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10話  「近接格闘を訓練せよ!」(後編)

「休憩時間は、とらなくていいのか?」


 そんなものはいらないとか言うんだろうな、などと考えながら、慶次はドミニクに聞いてみる。しかし予想に反して、ドミニクは5分の休憩を申し出た。


 ――5分後、慶次とドミニクは相対していた。ドミニクは、慶次の方へすっと手を差し出す。


「投げ飛ばすのは、無しだぜ?」

「ああ、無論だ」


 慶次が手を差し出すと、ドミニクは、その手を取って引き寄せ、後方へ投げ飛ばした。慶次は、苦笑しながら、後方で一回転して立ち上がると、後ろ向きの慶次の首をめがけて飛んできたドミニクの剣撃を、体をやや傾けるだけの動作でかわす。


 そのまま背を向けている慶次に対して、ドミニクはカチンと来たのか、大きく上に振りかぶってその頭へ剣を振り下ろす。しかし、慶次は体をふわりと横へ翻すと、ドミニクの剣の柄を左手で押さえて体を回し、ドミニクに密着して、その首に右手を当てた。慶次の右手には、いつのまにか小刀が握られていた。


 その目にも止まらない攻防に会場は一瞬沈黙したが、慶次の圧勝であることに気がつくと、大喝采となった。

 一瞬で負けてしまったドミニクは、呆然としながらつぶやく。


「なんだそれは……。 忍術なのか?」

「これは日本の武術を機械人形用にアレンジした技だ」


「あら、おもしろそうじゃない。 私も混ぜてよ」

 いきなり、モニカが参戦してきた。たぶんその目は爛々と輝いていることだろう。


「いきなり二対一は、きついかしら? でもよくあるシチュエーションよね?」


 確かに戦闘では、複数の機械人形(パペット)に対応することが必要な場面も考えられ、そのための訓練も行われる。慶次もそのあたりは、日頃からよく考えていて、一人で練習を積み重ねていた。

 しかし、ヨーロッパで最強と言われるモニカと、打ち合えばかなり強いはずのドミニクとのコンビを相手にするのは、さすがに大変そうではある。


「OK。 いつでもいいよ」


 軽い調子の慶次の言葉を聞いて、たちまち戦意を復活させたドミニクは、秘密回線でなにやらモニカと打ち合わせる。打ち合わせが終わると、ドミニクとモニカは二人並んで慶次と向かい合い、揃って剣を抜く。


「あんたも抜きなさい」

「いや、真剣にやらせてもらうから、抜かないよ」


「まあいいわ。 じゃあいくわよ、ドミニク」

「切り刻んでくれる!」


 おだやかでないことを口走りながら、ドミニクは左から、モニカは右から慶次に斬りかかってきた。やはり、モニカの剣速は非常に早く、慶次は、これを避けるためにドミニクの方へ体を寄せる。


「その手はもう食わないぞ!」


 ドミニクはそのことを予測していた。そこで、剣を手前に引きながら小さく振って剣の先で慶次を切り裂こうとする。また、剣を手前に引くことで、柄を持たれて止められたさきほどの失敗を回避するつもりだった。

 しかしその動作が逆にモニカとの協調を乱すことになった。


 モニカは、ジャブのような高速の突きを二回入れた後、ドミニクの剣撃に合わせて、とどめの突きを入れるつもりだった。しかし、ドミニクがすばやく剣をさばいてしまったため、モニカが攻撃をするまでに、わずかな時間差を生じてしまった。


「ここだ!」

 慶次は、モニカの最後の突きが来るまでのわずかの間、モニカの方へ体を寄せてドミニクの剣先をかわし、モニカの突きが来る前にドミニクの方へ接近した。

 ドミニクは、接近した慶次に、ダンスを踊るかのように手を持たれて、くるりと体を入れ替えられる。

 モニカの突きだした剣は、盾にされたドミニクの背中にそのまま刺さって止まった。


「ぐっ……」

 ドミニクが思わずうめく。

 もちろん、ドミニクの機体には一切ダメージはない。しかし、本来なら背中から体内の制御機構を突き壊されて、動作を停止するはずだ。


 やられたドミニクは、横に移動してから、モニカの前に一歩進み出た慶次の背中をじっと見たが、負けた悔しさよりも、慶次の技術のすばらしさに対する驚きの方が勝ったようだった。すぐに数歩後ろに下がると、モニカとの戦いの成り行きを見守る体制に入った。


「同士討ちをさせるとは、なかなかやるわね、慶次」

「そういうモニカは、わざと止めずに突いたんじゃないの?」

「なんのことかしら? それより、私も本気で行くわよ!」


 モニカは、いつの間にか左手にも小さな剣を持っていた。その短剣は、柄の先で分かれて三つ叉になっている。


「ソードブレイカー、か……」


 フェンシングは、レイピアのような細剣だけを右手に持って戦う競技である。しかし本来は、左手にも盾の代わりの短剣を持って戦う。それが西洋剣術の一般的なスタイルだ。

 普通、左手には、両刃の短剣、レフトハンドダガーを装備する。しかし、相手の剣を破壊するための剣、ソードブレイカーを持つこともある。モニカはこのソードブレイカーを持っていた。


