*表と裏
町の一角──路肩に車を駐め、外に出たメイソンは携帯で誰かと話をしている。
<少年を保護しているのは、ベリルという人物なんだな?>
電話の主は上司だろう、少し慌てたような声色だ。
「そう名乗りました」
珍しい上司の態度にいぶかしく思いながら、そのあとの言葉に聞き入る。
「──! なんですって!? まさかっ!」
ハスキーな声で語られたベリルの正体にメイソンはそれ以上の言葉が出なかった。
<少年が彼に保護されているのは幸運でもあるが、厄介な問題でもある。ひとまず、お前たちはジェイコブの元に行け>
「はい」
国家機密として開発されていた細菌兵器──ベリルからの情報で『J・バイオ・ケミカル・コーポレーション』社長、ジェイコブがテロリストたちにウイルスを売り渡そうとした事を知ったFBIは急遽、会社に2人を向かわせた。
その事を問い詰めると共に、最悪は……
メイソンとトーマスは無言でジェイコブの元へ車を走らせる。
J・バイオ・ケミカル・コーポレーション──その地下。
「よくもやってくれたな、レイ」
白髪交じりの髪、恰幅の良い50代ほどの男は、ガラス張りの部屋に閉じこめられている青年に発した。
「……」
黒い髪、黒い瞳の青年は無表情にその男を見つめる。
「社長。こんなことはしてはいけなかったのです……子どもの命を道具のように使うなど」
「何を言う。お前も大金が入ると笑っていたじゃないか」
レイと呼ばれた青年は、自分のしようとした事に激しく後悔するように肩を落とす。
「ええ……それは大きな間違いでした。国を裏切り、何の罪もない子どもの命まで道具のように扱った自分が恥ずかしい」
長めの髪が今の心情を示すように乱雑に肩にかかる。
会社の役員であり医師免許を持つ彼は、社長の命令通りにウイルスとその抗体を少年に打った。
そのウイルスをテロリストに渡し、大金を得るために──しかし、少年と触れあう内にそれは大きな間違いである事に気が付く。
アザムを助けるために、彼は己の身を投げ打つ決意を固めた。そして、元傭兵であった警備員のティーロに全てを打ち明け、彼に少年を託したのだ。
どうやらティーロは受け渡しの阻止に成功したようだが、その後の事は捕まってしまったため解らない。
そんなやり取りをしていたとき──
「!」
おもむろに部屋の扉が開いて、2人は目を向ける。入ってきたのは、ばつの悪そうにしている白衣を着た社員と2人の男。
「どなたかな?」
威圧感漂う暗いスーツの男たちに少し驚いたが、あくまで冷静に応える。
「……」
2人の男は、ガラス張りの部屋にいる青年を一瞥した。
「ああ、彼はちょっと……」
濁しながらの言葉に関心を示す風でもなく細身の男が無言でバッヂを見せ、ようやくジェイコブは明らかな動揺を見せた。
「いけませんね。国を裏切るようなことをしちゃあ」
やんわりした言葉だが、厳しい口調に壮年の手足が微かに震える。
「詳しく、お聞かせ願えませんか」
威圧的なメイソンの声がジェイコブの耳にこだました。
本来、彼の会社はレベル3までの細菌などを扱う。レベルには1から4まであり、レベル3は『個体に対する高い危険度、地域社会に対する低危険度』を意味する。
国は彼の会社に白羽の矢を射て、秘密裏にレベル4の部屋を造り細菌兵器の開発を要請した。
厳正に選んだつもりだったが、国が思っていたよりもジェイコブは野心家だったらしい。
レイは、部屋の外にうながされるジェイコブの姿を見つめて小さく溜息を吐き出した。
「ありがとう」
少し慌てながら扉の鍵を開ける白衣の男に応える。
「い、いえ」
伏し目がちな視線と、おどおどした態度はいかにも気弱な研究者らしい。白衣の男に手で応え、青年はFBIの2人とジェイコブの後を追った。
とにかくアザムを無事に保護しないと! そう思って足早に歩く。
しかし──FBIに保護されたあと、アザムはどうなる……? それを考えると足は自然と止まった。
国に還されるのだろうか? そしたらあの子はどうなる。
「……っ」
だからといって、自分に何が出来るというのだ……レイは奥歯を噛みしめながら再び足を進める。
少年は今どこにいるのか、アザムとその周辺にいる人々の安全が最優先だ。10日は安心だとしても、やはり一刻も早く見つけ出して対処しなくてはならない。
もし怪我をして、その血が誰かの体に付着したらと考えると青ざめる。今はその危険もあるのだったと今更に気付いた。
どうかしていた、あの時は死ぬ人間の事などどうても良かった。しかし今は違う、激しい後悔がレイの胸を満たしていた。
「あのっ……」
追いついて話を切り出す。
「私からも話を聞いてください」
「君は?」
「私はここの社員でレイと申します」
自己紹介をして説明を始めた。
「それであのっ」
一通り話して、はやる気持ちを抑え本題を切り出す。
「アザムは今どこに」
「心配ない。我々が把握している」
彼の戸惑う口調とは裏腹に、メイソンの返しは冷静だった。
「それは……どういう?」
「子どものことよりも、自分たちの心配が先だと思いますが?」
聞き返した青年に目を向けて、おだやかだが凍り付くような言葉を言い放った。
「ひっ」
ジェイコブがレイの後ろで顔をひきつらせた。





