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*微妙な関係

「もうすぐレイが帰ってくるから、それまでリビングにいよう」

 階下に促し、降りていく少年の後ろ姿を見つめてハタと気づいた。

「仕事が忙しいって……ベリルの?」

 口の中で発する。

 そうだ、この子の父親はベリル専属の仲介屋だ。彼が忙しいって事は、ベリルに大きな仕事が入ってるという事なんだ……少しの不安が過ぎる。

 でも、仲介屋って仕事の依頼を仲介するだけじゃないのかな?

「サム」

「なに?」

「仲介屋ってなにをするの?」

「しらねーよ」

「え、知らないの? じゃあお父さんの仕事を継ぐ気はないの?」

「オレは軍に入るんだ!」

 と言いながら嬉しそうに銃で撃つ仕草をした。

「そう……」

 苦笑いを浮かべダイニングルームに向かい、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して2つのコップに注いだ。

 リビングでは、少年が1人で戦争ごっこをしている。アザムは苦笑いを浮かべ腰を落とした。

 父親が迎えに来たら仲介屋について教えてもらおうかな……とオレンジジュースを飲みながら考える。

 興味があるというよりも、疑問に思った事は知りたくなる。

 もしかしたら、ベリルの仲介屋は他の傭兵たちの仲介屋とは違うのかもしれない。そう思うと余計に知りたくなってきた。

 リビングに置いてある医療書に手を伸ばし、未だ戦争ごっこをしている姿を視界の端で捉えながら読み進める。

「ねえ、なんかゲーム無いの?」

 さすがに30分ほどすると飽きてきたらしく、不満げな表情を浮かべて問いかけてきた。

 それに答えかけたとき──玄関の扉が開く音がした。

「帰ってきた」

 本をリビングテーブルに乗せて玄関に向かう。

「おかえり」

「! ただいま」

 30代後半と見受けられる男性が、驚いたようにアザムを見つめた。

 いつもは自分の部屋で勉強している彼が出迎えてくれるとは珍しい。黒い瞳にそれが見て取れて、アザムは小さく笑った。

 男はネクタイを外し、ジャケットを脱いでリビングに向かう。後ろで束ねた長めの黒髪が揺れた。

「!」

 リビングに入ると、見慣れない少年がいて怪訝な表情を浮かべた。

「紹介するよ。彼はレイ、僕の父親代わりをしてくれてるヒト」

 その言葉にレイは眉をひそめる。

「こっちはサムウェル。ちょっとややこしいんだけど説明するね──」

 一通りの説明を聞いてレイは少し唸った。

「ベリルに会わせろ!」

 少年は再び声を張る。

「アザムも言っていただろう? 会わせられないんだよ」

「なんでっ!?」

「ヒーローは忙しいからね」

 アザムは、夕飯の準備を手伝いながら少年をなだめる。2人の様子を眺めながら、少年は頬を膨らませた。


 そうして出来た料理にサムは眉をひそめる。

「これ……食べれんの?」

 目の前の皿に乗せられた料理は、見た目が良いとはとても言えないシロモノだ。男の料理なんてこんなものかもしれないが、さすがに自分の父親と比較してもこれはヒドイと思えるレベルだった。

 フライパンが悪いのか調理の仕方が悪いのか……焦げたオムレツは崩れて、ポテトサラダは白くない。

 温めすぎたパンはすでに硬く、コンソメスープに至ってはどう考えてもタマネギがでかすぎる。

「失礼だなぁ、ちゃんと食べられるよ」

 少年の言葉に眉をひそめて応えるアザムを一瞥し、レイは苦笑いを浮かべた。

「母ちゃんとかいないのかよ」

「すまないね」

「女っ気の無い家だぜ」

 ぶちぶち言いながらパンをかじる少年に、2人は見合い肩をすくめる。

「う~美味しくない」

「そんなこと無いよ」

「ははは」

 フォローするアザムの言葉がむしろ刺さる……と、レイは乾いた笑みをこぼした。

「今度ベリルにでも習うかな」

「! ああ、いいかも」

「あんたたちはベリルに会ってんじゃん!?」

 ガタン! と勢いよく立ち上がり目を吊り上げた。

「僕たちはベリルに監視されてる身なの」

「なんだよそれ!」

「まあまあ……」

 鼻息荒い少年を両手でなだめ、再び食べ始める。

 監視されているというのは、おおよそ間違ってはいない。彼が本気でそう言った訳ではないが、アザムを引き取る事に気弱だったレイを叱咤するための口上こうじょうだ。

 一度は金のためにアザムをテロリストの取引に利用しようとした己にその資格があるなどとは思えず、ベリルの言葉に躊躇した……しかし、だからこそアザムにふさわしいのだとベリルは感じたのだ。

 己の命を賭してでも守ろうとした想いは真実──犯した罪を償う方法がアザムを引き取ることならば……と了承した。

 もちろん、責任感だけではない。

 そこに芽生えた感情は親心と言っていいものか友情と言っていいものかは解らない。普通の親子のような関係は築けない事も解っている。

 アザムの言った「親代わりをしてくれている」という言葉は少なからずレイを悩ませた。それはまるで、義務や事務的のような物言いに思えた。

 やはり、父親としては認めてくれていないのだろうか……それも当然か、一度は裏切ったのだから。

「……」

 レイは目を伏せて苦い表情を浮かべた。

「いいから早く食べな」

「うるさいなぁ~」


 食べ終わってシャワーを浴び、サムに部屋をあてがう。しばらくして少年が寝静まったのを確認し、リビングで書類整理をしているレイの処に向かった。

「! 寝たかい?」

「うん」

 斜め隣の1人掛けソファに腰掛けてレイの様子を見つめた。

「さっき、なんで変な顔してたの?」

「!? え……?」

 ふいに声を掛けられ、レイはビクリと体を強ばらせた。

「僕がレイを紹介したとき」

 気づかれていたのか……

「なんでもないよ」

「嘘はだめだよ」

 ぐうの音も出ない。

「いや……その、なんていうか……」

 じっと視線を外さないアザムから目を泳がせ、テーブルに肘を突いて両手を組み苦笑いを浮かべる。

「私はその……君の親の代わりを義務として捉えている訳では……」

「! ああ、さっきの気にしてたんだ。ごめん、言い方が悪かったね」

 そう言って微笑み、言葉を続けた。

「親代わりをしてくれてるのは事実だろ? でも僕が他人事みたいに感じてる訳じゃないよ。レイはすまないと思ってるから、僕に負い目を感じてる部分があることも解ってる」

 言葉を一端、切って息を吸い込む。

「でも、僕もレイに裏切られたと思って憎んでしまったから、おあいこだよ」

「! それは……間違ってないじゃないか」

「違うよ。レイが僕を逃がしてくれたことに気がつかなくて、目先のコトだけで判断してたんだ。それでは大切なものを見落とすコトになるって、ベリルが教えてくれた」

 僕はレイを父だと思ってるよ……静かに発した言葉に目を細める。

「そうか」

 何もかもを背負って2人は親子になった、それは確かな絆だ。

「なにか思ったら、すぐに言ってくれないと解らないよ。僕たちは血が繋がってないんだから、お互い言葉を交わさなきゃ」

「ああ、そうだな。うん、そうだ」

 少しずつでも親子となって行ける……そう思える。2人は絆を確かめるように抱き合い、笑みを浮かべた。

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