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*図りあぐねる

 町の中心部に戻る途中──

「!」

 バックミラーに映っている黒いセダンが、つかず離れずぴたりと後ろをついてきていた。

「面倒だな」

「え?」

 この時間が惜しい……ベリルはわざと車を路地裏に向けると、途端に後ろの車がアクセル全開で近づいてきた。

「おっ、おじさん!」

「喋ると舌を噛むぞ」

 発して、唇をペロリと舐めると攻撃を加えてくる車の衝撃をなるべく和らげるようにハンドルをきる。

「!」

 狭い路地を走り抜けた先は行き止まりだった。ベリルはブレーキ音を響かせて回転し、車の顔が相手の車に向けられて止まる。

 逃げ場がない事を確認したのか、セダンから降りてきたのは彼の予想通り暗いスーツ姿の男2人。その手には拳銃ハンドガンが握られていた。

 運転席に近づき銃口を突きつけてあごで示す。

「出ろ」

 表情も無く両手を軽く揚げて出てきた青年を、1人の男が壁に張り付けるように背中を押しつけた。

「その子をどうするつもりだ」

「黙ってろ」

 威圧的に発して青年の体を入念にチェックしていく。

「……」

 ベリルに銃口を向けている男は、青年から出てくる武器に目を丸くした。

 ヒップバックホルスターからハンドガンが2丁。ショルダーホルスターから1丁。そしてナイフが2本と15㎝ほどの針が数本……

「貴様、何者だ?」

 いぶかしげに問いかける男に、青年は視線だけを後ろに向け小さく笑う。

「ただの傭兵だ」

「! ……どうりで」

 アザムの腕を掴んでいる男が納得した。

「ああ、下は確認しなくていいのかね」

 そう言って自分の足下を示す。

「!」

 足首にも持っているのか? 男は少し驚いたように青年の足下に視線を移した。

 刹那──下から素早く男のアゴを何かが直撃をする。

「ぐあっ!?」

 男はアッパーを食らって後ろに倒れ込んだ。

「!? なっ!?」

 少年を捕まえている男が言葉を無くす。

 右手に巻き付けているものは……時計!? 腕時計をナックルダスター代わりにした青年に喉を詰まらせた。

 青年はエメラルドの瞳を細めニヤリと笑うとベルトのバックルを外し、金属音を響かせた。時計を手首に戻し、それを右手にはめる。

 バックルは、見るからに強力そうなナックルダスターに変形した。

「なっ!? な……」

「簡易式」

 薄笑いを浮かべ、突きつけられたハンドガンを持つ男の手を強く弾く。

「ぎっ……!?」

 痛みで目を閉じた瞬間、アゴに衝撃が走り脳が揺れた。

「ゴ……ア……」

 男は小さく呻き声をあげて、そのまま地面につっぷした。

「完了だ」

「……うそ」

 ポイとナックルダスターを投げ渡され、あまりにもの鮮やかな闘いに目を丸くする。

 気絶している男たちを縛り上げるベリルを見ていると……

「それ、泥棒なんじゃ」

「構わん」

 サイフから金を奪い取り、他を戻した。

「しけてるな」

 という捨て台詞と共に……基本的に現金を持ち歩くのはチップのためで、アメリカではカードでのやり取りが主流だ。

「……」

 わ、わからない。この人の考えがまったく解らない……少年はやや混乱気味にベリルを見つめた。

「さて」

 パンパンと両手をはたき、片膝をついて縛り上げた男に視線を合わせる。

「……」

 目を覚ました男たちは何か質問されると思い視線を泳がせるが、青年の爽やかな笑顔が返って恐ろしく思えた。

「社長はFBIに捕らえられた」

「!?」

 返ってきた言葉に呆然とする。

「我々を追うのは止めてもらえるかね」

「……っ」

 追う意味など無いという表情を示し、男はうなだれた。


 そうして再び車を走らせる。

「これ……どうやって折りたたむの?」

 彼に渡されたナックルダスターをどうやって仕舞うのか思案した。

「それはプロトタイプなのでね、一度組み立てると戻せないのだよ」

 バックルが武器として使われる事はよくある話だが、ナイフではなくナックルダスターに変形するとは発明した者の洒落っ気が利いているとでも言うのだろうか。

「試用してくれと渡させたものだが、まだ改良が必要だ」

 バックルとしても、という意味である。

 傭兵たちの武器や携帯スマートフォンを扱っている会社がいくつか存在していて、新しく開発した商品をこうして試用してもらい感想を聞く事がある。

「……」

 少年は車のカーナビに目をやった。

 このカーナビも、もしかして特別仕様なのかな? などと思考をめぐらせる。

 その時、ベリルが何かに気が付いてパンツのバックポケットをあさった。取り出すと、震えている携帯をカーナビに差し込む。