 モニカは、ソードブレイカーを顔の近くでやや斜めに構え、レイピアを慶次の方へまっすぐに向けて、その剣先をぴたりと止める。慶次は腕を下げたまま何の構えも取ろうとしない。

 モニカは、突然左右に散らしながら連続の突きを入れた。慶次はあとずさりしながらそれを避け、さっと前に踏み出す。モニカはそれに合わせてまっすぐに突きを入れた。


「面が隙だらけだぜ!」

 慶次は、その突きをいつの間にか左手に持っていた短刀で横へはねのけると、そのままモニカの顔面へ突き立てる。


 しかし、モニカはそれを待っていた。モニカは、突き出された慶次の短剣をソードブレイカーで器用に挟み込む。そしてくいっとひねられた特殊鋼製の慶次の短剣は、真ん中から真っ二つに折れてしまった。おそらく、超音波発生装置で構造を脆弱化して折ったのだろう。

 モニカはその隙に、慶次に弾かれたレイピアを戻し、慶次の頭を再び串刺しにしようとする。


 「はっ」

 慶次は一瞬早く、背中に背負っていたはずの剣を、背中からではなく左脇の下の方から右手で抜刀する。慶次が抜き放ったその剣刃は、モニカの右脇腹に当たる寸前でぴたりと止められた。

 あっという間の攻防で、観客には何が起こったがわからなかったが、そのまま止まっている二人の状況を見て、慶次の勝利を祝福する拍手がわき起こった。


 割れんばかりの拍手の中で、二人は剣を納め、互いに握手をした。


「短剣、折っちゃって、悪かったわね」

「今のは抜刀のトリックだから、次からは使えないなぁ」

「背中から上の方へしか抜けないものだと思い込んでいたわ」


 モニカは、負けたにもかかわらず、明るかった。多分、微笑んでいるのだろう。一方、ドミニクは、なにか魂が抜けたように立っていた。慶次とモニカからの握手には応じたが、全く気持ちが入っていなかった。

 

 しばらくの間、ドミニクは、忍者ボーイと小馬鹿にした慶次と、ヨーロッパの戦姫と呼ばれる憧れのモニカとを、それとわからないよう代わる代わる見つめていた。やがてドミニクの視線は慶次に止まり、そのまま考え込んでしまった。



 ――訓練が終了し、ログアウトして身なりを整えた慶次は、研究船『ユーロ・ウィズダム』の後部甲板に立っていた。ニース空軍基地で開かれる歓迎パーティに出席するためだ。迎えのヘリはまだ来なかったが、すぐに、モニカが出て来て、続いてドミニクがやってきた。

 ドミニクを見つけたモニカが声を掛ける。


「ドミニク。 さっきは、ぼうっとしてたけど、大丈夫?」

「慶次! あれはどうやって身につけたんだ?!」


 ドミニクは、モニカの問いかけには答えず、慶次の前まで大またで歩み寄って来る。タジタジとしながら答える慶次。


「小さい頃から道場で鍛えていたのが役に立ったのかな?」

「道場って、服部流古武道か!」


「そうだよ、なんで知ってんの?」

「さっき調べた! 他にも色々調べたさ!」


 ドミニクは、慶次にさらに肉薄すると、その手を両手でつかむ。


「頼む! 僕にも教えてくれ! いや、教えて下さい!」

「ああ、もし興味があるなら、うちの道場はいつでも門戸を開いてるよ」

「おお! そうなのか!!」


 ドミニクは、慶次の手を自分の胸の前に引き寄せると、喜びと感謝でウルウルした瞳を向けて言う。

 赤毛の短髪は、あまり手を入れていないのかボサボサだったが、小さな顔に不釣り合いなほど大きなドミニクの目は、色素が薄いためか鮮やかな緑色をしていた。


 ドミニクの美しい瞳に吸い寄せられそうになった慶次は、ハタと正気に返って、ドミニクにつかまれている手を振りほどこうとジタバタした。


「わかったから、離せよ! おれにそういう趣味はない!」


「あら、慶次。 どんな趣味をお持ちなのかしら?」

 ははん、と言いたげな顔のモニカ。


「いや、だから、このボーイズラブ的な展開はゴメンなんだよ!」

「ん? 僕のことかい?」

「そうだよ!!」

「いや、僕は女だけど?」

「へ?!!」


 慶次は、頭がクラクラした。あの挑戦的な態度、そして今のしおらしい態度。確かに中性的で美しい顔立ち。潤んだ瞳。

 慶次は、非常に混乱しながら、それでも手をふりほどこうと腕を動かした。


 ――ムニュ

 慶次は、その手にやわらかな感触を感じた。


「なんだ、慶次。 確認が直接的じゃないか」

「わわわっ!?」

「信用しないんなら、見せてあげようか?」

「おいおいおい!」

「あははは、冗談に決まってるじゃないか」


 あっけらかんと笑うドミニクは、慶次と同い年らしい少女の面影を残していた。

 笑うとかわいいんだ、と慶次は思った。

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