剣を、所定の所作で抜刀しようとした。しかし、その技は相手を制圧する技ではない。背後の敵を不意打ちで仕留める秘伝の暗殺剣だった。それを戦闘訓練で公開することは禁じられている。

 由香里は、反撃できない慶次の背後から刀を差し入れ、その首筋でぴたりと止めた。


「あー、オレの負け、負け」

「慶ちゃん、なにかいけないこと考えたでしょ?」

「ん? なんのことでしょぉか?」


 とぼける慶次だったが、由香里には殺気が漏れ伝わっていたようだ。もちろん、機械人形同士で殺気のやりとりがあるはずもない。しかしそれはちょっとした動きに出るものだ。

 負けそうになると、ついムキになるのは俺の悪い癖だな。慶次は反省しきりだった。


 その後、慶次は真奈美と訓練しても良かったが、新型機の評価はおおむね完了しており、おそらく何度やっても慶次はほとんど勝てないだろうから、それで本日の運用テストは終了となった。


 もっとも、あの短い動作テストだけで、相当のデータが集まったようで、後日、一日がかりで解析が行われ、開発に生かされるとのことだった。なお、解析にはヨーロッパのスタッフや『ユーロ・ウィズダム』の大型コンピュータなども参加する予定で、開発は国際共同プロジェクトの形へと変化しつつあり。インタフェース技術は日本が主として開発したものだったが、国際協力は慶次の父が望む形でもあった。


 そんな大局的な話を聞きながら、真奈美を待つ慶次だったが、真奈美の方は訓練の終了には納得していなかった。私も慶ちゃんと遊ぶんだ~と、ダダをこね続けて棺桶から出てこない。

 しかたがないので、慶次がカラオケに誘うと、真奈美は大喜びになった。仲の良い他のスタッフも誘い、その日は久しぶりのカラオケ大会となったのだった。

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