11話 「機動歩兵 試作型参拾式」
「ねえねえ、イタリアはどうだった? おいしいもの食べた?」
いつものように道場での朝練を済ませた後、慶次と一緒に登校中の由香里は、思い出したように質問する。
「うん、あんまり時間が無くて、お店回りとかはできなかったけど、パーティーでいっぱい食べたよ」
「へぇ~、いいなぁ」
「フランス料理、というかプロヴァンス料理だったんで、トリュフとかもりもり食べたな」
「おぉ~、なんか高級そうだね~」
由香里との会話は、なぜか食べ物の話になることが多いが、今日の由香里はさらに続ける。
「ところで、この前の慶ちゃんパパのテストなんだけどね」
「うん、あれ、どうなった?」
「なんだかテストの結果が抜群だったらしくてね」
「うひょぉ」
「いきなり、試作機のテストパイロットになっちゃった(てへっ♪)」
「てへっ、じゃないっ! どーゆーことだよ?!」
遠隔現実開発センターに勤める慶次の父が、めったにしない真面目な話。それによると、機械人形を制御する棺桶は、遠隔現実感を得るためのつなぎの装置に過ぎないらしい。
量子コンピュータの完成により、シミュレーション技術はこの数年で爆発的に進歩した。また、大脳生理学もこれに合わせて一気に進化を遂げ、脳内にナノサイズの電極を張り巡らせれば、機械を手足のように動かすことが可能になった。
ただし、感覚情報を脳に直接注入すること、簡単に言ってしまえば仮想の世界にフルダイブすることはまだできない。遠隔現実開発センターは、これを実現するための研究も進めている。
「ロボットをね、頭で考えるだけで、ゲームみたいに動かすの」
「それって、脳に手術したのか?!」
考えるだけで機械を動かすブレイン・マシン・インタフェース技術は、結構古い技術だ。例えば、頭に電極を貼り付けたり、ヘルメットのようなものをかぶることで、スイッチのオンオフのような簡単な動作を制御できる。しかし、機械人形のような高速で複雑な動きを制御するには、ナノサイズの電極やチップを脳内に埋め込む必要があるはずだ。
「え? 手術なんてしてないよ? 棺桶みたいな装置に入るだけ」
「でも、中で体をピクピク動かすだろ?」
「動かさないよ? 考えるだけで動かすの」
どうもヘルメット的なものをかぶるだけで、機械人形を制御する技術が既に完成していたようだ。まだ、仮想現実に没入することはできないとしても、思考だけで複雑な制御ができることは、大きな進歩だ。
もっと装置を小さくですれば理想的な義足や義手ができるだろうし、もしかしたら、人間が4本の手を持つかもしれない。こういう話が大好きな慶次は、あれこれ考え込んでしまった。
「ねぇ、慶ちゃん! ちゃんと聞いてる?」
「うお、悪い悪い。あれこれ夢見てしまったぜ」
「まったくもう、ゲームのことでも考えてたんでしょ!」
確かにゲームの世界も一変するだろう。マウスやキーボードの時代は終わり、思考だけでキャラを操る。最高に熱いバトルができるだろう。戦闘機だって、本物とほとんど同じコックピットで操縦できる。
「まあ、ゲームとかの応用は、これからなんだろうな」
「それでね、来週の土曜日、機動制圧班の定例ミーティングにも参加するんだよ」
「そうなんだ。じゃあ、まー姉ちゃんにも紹介しないとな」
「え?! 誰それ?」
「あー、準のお姉さんの、工藤真奈美さん」
「ああ、真奈美さんかぁ。でもなんでそんなに親しげなわけ? どーいう関係なの?!」
「え? 特に、ど、どうっていうこともない、というか……」
慶次は、真奈美と付き合っているわけでもないのだが、つい真奈美の顔を思い浮かべてしまったのが失敗だった。
真奈美は、最近、出動回数が減り、出動した場合でも、機械の不調などでバックアップに回っていた。また、ミーティングにもちょくちょく欠席するようになり、最近は顔も見ていない。
