*引鉄は突然に-ひきがねはとつぜんに-
少年は髪色よりも明るいブラウンの瞳を白黒させていた。
「ベリルに会わせろ!」
「どうしてだい?」
胸を張って声を張り上げた少年に問いかける。すると少年は喉を詰まらせて青年になりつつある少年を見上げた。
「まだ名前聞いてなかったね。僕はアザム、君は?」
「オレはサムウェルだ!」
短い黒髪に青い瞳、年の頃は10歳くらいだろうか。プリントTシャツに短パン姿で、肩にはスポーツバッグを提げている。
「サムか。どうしてベリルに会いたいのか教えてほしいな」
「おまえには関係ない!」
なんともまあ扱いづらそうな子どもだな……僕もあの頃はこうだったのかな?
アザムは昔を思い出し、フッと小さく笑った。
今から7年ほど前──10歳のときに戦争孤児であるアザムは、アメリカの製薬会社の社長に里親として引き取られた。
しかしそれは口実で、その男は彼を『生きた荷物』として新型ウイルスと抗体を同時に体内に忍び込ませテロリストに渡そうとした。
その計画は社長の右腕だった青年、レイにより崩れ去った訳だが……それに大きく関係しているのはベリルという傭兵だ。
彼の協力無しには全てを穏便に済ませる事は出来なかっただろう。
アメリカ合衆国大統領にさえも、その力を誇示することが出来る唯一の人物──それは彼が『素晴らしき傭兵』であると同時に、その存在故に可能だとも言える。
誰もが欲して止まない『不死』を持つ者。
彼を捕えようと躍起になる組織などがあるなか、その素晴らしい戦闘センスは各国の知るところとなっており、もはや彼に協力しない国は無いと言ってもいい。
しかし、そうおいそれとは表の人間が彼を知る事など出来るハズがない。
「どこで彼のコト知ったんだい?」
閑散としている道路の端で問いかける。
「オレの父ちゃんはベリル専属の仲介屋だ!」
いちいち負けまいと声を荒げる少年にアザムは苦笑いが浮かぶ。
仲介屋……聞いた事だけはある。
フリーの傭兵には何人かの紹介屋と仲介屋がいて、ベリルには熟練が何人か付いてるとか。
サムの言葉でなんとなく察しがついてきた。親が子どもに仕事の内容をむやみに話すとは思えない。
この子はきっと、こっそり父親の仕事を覗きベリルという傭兵の事を知ったのだ。その中に僕の事が書かれていて、それを頼りにここまで来た。
行動力には感心するけど……
「むやみに教えられない。解るだろ?」
「!」
アザムの言葉にムッとして拳を握りしめる。
「なんでだよ! ベリルに会わせろ!」
わあわあと騒ぎだし、慌てて肩を掴んだ。
「ちょっとちょっと……わかったから、こんなところで大声出さない」
どこで誰が聞いているか解らない。彼の名前をむやみに発信するような事は避けたくて少年を家に招き入れた。
自宅はもうすぐそこだ、玄関の鍵を開けダイニングテーブルに紙袋を置いて2階にある自分の部屋に通す。
サムは、一般的なベッドとデスクに本棚が並ぶ部屋を見回した。
「つまんない部屋」
ぼそりと言った言葉に苦笑いを浮かべる。
「君はどうして彼に会いたいの?」
「決まってるじゃん! ヒーローだよ!」
「ヒーロー?」
「そうだよ。悪い奴らをやっつけていくんだ!」
彼の戦う姿が、この子の目にはそう見えたんだろうか。どんな画像を見たのかは解らないけれど……アザムは少し瞳に愁いを含ませた。
「お父さんかお母さんには、ここに来るコトは言ってあるのかい?」
息巻いていた少年がとたんに動きを止める。
「そんなんじゃあヒーローに怒られるね」
「う、うるさいなぁ! ヒーローはそんな小さなことじゃ怒らないんだよ!」
「とにかく、黙って出てきたならベリルには会わせられないよ」
言われてぐうの音も出ない。しぶしぶポケットから携帯を取り出してどこかにかけ始めた。
「あ、父ちゃん……いま? いまえーと……アザムって人のところ。なんでって……ベリルに会わせてもらおうと……うるさいなぁ! 怒鳴らなくても聞こえてるよ」
ちらちらとアザムに視線を送りながら会話を続ける。
「やだ! 会うまで帰らない」
眉を吊り上げて頬を膨らませた。そして、携帯をぶっきらぼうに差し出す。
「!」
電話に出ろという事なのだろうか? 目で確認して、耳に当てる。
「はい」
<アザム君だね。父のロメオだ。サムが世話をかけたようですまない>
「いいえ」
落ち着いた感じの、40代ほどに感じられる男性の声がすまなそうに続ける。
<名前を聞いて、すぐにどの件に関与していたのかは解ったが……サムは大人しく言うことを聞いてくれそうにないね>
「ええ、そのようです」
苦笑いを浮かべ少年を見やる。
<迎えに行きたいのだが、それまで預かっていてくれるかい?>
「構いませんが……いつになりますか」
<今ちょっと仕事が立て込んでて……行けるのは4日後くらいになる>
それに少し眉をひそめた。
ハイスクールも夏休みに入っていて、時間があるといえばあるけど……と考える。
17歳になったアザムは、成績も優秀で夏休みの宿題もまだ始まったばかりだというのにすでに6割りほどは終えていた。
しかし、彼がそうするのには訳がある。
「……解りました」
<すまない>
携帯を少年に返した。
「ええっ!? やだよ! ベリルに会うんだ! ……ってちょっと父ちゃん! 切りやがった」
舌打ちして携帯を見つめる。
「レイには僕から話すから、お父さんが迎えに来るまで我慢して」
「? 誰それ」
「僕の父だよ」
「ふうん」
さして関心もなく応え、部屋の中を改めて見回した。
「!」
本棚にしまわれている本に目が留まる。
「医者になるの?」
問いかけられて少し声を詰まらせた。
「まだ決めてないよ。医師免許は取るつもり」
「あそ」
自分から訊いておいて簡素な反応を返し、部屋の中を探るようにあちこち開けていく少年を少しハラハラして見ていた。
「!」
デスクの引き出しに手をかけた処で、腰掛けていたベッドから思わず立ち上がる。
「!」
少年は、右側の引き出しにあった物に驚きアザムに目を向けた。
「なんだ、兄ちゃんもベリルに憧れてんじゃん」
ニヤついた口元に苦笑いを返す。
引き出しに隠すように入れられていたのは、1丁の拳銃とミリタリー雑誌だった。
憧れていないと言えば嘘になる。
不死である彼だからこそ出来た荒技もあったが、彼が語ってくれた言葉や感情は充分にアザムを傭兵へと駆り立てる要素となった。
このことは誰にも話していない。
ベリルに言えばどうなるのか……きっと彼は両手を挙げて歓迎はしてくれないだろう。
共に戦う仲間がいる事は心強く感じても、助けた人たちが同じ道を志す事には賛成したくないんだと思う。
僕をテロリストたちから助けてくれたレイにもまだ話せない。
ベリルに言われたとはいえ、僕を養子として引き取って育ててくれているし医者としてのレイも尊敬しているけれど。





