*それぞれの先
アザムはリビングに入り、相変わらずソファでブランデーを傾けているベリルに苦笑いを浮かべる。
「こいつが迷惑をかけて本当にすまん」
ロメオは息子を隣に立たせて頭を押さえた。
「ご、ごめんなさい」
そんな2人にグラスを小さく掲げ、しれっと応える。
「大事なければ良い」
「それと……」
男は言い出しにくそうに声を詰まらせた。
「しばらく、フリーにさせてもらえないだろうか」
「! 何かあったか」
「実は……妻が病気で看病したいんだ。契約は破棄して、仲介のあった時だけの支払いに戻して欲しい」
ベリルの瞳が少し曇る。
「そうか。奥方の病状は」
「投薬治療を続けて、最終的には手術になると思う……」
苦い表情を浮かべるロメオから視線を外し、しばらく沈黙したあとグラスをテーブルに戻してゆっくり立ち上がった。
「良いだろう。契約は破棄せず保留という形を取る。料金はひと月プラス500ドルだ」
「!? そ、それは有り難いが……しかしっ」
「私の知り合いに良い医者がいる。良ければ紹介しよう」
「……っベリル」
男は何も言えず、顔を伏せて肩を震わせた。その様子を見やり、アザムは口を開く。
「あのっ、ベリル……」
「なんだ」
トゲのない物言いで発した。
「僕も相談したいことがあるんだ」
「!」
レイは少し驚いて瞳に憂いを含ませた。やはり自分に相談はしてくれないのか……
「ホントは先にレイに言おうと思ったんだけど、2人がいる時に言いたいから」
アザムの言葉に、レイは伏せていた瞳を上げて再び驚く。その感情を見抜かれたのか、ベリルの瞳がこちらを一瞥してニヤリと笑ったように見えた。
アザムはベリルとレイが腰掛けるソファの向かいに座り一度、深呼吸すると語り始める。
「僕は、里親の人が製薬会社の人だったから医者になりたいって思った。レイと仲良くなれて、もっと医者になりたいって考えた」
言葉を切ってレイを一瞥する。
「でも、利用されるために連れて来られてベリルに助けられて……傭兵になりたいって思った」
「……」
レイは少年を見つめた。その想いに気がつかなかった訳じゃない……部屋に入って掃除をしていたとき、引き出しを開けた事があった。
そこに入っていたものを見て、彼が何になりたいのかすぐに察しが付いた。いつかベリルに相談してみようとは考えていたのだ。
「でも今日、解ったんだ。僕がやりたいコトは医者でも傭兵でもなかった。ベリルと一緒に戦って、救える命のために頑張ろうって思ったけど。僕には向かない」
苦笑いを浮かべて顔を伏せる。数秒して、息を吸い込み顔を上げた。
「ロメオさんは裏からベリルを支えてくれてる人なんだ」
それが解ってるから、ベリルも1人で決して突っ走らない。
「僕も、彼のようにあなたを支えたい」
誰かの力になりたいという気持ちは変わらない、その方法はいくらでもあるんだ。僕には僕のやり方を探して……そうして見つけた。
揺るがない決意なのだと示すように、彼のエメラルドの瞳をじっと見据えた。
「お前はどう思う」
確認するように一度、瞼を閉じて父であるレイに目を向ける。
「! 私は……」
少年と青年を交互に一瞥し、目を吊り上げた。
「アザムが進みたいと思う道を応援してあげたいと思います」
「レイ……」
その言葉にアザムは笑みを浮かべる。
「そうか」
仕方がないというように小さく溜息を吐き、ベリルはいつになく真面目な表情を浮かべた。
「ロメオがレイの病院に通う間、学ぶと良い」
「えっ!?」
レイは目を丸くした。
「紹介するのはお前だ」
「私ですか!?」
「それは有り難い」
「え、いや……ちょっと待ってくださいよ」
いきなりそんな事を言われても──!
「何か不服か」
腕を組んでレイに向き直る。
「不服とかそういうんじゃなくて!」
「では何だ」
「……」
ここまで言われると何も言えなくなる。
「言いたい事があるなら言え」
「……何もありません」
「それで良い」
しれっと言い放つと、アザムがプッと吹き出した。
「ベリルのそういうトコ好きだよ」
笑いが止まらず肩を震わせる。
「か、彼はいつも人が悪い……」
言い負かされた形になったレイが言葉を詰まらせた。
「む、では良い人になれるように心がけよう」
「そういう意味で言ったんじゃ……!」
「解っとる」
「ぐっ……」
「あっはっはっはっ」
「ア、アザム!」
その様子を見ていた少年も、語気を強くして発する。
「なあ父ちゃん、オレ医者になりたい」
「ん? おお、そうか」
自然とみんなの視線がレイに向かった。
「……」
レイは嫌な予感に冷や汗を流す。
「クックッ……私もそれには協力しよう」
「それは良かった」
助かったと胸をなで下ろした。
「今日は泊まっていけるの?」
「それで良いなら」
そうして、それぞれの道を歩み出す──彼はそれを見守り続けていくのだろう。
受け継がれていくものはその意志。強い意志は彼の手を離れ、広がっていくのかもしれない。





