*愕然とした日
元々のウイルスはそれほどの感染力は無い。しかし、これは兵器としていじってあるものだ、同程度の感染力とは思えない。
「よくここまでの改良を施したと褒めてやりたいが……」
ベリルの瞳が暗闇で輝いた。携帯を手にして、どこかにかけ始める。
翌朝──
「ん~」
「おはよう」
伸びをしながら起き上がった少年に声をかけ、出かける支度を続ける。そうして身支度を終え、車に乗り込んだ。
「?」
少年は目的地を教えられておらず、ひたすら走り続けている助手席で小首をかしげた。
ピックアップトラックは郊外のさらに外へ──徐々に並んでた家屋は数を減らし、閑散とした風景が広がってきた。
「!」
そうして、少年の視界に寂れたセルフのガソリンスタンドが現れる。
「なん、で……?」
あれは……あの人影は……栗色の瞳に映し出された数人の人影に体を強ばらせた。
「何が『素晴らしき傭兵』だよ。みんな嘘っぱちじゃないか!」
さして大きくもない駐車場に止まると、少年は目を潤ませてベリルを睨み付けた。
それを無表情に一瞥し、車から降りて助手席のドアを開き体を震わせているアザムの腕を乱暴に掴んで強引に降ろす。
嫌がる少年を引きずるように連れて行き、待っていた男たちの前で立ち止まった。
そこにいたのは、中東を思わせる顔立ちをした5人の男──その手にライフルを持っている。
[……ベリルだな]
[約束の子どもだ]
昨夜、電話をかけていた相手は情報屋のモニカだ。組織の目星を付けていた彼は、彼女に組織との仲介役の連絡先を調べるように要請した。
髭を蓄えた、この中ではリーダー格らしき男はアザムを一瞥しドサッと布の袋をベリルの足下に投げた。
あまり綺麗とは言えないブラウンの革袋をベリルはしばらく見つめる。
[まさかあんたから連絡してくるとはね]
40代のその男は、意外な顔を向けて口を開いた。
[たまには楽もしてみたいのさ]
口の端をつり上げる。
[処で……]
そのまま布の袋を掴み揚げるのかと思いきや、ベリルは思いついたように男に目をやると問いかけた。
[この子の中に眠るウイルスは抗体も同時に運ぶための上手い方法だが、抗体はまだお前たちの手には無いという事だな]
[それがどうした]
何かを含んだ物言いに、男はぴくりと片眉を上げる。
ベリルは向かい合っている男にニヤリと笑みを浮かべると、すかさず腰から銃を取りだし右にいる男に一発、発砲した。
[うがっ!?]
弾丸は見事に男の左太ももに命中し、貫通してコンクリートの地面に弾かれる。
[きさま!?]
男たちは驚いてライフルを向けた。
「アザム! 首に」
「えっ!? あっ……」
少年は言われた通りに彼の首にしがみつく。
[!?]
その途端──男たちは体を強ばらせ、顔を引きつらせた。
たったいま、ベリルに「抗体を打っていない」という事を確認されたばかりだ。
もし、このまま引鉄を引いて子どもに当たったら……彼らはどんなウイルスなのか詳細を把握していない。
ベリルはその様子に、口の端を吊り上げて戸惑う男たちに引鉄を絞る。
[ひっ……退け!]
2人は足に当たって倒れ込んだが、残りはなんとか車に乗り込み逃げられてしまった。
「まあ仕方ない」
子どもを抱えたままの攻撃はさすがに照準が甘くなる。
2人残れば収穫だ。アザムを離し、倒れ込んでいるリーダー格の男の前まで来るとしゃがみ込む。
[……くっ]
撃たれた足を押え、苦い顔をベリルに向けた。
[これが狙いだったのか]
目の前で薄笑いを浮かべている青年を睨み付けた。
[追われていてはゆっくり考える時間も無いのでね]
その言葉に鼻で笑う。
[フン。俺が捕まっても同士たちが……]
[尋問するのは私ではない]
すかさず応えたあと、近づくエンジン音に視線を向ける。
ゆっくり止まる黒塗りの車から出てきたのは、暗いスーツを着た数人の体格の良い男たち。
「協力、感謝する」
ベリルに近付き無表情な視線を降ろす。それに小さく笑みを浮かべてアザムに車に乗るように促した。
「その子は置いていってもらおう」
「断る」
口を引き結んでいた男が発すると少し睨みを利かせた。
「……っ」
力ずくを示そうとした2人の男を1人が制止する。その表情は明らかにベリルを警戒していた。
「賢明な判断だ」
笑みを返し、運転席に乗り込むと走り去る。
「どうして止めたんです」
「敵う相手じゃない」
「あの噂は本当なんですか?」
口々に発する彼らの顔は皆、一様に何か別の物を見るような目で小さくなる車を見送った。
「ごめんなさい」
「ん?」
視線を落とし少年はつぶやいた。
「ボク、てっきり……」
「言わなかった私が悪い。盾にもしたしね」
「そんなこと……!」
言わなかったのは芝居だとバレるのを避けるためだ、それくらい少年にも解る。確かに騙した事には違いないが、それが必然だった。
「……」
この人は何者なんだろう……少年は改めて彼の横顔を見つめた。
危険な組織の方はこれでどうにかなった訳だが……ベリルは車を街に向けながら、これから先の事を思案していた。
会社からの追手が無いとは言い切れない。向こうは向こうでウルイスを取り返す事を命令しているだろう。
「さて、どうしたものか」
つぶやいてまた沈黙した。
FBIが社長を拘束した連絡は受けたが、社長の命令を受けている者たちがそれを知っているとは思えない。
社長と連絡が取れない事に疑問を感じてはいるかもしれない。しかし命令は実行しようとするだろう。
ウイルスが眠っている期間とされるのはあと8日ほど……
「……」
ベリルの表情が苦くなる。
それが本当なのか誰にも解らない。出来るだけ早急に事を進めたいのだが……喉の奥で小さく舌打ちをした。
街に入ると、食料品店でいくつか買い物を済ませる。
アザムは車の中から駐車場にいるベリルを一瞥しジュースを一気に飲み干した。どこにかけているのかは解らないが、深刻な内容ではないらしい。
しばらくすると通話が終わったのか、携帯を閉じて車に乗り込んだ。
「病院?」
カーナビの電源を入れて検索した画面に少年は怪訝な表情を浮かべた。
「このままという訳にもいかんのでね」
大学病院までの道を検索し、それをしばらくじっと眺める。
「ふむ」
納得したようにつぶやくと、エンジンかけて車を動かした。
「開けてくれ」
サンドウィッチの包みを渡すと、少年は素直にガサガサと開けて一つを手渡す。
「残りは食べて良い」
受け取りながら発して駐車場をあとにした。





