9話 「近接格闘を訓練せよ!」(前編)
「あら、ドミニク、お久しぶりね。 でも、共同演習は明日でしょ?」
「そうだよ、モニカ。 でも、君に早く会いたくてね」
ドミニクはそう言ってから、慶次の方へ振り返る。その目にはわずかな敵意が見える。
「君が日本の忍者ボーイ、慶次だね」
「確かにオレは、服部慶次だ」
小馬鹿にされたと感じた慶次は、同じく敵意のこもった目でやり返す。
「君も明日の演習には参加するそうだね?」
「ああ、そういうのは初めてだけど、参加するよ」
「じゃあ、近接格闘訓練では、ぜひお手合わせを願おうかな」
「よろこんで」
どういうわけかピリピリとした雰囲気にあきれ顔のモニカ。
「ドミニク、なめてかかったら、あっさり負けるわよ」
「なんだか、なめてかからなくても、僕が負けるような言いぐさだね、モニカ」
「慶次はきっと強いわよ」
「僕が負けるとでも? ヨーロッパでは、君にしか負けたことのないこの僕が?」
「まあ戦ってみればわかるわ」
ドミニクは、ますます敵意のこもった目で慶次を見つめると、また明日、と言い残して、大またで船内へと戻っていった。ドミニクもこの船から明日の訓練に参加するようだ。
慶次は、長いため息をつくと、モニカに尋ねる。
「しかし、あいつも日本語が上手だね?」
「ああ…… あれは私の影響、かな」
モニカは、ちょっと困ったような顔をする。
「ドミニクは、私に負けてから、色々とかまって来るようになって……。 それで、なんだかアニメやゲームが大好きな日本びいきになっちゃった、ってわけなのよ」
「なんだ、みんなオタ……」
「それ以上言ったら張り倒すわよ! ファンと言いなさい、ファンと!」
しかし、慶次は既に張り倒された後だった。欧米人に対して『オタク』は禁句であることを身をもって知った慶次であった。
慶次達は、任務の疲れをとりながら、船でそのまま共同演習地であるフランスのニースまで移動する予定となっていた。ニースでは、ドミニクが所属するフランス陸軍の精鋭、アルペン猟兵部隊と共同で簡単な山岳訓練をした後、旧型の機械人形も参加して、格闘訓練が行われる予定となっている。
結局、慶次は、日本側の技術スタッフや芽依子らと、動作テストやら食事やらで一緒に過ごし、あれからモニカともドミニクとも顔を合わすことはなかった。
彼らを乗せて研究船『ユーロ・ウィズダム』は、その夜のうちにニースの港に入った。
――次の日の昼まで、慶次らはバラバラで、山岳訓練に参加した後、ニース空軍基地内の訓練場に戻ってきた。訓練場では、まず、彼らの新型の機械人形が一体ずつ相手となり、フランス軍の旧型の機械人形五体との連携動作訓練などを行った。
旧型の機械人形は、生身の人間よりはるかに高速で強力だ。形も人型で見た目はあまり変わらない。それでも新型機の敵ではなかった。新型機の三人は、訓練なので相手にスキを見せつつ、あれこれ手抜きをしながら1時間ほど旧型機と訓練を繰り返した。
少し休憩をはさんで、いよいよ、本日のメインイベント、新型機同士の格闘訓練が始まる。国際的な模擬戦闘はめったに見られるものではないので、基地内の見学者で訓練場のまわりは黒山の人だかりだ。
テニスコートほどの広さの訓練場には、つやを消した黒色の装甲で全身を覆われた三体の新型機が向かい合っている。今回は格闘訓練なので、各機とも専用の剣を背中に差している。
「ドミニク、慶次と戦う前に、私にリベンジしてみる?」
「いいねぇ、モニカ」
慶次は場外へ下がる。ドミニクはモニカの前に立つと、ボクシングの試合を始めるときのように、手を差し出した。モニカも手を差し出すと、ドミニクは、その手を取って、いきなり引き寄せ、腕をひねって後方へ投げ飛ばした。ドミニクは投げ飛ばすまでの一連の動作をブーストしながら行った。
モニカは、気がついたら逆さまになっていたはずだが、逆さまになりながら片手を地面について、その手を中心に大きく開脚した足を振り回す。ドミニクは、加速したその蹴りを受けないように、初めから後ろに体を大きく反らせてその蹴りを避け、そのままバク転をしてモニカと正対した。突然始まった人間よりもはるかに早い一秒あまりの攻防に観客はどよめく。
モニカは、先端が鋭くとがったレイピアを背中から抜き、フェンシングのようなポーズを取る。その先端は機体を傷つけないよう、保護カバーが付いているが、カバーを外せばひと突きで装甲を貫けるのだろう。まさに、対パペット戦用の剣だ。
これに対してドミニクが抜いたツーハンデッドソードは、幅広の巨大なものだった。おそらく全力で叩き付ければ、装甲は無理でも、内部の機械部品を破壊する威力があるのだろう。これも対パペット戦には向いている剣だ。ドミニクは、この巨大な剣を斜め後ろに引いて半身に構える。
モニカは、ふらりと上体を揺らしたかと思うと、閃光のごとく連続して剣を前へ突き出す。そのブーストした三連撃の鋭い突きを、ドミニクは剣で受けることなく、体を斜めにしながら横へ移動してかわした。そして、その移動した勢いで剣を大きく横へ回しながら、遠心力を付けてモニカの胴体へ真っ二つに切りつける。
モニカはその動きを予測していて、背面跳びの要領で、足を上に蹴り上げて、なぎ払うドミニクの剣を背にすれすれでかわし、小さく空中で一回転すると、着地と同時に大きくドミニクの方へ踏み込んだ。
ドミニクは剣を大きく振り回したため、モニカに背を向けており、モニカの一撃はドミニクの背中に突き刺さるかに見えた。しかし、ドミニクは、手首を器用に返して剣をコンパクトに回す。そうして背面に戻されたドミニクの剣はモニカの剣先をはじき返し、金属のかち当たる高い音が響き渡った。
ブーストした機械人形同士の戦いでは、攻撃を見てから防御をしていては間に合わない。そのため次の手の読み合いとなる。操縦者は、ブーストする直前に行動をプログラムすることを繰り返しながら、断続的に機械人形を動かす。そんな現実の攻防と想像上の戦いとが入り交じる戦闘には、独特のセンスが必要になる。
――モニカとドミニクとは目にも止まらぬ早さで断続的に剣戟を繰り返し、擦れ合う剣で火花を散らして戦っていた。
そのさなか、モニカは不自然な動きでドミニクの右側からの攻撃を誘うと、突然剣を左手に持ち替えた。そして、身をかがめながらさっきまで剣を持っていた右手の甲でドミニクの剣を上方へ払いのける。それと同時に左手に持ち替えた剣を下方から突き出した。その剣は、ドミニクの喉元でぴたりと止まった。
モニカの勝利に、会場は歓声と拍手に包まれた。
「手で剣を弾くなんて、相変わらずモニカの攻撃は読めないな」
「ありがとう。 なかなか楽しめたわよ、ドミニク」
二人は歩み寄り、互いに固く握手をした。ドミニクは、くやしそうだったが、戦いの結果には満足したのか、堂々とした態度で、観戦していた慶次の方へ振り返った。
「じゃあ、次は、慶次とお手合わせを願おうか」