「何か用かね」

<ベリル。その子を渡してくれ>

 声の主はメイソンだ。

「!」

 アザムはビクリと体を強ばられた。

「それには従えん」

 ベリルは予想していた言葉らしく、冷静な声色で応えた。

<いい加減にしてくれ。君も事の重大性は認識しているだろう>

「認識しているからこそ従えないのだ」

<お互いの考えは異なるようだな>

 メイソンの口調がにわかに険しくなった。

 そして、反応の返ってこないベリルを待つつもりは無く別の言葉を発する。

<では、強硬手段を取らせてもらう>

「そう言うと思ったよ」

 切られた電話を仕舞い、怯えた表情の少年に柔らかな笑顔を見せた。

「彼らはお前の身の安全は保証してくれるだろう」

「! だったら、どうして?」

「それだけでは無いからだよ」

 何かを含んだ物言いに、少年は首をかしげた。

 しばらく走った車は大きな雑貨店の駐車場に駐まる。そうして、無言で店に向かうベリルのあとを少年は慌てて追いかけた。

「?」

 さっき色々と食べ物を買った処なのに? 少年は不思議そうにカートを手に、品物を見ながら歩くベリルの背中を見つめる。

「ゲーム機は持っているか」

「え? うん」

 それだけ聞くとまた歩き出す。

「?」

 缶詰やジュースや簡易トイレまであり、少年は首をかしげた。


 後部座席に詰めて駐車場をあとにする。

「何するの……?」

籠城ろうじょう

 少年の質問にニヤリと応えた。

「ろうじょう?」

「2日ほど身を潜める。FBIを相手にするのは厄介なのでね」

「?」

 2日……? どうして2日間なのだろうか。意味は解らなかったがアザムは彼を信用し始めていた。

 思えば殺人ウイルスが眠っている自分を何の躊躇も無く抱きつかせたり、変わらない態度を取る事が出来る人なんているだろうか?

 そりゃあ、ティーロさんはぼくを助けてくれて変わらずにいてくれていたけど……

「ああ、そういえば」

 ハンドルを切りながら何か思い出したように発する。

「あのティーロという男だが、会社の警備員だとか」

「うん」

 返答に小さく笑う。

「なるほど。見た顔だと思ったが、5年ほど前は傭兵をしていた者だ」

「! へえ……」

「向こうは私の事を知らないだろうがね。あの時、私は別の要請で現地にいたが、うむ彼はよく動いていた」

 懐かしさに目を細めた。

「……」

 まるで年下の人間に言うような口ぶりに、少年は眉をひそめた。少年の知っているティーロの年齢はどう見ても40過ぎだった。そんな相手を年下扱いするなんて、そんなに凄い人なの? この人は、なんだかおかしなことばかりだ……さすがに少し怪しんだ。

 車はおもむろに狭い路地裏に止まり、エンジンを切った。賑やかな町とは言い難い一帯は、どの音も遠くに響いている。

 すでに昼をとうに過ぎ、薄暗い路地は肌寒さを感じた。ベリルは買ってきたランタンを灯し、少年に毛布を差し出す。

「夜は冷える」

「ありがと……」

 少年に笑みを返し、シートの背もたれを下げて頭の後ろで両腕を組んで目を閉じた。

「おじさん」

「なんだ」

「おじさんは、これで何かもらえるの?」

 もっともな質問である。

 誰が彼に報酬を払うのか……その相手がまったく見えない。なのに、自分を助けてくれている。

「あ~」

 ベリルは声を上げニヤリと笑んだ。

「ティーロがいるだろう」

「! ああ、そか……」

「もう1人の協力者にも頂けるだろうがね」

「……もう1人?」

「お前を逃がしたのはティーロだけではないよ。最低でもあと1人いなくては成功しなかったろう」

 いぶかしげな少年を一瞥した。

「!」

 その言葉に少年はレイを思い浮かべ、しかしすぐ頭を振った。

「レイさんが……ううん、そんなワケない」

「どうしてそうだと言える」

 問いかけたベリルをギロリと睨み付けるその目は、不信感に満たされていた。ベリルは小さく溜息を吐いて、少年から視線を外し静かに口を開く。

「FBIからの連絡でねレベル4の部屋に男性が1人、閉じこめられていたそうだ」

「レベル4?」

「危険なウイルスなどを扱う部屋だよ」

 上半身を起こし、緩やかな笑顔を向けて続ける。

「オニキスに隠されていたメモと、その連絡でお前の事を思い遣った人間の仕業だと考える」

 お前を逃がした事で捕まり、新たな実験体として閉じこめられていたのだろう。

「……」

 それを聞いた少年は、強く瞼を閉じて涙を流した。

「ボクのために……?」

 ベリルは少年の頭を軽く2回叩くと、再び背もたれに体を預けて目を閉じた。

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