あの人なつっこい笑顔が少し恋しい。やっぱりちょっと惚れてるのかなぁ、と慶次が意識してしまったため、なんでもない会話でいきなりどもってしまったのだ。
「どうってこともない、って感じでもないじゃないの!」
「え? そんなこと……ないよ?」
「えーい、自白しろ、自白しろ!」
由香里は、慶次にいきなり関節技を仕掛けてきた。しどろもどろの慶次は、ハイテンションな由香里の敵ではなく、あっという間に技が決まった。そのまま技を決めながら、自白しろ、と怖い笑顔で繰り返す由香里の前で、慶次は、ギブギブ、ギブアップ、と弱々しく繰り返す。
さらに周囲の通勤通学途中の老若男女からは、朝からイチャつきやがって、という生ぬるい視線が突き刺さるのだった。
――次の土曜日、警視庁術科センターで――
慶次は、術科センターのミーティングルーム近くまで、由香里と一緒にやって来たが、打ち合わせがあるからと由香里は別室に入っていった。
ミーティングルームに入ると、慶次は知り合いの顔をいくつも見つけて、あいさつをしたが、その中に真奈美の顔はなかった。真奈美とはときどきメールしていたが、最近は色々と忙しくて、と返事をよこすだけだった。しかし、今日のミーティングには参加する、との返事も受け取っていた。
「あとから来るのかな……」
慶次がきょろきょろしていると、班長が入ってきて、壇上で話を始めた。
慶次は、いつもの定例報告を興味もなく、しかし真面目に聞いていた。
「えー、次に、懸案の新型機については、服部博士に解説をお伺いするとして、まず、そのテストパイロットを紹介しよう」
(お、きたきた。由香里のやつ、緊張しまくってなきゃいいけど……)
慶次が幼馴染みを心配しながら待っていると、まず慶次の父、服部博士が入ってきた。
服部博士は、よくミーティングに顔を出すので、慶次は特に反応しなかったが、博士の方は慶次に小さく手を振った。親バカである。
続いて入ってきたのは、由香里ではなく、真奈美だった。
「げ、なんで、まー姉ちゃんが?!」
慶次は思わず声に出してしまった。班長は、話を続ける。
「以前より働いてもらっている工藤君が今度の試作機のテストパイロットになった」
「続いて、今度新しく協力してもらうことになった、遠藤君だ」
「遠藤由香里です。よろしくお願いしますっ」
「遠藤君は、適性テストで最高点をマークしたので、今回は試作機のテストパイロットにも任命された」
「最高点、抜かれたか……」
慶次は、ぼそっとつぶやく。
適性テストは、遠隔現実の遅延環境下での適性を図るテストで、棺桶に入ってゲームみたいな反応テストを行う。何を判定しているのか慶次にはよくわからないが、とにかく適性を表す点数が出る。そして慶次は、全世界の受験者中、ベストスコアの保持者だった。
「いや、それよりも、まー姉ちゃん。 先に教えといてよ!」
慶次がちょっと非難の目を向けると、真奈美は、それに気がついたのか、ウィンクしてから、軽く口をとがらせてチュッっとする。
班長が話してるのに何やってんだと慶次が考えていると、それに気がついた隣の隊員から冷やかしの肘鉄をくらってしまった。
ふと、由香里の方を見ると、由香里の方もこちらをジトっとした目で見ていた。
班長の話が終わると、次に服部博士が話をし始めた。
「では早速だが、皆さんに、機動歩兵、試作型参拾式を紹介しよう」
博士がそう言うと、遠くでメカの作動音がうなり、隣の部屋のドアを開ける音がした。そして、目の前の入り口から、機械人形が身をかがめつつ中へ入ってきた。
かなり大柄の人間サイズで、二メートル近くある背丈の黒光りする機体は、器用に壇上へ上がってくる。体重は200キロ近くあるはずだが、床はミシミシ軋んだだけで抜けなかった。
