*それは美しき傭兵
こうしていても仕方がない。再び車を走らせようとサイドブレーキに手をかける。
「!?」
しかし──ベリル側の開かれていた窓から彼のこめかみに銃口を突きつけている人影が少年の視界に映る。
驚く少年をよそに、銃口を突きつけられている本人は無表情で目だけを向けていた。銃身には円筒形の物体が取り付けられている、消音器か。
「降りろ」
男が発した英語には独特のなまりがあるようだ。
ベリルは手を挙げてゆっくり車から降り、少年も同じように車から降ろされる。
顔を布で覆った男が2人……1人はアザムの腕を掴んで引き寄せ、1人はベリルに銃口を突きつけたままだ。
元々は英語圏の人間ではない事がその動きからも見て取れた。アザムを確保している男の目が、ベリルに銃を突きつけている男に合図する。
男の拳銃の引鉄が絞られていく──ベリルはすかさず右で銃を弾き、そのままの流れで足払いをかました。
「うっ!?」
その勢いに乗って倒れ込んだ男の腹にエルボーをお見舞いする。
「ぐえっ!?」
叫び声をあげてその痛みに悶絶している男を少年は呆然と見つめた。
「うっ……えっ?」
驚いて銃口をベリルに向ける。
「!? ……く、くそっ」
「わっ!?」
まるで、猫科の獣のような瞳と動きに思わず少年を突き放して男は逃げていった。
「ふむ、随分とあっけないものだな」
立ち上がって、拍子抜けしたように頭をポリポリとかく。
「さてと」
気を取り直すように発し、地面に伸びている男に手錠をかけて胸ぐらを掴み少し揺する。
「ハッ!?」
「お目覚めか」
ニッコリと浮かべられた笑顔に男は自分の置かれている状況が一瞬、把握出来ず戸惑った。
「少々、聞きたい事がある」
その言葉を口にした途端、男は目をそらして「何も喋らないぞ」という意思を示した。彼はそんな態度にもひるまずに、少し顔を近づけて口角を上げる。
「中東の人間だな」
「!」
「動きとしゃべり方で解る。私に嘘は通用しない」
「……」
静かに見つめる眼差しに、男は一瞬ゾクリとした。
「この子に何をした」
「しっ、知らない」
視線を逸らすが、見つめられている事に体が震える。
「殺人ウイルスと聞いたが」
「!」
驚きの表情を見せてすぐに平静を装った。
「ふむ」
少し思案する仕草をして、再び男に目を向けるその表情は何故か笑顔だ。
「……」
妙な威圧感と恐怖が、男の背筋を冷たくさせる。
「答えてもらえるまで同行願おうか」
「い゛っ!?」
青年の言葉に顔面を引きつらせた。
「行こう」
薄笑いを浮かべて男の首根っこを掴み車に向かう。
「ちょっ……!? あのっ、まっ……待ってくれ!」
途端に男の口がべらべらとまくし立て始めた。
「おっ俺は、そのガキを引き取りに行けって命令されただけだ! そしたら引き渡しの時に、男が横からガキを連れ去りやがって……っ」
「ほう」
この街でウイルスを扱える企業といえば……男から視線を外して考え込む。
「よし解った」
「へ……?」
勝手に納得して男に再度、笑顔を見せる。
「そのウイルス。ニューヨークにでもばらまくつもりでいたか?」
「!?」
こいつはこの短時間でどこまで理解したんだ!? 男は驚愕し、見下ろすエメラルドの瞳に恐怖を覚えた。
「乗れ」
「え……あ」
男をそのままにして少年を車に促す。
「……」
少年はベリルをじっと見つめた。
素晴らしき傭兵……? ボクを助けてくれた人が言ってたけど、これがそういう意味なの? この人に頼めば安心だからって、本当に? 少年の頭の中は疑問で一杯だった。
「このままスムーズに行けそうに無いな」
「え?」
ぼそりと発した言葉に聞き返しドアミラーを見やると、明らかに追ってくる一台のセダンが映っていた。
しかし、その気配にベリルは眉をひそめた。
「?」
敵意は感じない……?
「!?」
少年は車を止めた彼に驚き、頭を後ろに向けると背後にある窓から見えた車も静かに停車した。
ベリルが少年に中にいるように手で示し外に出ると、相手の車からスーツを着た2人の男も姿を現す。
「FBIだ」
2人の男は、ピックアップトラックに背を預けている青年に近寄りバッヂを見せながら軽く睨みを利かせた。
「用件は?」
「あなたが連れている少年。渡してもらえないだろうか」
青年が無表情に問いかけると、右にいる口を引き結んでいた大柄の男が丁寧に応えた。
「理由が聞きたい」
「……」
青年の問いかけに一瞬、沈黙して鋭い視線を向ける。
「知っていて訊くのか」
左にいる細身の男が厳しい口調で発した。
この青年が何者かは解らないが、戦いに身を置いている者だという事は、その動きと服の上からでも解る体格で察しが付いた。
自分を警戒しているのがよく見て取れて、青年は薄く笑う。
「ベリルだ。傭兵をしている」
「! ああ……それで」
2人の男は納得したような表情を浮かべた。
「それで、その少年を……」
「断る」
細身の男が言い切らないうちにすっぱりと応えて緊張が走る──
「あの子を守るのが私への依頼だ。依頼を放棄する気は無い」
「傭兵が護衛まがいのことを……っ」
身を乗り出した大柄の男を細身の男が手で制止した。
「その依頼、誰が?」
「さて、名前までは聞いてなかったな」
しれっと答える。
「それだけ、せっぱ詰まった状況でのやりとりだということ……理解したうえでの発言か?」
探るような眼差しで青年を見つめると、青年はその瞳に軽くニコリと笑みを返した。
「……」
落ち着き払った青年に細身の男は毒気を抜かれたように溜息を吐き出す。
車に背を預け腕を組んで薄笑いを浮かべているのは、それだけ場数を踏んでいるということか……細身の男はそう感じて右手を差し出した。
「失礼した。私はメイソン。こっちはトーマス」
ベリルはそれに応えるように差し出された手を握る。
「情報交換といきましょう」
やんわりした物言いだが、威圧的な部分は隠していない。
「提供できる情報は大して持ち合わせていないが」
「では先に私の方から」
彼の言葉をスルーして口を開く。
「まず第一に、彼が抱えているのは確かに危険なウイルスだ。傭兵が扱えるシロモノじゃない」
「これでも生物学や微生物学にはある程度の知識があるよ」
「!?」
メイソンは驚きつづもさらに続けた。
「次に、このウイルスは開発されたもので感染すれば確実に死ぬ」
「彼には抗体も眠っているのだろう?」
「!?」
驚く2人に、今度はベリルが口を開いた。
「私なら取り出す事も可能だ」
他の人間よりも安全で確実にね……目を据わらせて言い放つ。
「……」
この自信はどこから来るんだ? メイソンは半ば呆れて青年を見やった。





