*しなやかな閃光
朝──こげたパンと目玉焼きに眉をひそめるサムをスルーし2人は朝食をいただく。
「文句言うなってか……解ったよ」
席につき仕方なく食べ始めるが、苦みが口の中に広がってとても渋い顔をした。
「よくこんなの毎日食べられるよね……」
「毎日不味い訳じゃないよ。昨日と今日はたまたま美味しく出来なかっただけで……」
さすがに僕だって、毎日不味かったら抗議の一つもする。
「今日は難しい患者さんが来るから帰れないかもしれない」
「解った」
食べ終わってレイを見送り、自分の部屋に上がっていくその後ろをサムがくっついてきた。
デスクに腰掛け読みかけの本を手に取ると、少年はそれを見て暇そうにベッドに体を投げる。相手をしてくれないアザムの背中を、ふてくされて睨み付けた。
「なあ、あの本見せてよ」
「あの本? ああ……」
引き出しからミリタリー雑誌を取ってベッドに投げる。
「あの銃さ、ホンモノなんだろ?」
「弾薬は入ってないよ」
「なんでさ」
訊かれて声を詰まらせた。
「さあ、なんでかな」
傭兵になりたと思うのに弾薬を詰められない。それが何故なのかは、アザムも考えてみたが解らない。
「ねえ、お菓子とか無いの?」
「! そういえば無いね」
「ええ~?」
「じゃあ買いに行こうか」
立ち上がってサイフを手にし階下に降りる。
玄関の鍵を閉め雑貨屋に向かった。まだ朝の清々しさが残されている町は、ピンと張り詰めた空気を微かに頬に伝える。
ここはアメリカの田舎町だ、人通りも少なく住宅もさして多くない。
目的の雑貨屋を目の前に、その駐車場に足を踏み入れた──
「!」
すると、どこからともなく男たちが姿を現しアザムとサムに向かってくるのが見えた。危険な予感がして、アザムは少年を後ろに隠すように立ち止まる。
相手は5人……どう考えても勝てる数じゃない、こちらに向かってくる表情からして攻撃的だ。
あと数メートル──覚悟を決めたアザムの横目に捉えた影が、素早く彼の前に立ちはだかった。
「!」
驚くアザムと同様に、男たちも驚いて動きを止める。
「……っ」
アザムは見覚えのある背中と、揺れる短い金の髪に言葉を無くした。
ソフトデニムのジーンズに黒い前開きのシャツ、背中を見ても小柄で細身だという事が解る。
「なんだお前は、邪魔だ」
「生憎お前たちのしようとする事には許容しかねる」
青年の言葉に、自分たちの事を知っているのだと睨みを利かせた。
「後ろへ」
振り向かずにかけられた声に、アザムは少年と共に後ずさる。
「だれ? あの人」
アザムは少年の問いかけが聞こえないのか、現れた青年の背中をじっと見つめた。まるで、彼の動きを一片も見逃すまいとしているように……
どこかから響いたブレーキ音が合図のごとく、1人の男が青年に殴りかかる。
それを背中側でかわしながら、腰の後ろに収めていたナイフを取り出し男の右肩の関節あたりに突き立てた。
「ぐおっ!?」
そのまましゃがみ込み、叫ぶ男にさらに足払いをかまして倒れた処を左足首に再び刃を突き立てる。
「!? キサマ!」
別の男が、青年に覆い被さるように両手を広げて掴みかかってきた。それに対処するため体をくるりと向けた青年の瞳に、サムは息を呑んだ。
エメラルドグリーンの双眸は印象的に輝き、端正な顔立ちに表情はまるで見えない。
その顔はまさしく──
「ベリル……?」
自分が思い描いていたような快活な動きとは違い、なめらかで優雅にそれでいて鋭く突き刺さるような視線にゾクリとした。
豹やピューマを見ている気分にかられ、無意識に体が震える。
青年は掴みかかろうとする男の手を左脇からすり抜け、その脇腹に肘を打つ。
「ぎゃっ!?」
男は与えられた激しい痛みに脇腹を押さえた。
それを一瞥し、背中合わせの状態からくるりと回り反対の脇腹にナイフを沈ませる。
「こっ、このっ!」
あまりの見事な動きについていけず、男たちは慌てている。一斉に攻撃しようにも、青年の動きが読めず合図すらかけられない。
1人の男が舌打ちして懐に手を突っ込んだ。
「……っ」
青年はすかさずその男に音もなく近寄り、懐に入れた手を掴む。
「!?」
驚いて引きはがそうと大きく振ると、その手には拳銃が握られていた。
「くっ……」
男はそれでも無理矢理、青年に銃口を向けようと力を込めるが、いとも簡単に腕が動いて戸惑うその耳に地面から響くガシャン……という金属音。
「?」
持っているハンドガンが妙に軽い。
怪訝に思った男の視界に捉えた黒いものは、手に持っている銃の弾倉だ。
「なっ!?」
あの一瞬でマガジンを抜いたというのか──!?
驚いている暇はない、ならばこの銃で殴りつけてやると未だ掴まれている手をふりほどくため力一杯振った。
「!?」
ついてくると思った手はそこになく、パッと手を離されてバランスを崩す。そのままローキックを食らわされ、ガクンと膝が折れた。
「ぐあっ!?」
青年のナイフが銀色の光を走らせ、男の左肩にその刃を落とした。
3人を倒した頃には、残った男2人の手に武器がしっかりと握られ構えられていた。1人はハンドガンを、1人はナイフをそれぞれに突きつけている。
「クク……」
青年は喉の奥から絞り出したような笑みをこぼし、躊躇することなく駆け寄る。
「!」
銃口を向けていた男が引鉄を引いた──しかし、それは虚しくコンクリートの地面に当たるだけでかすりもしない。
近距離であればあるほど、放たれる方向は解りやすい。3発も撃つ頃には、男の目の前まで迫っていた。
逆手に持ったナイフが、銃を構えている男の手に滑りその痛みで銃を落とす。そのまま動きを止めず、くるりと回り太ももに突き刺した。
「てめぇ!」
最後の男がナイフを構えて突進しナイフを突き出す。
しかし、ナイフは虚しく青年の横をかすめた。その刃を一瞥した青年が口の端を吊り上げると、男は言いしれぬ恐怖に冷や汗を垂らす。
自分たちよりも小柄な青年に手も足も出ない。1人残った男は、自分が勝てるとは到底、思えず腰が引けている。
こちらが攻撃をしかければ必ず反応する……男は肩で息をしていた。
「……」
ああ、ベリルだ……アザムは青年の姿に目を細める。
自分を守るために闘った光景は、今でも心に強く刻みつけられている。誰よりも強く美しく、その眼差しは鋭く全てを射抜くようだった。
どこかしら幻想的に映し出される目前の闘い──
「う、うわあー!」
ベリルは、逃げずにナイフを突きだしてきた男を賞賛するように笑みを浮かべると、突き出された手首を掴まず男の肘に手を伸ばす。
ある一点を指で強く押した──
「!? いてぇっ!?」
男は思わず声を上げナイフを落とす。
一瞬、何が起ったのか理解出来なかったアザムだが、肘にある痛点を刺激したのだとすぐに気づいた。
青年は落としたナイフを蹴飛ばし、自分のナイフを突きつける。
「どうする」
「ひっ」
無表情に問いかける青年に引き気味に小さく叫び、男たちは駐めてあったトラックに慌てて乗り込むと走り去っていった。
「……ベリル」
名を呼ばれた青年は、振り向いてニコリと笑いかけた。