「実物を見せた方が良いかと思って、セットアップしておいた。 なお、操縦は美人の助手が行っているが、そのあられもない姿は想像にお任せしよう」
すると、機械人形は、器用に右手の甲で、博士の左肩をポンと小突いた。
「このように制御精度も相当高く、操縦者の思うように動かすことが可能になっている」
どうも、あらかじめネタを仕込んでいたようである。慶次は軽くため息をつく。
「ご存じのように、この機体は最新のブレイン・マシン・インタフェースで操られており、運動のイメージだけで、その運動をトレースすることができる」
服部博士は一呼吸置いて話を続ける。
「したがって、ブーストもイメージだけで簡単に行うことができ、超高速の連続機動が可能だ」
慶次は、棺桶の方が気になったが、それは後でまた見せてもらえるだろう。真奈美の出動回数が少なくなった理由が忙しくなったからだとわかった慶次は、少しほっとしながら、父の話を聞いていた。
「また、この機体自体は、米軍との共同開発で、今回日本で開発したインタフェースは米軍にも供与する予定となっている。おそらく、近々に視察があるだろう」
慶次は、特に軍に反感はないが、日本人の高校生を米軍に協力させることは社会的に問題になる可能性がある。そのため慶次は、米軍でも自衛隊でもなく、警察に協力する形となっている。
また、機械人形が人間の形をしていること自体、兵器としての運用よりも、人と共に働き、人に寄り添うロボットを究極の理想としていることを表している。つまり機械人形は、究極の兵器を目指しているわけではない。このことについては、人間用の装備や、飛行機、戦闘車両などをロボットに操縦させることができるメリットから、米軍も賛同している。
「さらに機体のブーストもレベル12まで可能になっており、靴を工夫すれば、水上も走れるだろう」
慶次は『忍者ボーイ』というドミニクの野次が聞こえたような気がした。
慶次は、ドミニクやモニカとビデオチャットでよく連絡を取っており、気楽に話せる関係となっていた。
ドミニクは、『日本へ武者修行に出向く』と息巻いていたが、フランス軍との関係もありなかなか時間が取れないようだった。
モニカの方は、『またイタリアに来たら、昼ご飯ぐらいおごってあげてもいいわよ』と相変わらずだった。
服部博士の解説も終わり、機械人形も退場し、その後は棺桶の見学会となった。もちろん、操縦者だった助手は着替えた後だったが、相当の美人なので、親父がうつつを抜かすのも理解できた。
新型の棺桶は、頭の部分がヘルメット状になっている他は、見た目変わりがない。また、身体洗浄システムが内蔵されていて、粉まみれにならないらしい。服が汚れないようにいつも裸でトイレ掃除している慶次にとっては、何よりの朗報だった。
慶次が興味津々で見学していると、先ほどの美人助手が近づいてきた。
「慶次君ね。私は、お父さまの助手をしています、大橋芹菜です」
「いつも父がお世話になっています」
慶次は、この仕事を始めてからは大人に混じって話をすることも多く、こういう受け答えはお手の物になっていた。
芹菜は近くで見ると、まだ学生ではないかと思えるほど若かった。本当にまだ大学院の学生なのかもしれない。
「あら、これはご丁寧に。 あの方と違って、真面目なんですね」
「え? 親父は、仕事場でも不真面目なんですか?」
「なんというか、仕事に熱心で、態度が不真面目、って感じね」
「うーん、ダメダメですねぇ……」
わかっていたとは言え、頭脳は大人、態度は子供、といった風の慶次の父は、仕事場でもバカをやっているようだ。おかしそうに博士の話をする芹菜の目には、上司への敬意のようなものは感じられない。
「それで、来週の運用テストなんだけど、みんなでちょっと打ち合わせをしましょうか」
芹菜が慶次の背後に目を向けたので、慶次が振り返ると、真奈美と由香里がこちらへ歩いてくるところだった。