*代償
数日後、広大なアメリカの大地をまばらな雲たちが影を作る昼下がり──その建物は尊厳を失わず白く輝いていた。
建物のとある一室、ホワイトハウス大統領室にラフだが清楚な身なりの50代近い男性が、手にしていた受話器を溜息混じりに元に戻した。
白さの交じる短い金髪にブラウンの瞳は彼の意思の強さを表し、彫りの深い顔立ちは威厳を備えている。
「!」
男がドアに足を向けた刹那、背後に気配がして振り返ると、そこには小柄な青年の姿があった。
「……君は?」
いぶかしげに見つめた青年の後ろに目をやると窓が開いていた。
「窓から失礼する。貴方に話したい事があってね」
中途半端な丁寧さの物言いに、その男性──大統領──の片眉がぴくりと上がる。少しも臆すること無く少し離れた位置から見つめてくる鮮やかな緑の瞳には、曇りのない透き通った堅い意思が感じられた。
「まず、名乗ったらどうだね?」
そう発した彼に青年は小さな笑みを浮かべる。
「……?」
応えない青年に数歩、近づくと怪訝な表情をさらに険しくさせた。
どこかで見たような……脳裏に思い浮かぶ微かな画像が、目の前の青年と重なる。大統領として就任した時に、国防長官から教えられた人物とよく似ている気がした。
「! まさかっ……君が!?」
「あなたが今、計画している国家機密について──」
目を丸くした男に薄く笑んで、ベリルは口を開いた。
それから数日後……
「あっ、レイさん!」
少年はベリルの車から降りて、そこにいた青年に大きく手を振りうれしそうに駆け寄って彼に抱きついた。
「アザム……よく無事で」
レイと呼ばれた青年は笑顔で応えたあと、ゆっくりと近づいてくる青年に目を合わせた。
「あなたが助けてくれたんですね。ティーロが言っていた……」
続きを言いかけたレイの言葉を軽く手で制止する青年に、黒い瞳を細め小さく笑った。
「ありがとうございます。報酬はまた改めて」
「必要無い」
「え?」
「すでにいただいてある」
取り出した革袋を示す。
「! それは……」
「ティーロには私から報酬を払う」
その言葉に眉をひそめた。
「彼は私が要請した傭兵という事にしておこう」
淡々と語る青年にいぶかしげな表情を向ける。
「!? ……まさか……あなたが私を?」
FBIからの追求もなく解放された事に、レイはずっと疑問を抱いていた。苦々しい彼らの表情に、外からの介入があったのだと今更ながら思い起こす。
「その子の引き取り手は必要なのでね」
ベリルの言葉にアザムを見下ろし、眉をひそめて視線を外した。
「しかし私は……っ」
「償いたければアザムを引き取る事だ」
「!」
ベリルの厳しい声にハッとする。
「誰がお前を不問にすると言った」
「……っ」
合わせたエメラルドの瞳に絡め取られたように、声さえ出す事が出来ない。
『それが償いだ』
彼の目が無言でそう語る。
「あっ、あの……。メモは……」
必死に声を絞り出したレイだったが、最後まで言い切ることまでは出来なかった。
「処分したよ。開発もストップだ」
彼のその言葉に安堵の表情を浮かべる。
「職は私が紹介しよう」
「ありがとうございます……」
レイのいた会社は、国が問題をもみ消す形で『倒産』となった。
「アザムを頼んだ。途中で放り出すなよ、ずっと見ている」
何せ私は死なないからね……つぶやくように発して、くるりと体を反転させオレンジレッドのピックアップトラックに足を向ける。
「ベリル! ありがとう」
少年の声に後ろ向きで軽く手を挙げた。
そして少年は、走り去るトラックを無言で見つめるレイの横顔をじっと見上げる。
あのとき、ベリルがペンダンに見つけた赤い宝石──あれは、自分の心を伝えるためにレイがこっそり入れたものだった。
『忠実・友愛』
友情の証であり、信頼を意味する。
ウイルスから解放され、ペンダントを開いたときに視界に飛び込んできた宝石に、少年はレイの痛いほどの心を理解した。
その後──レイはベリルの紹介で新しい職に就き、アザムと共に暮らしている。彼に紹介された病院の医師として勤め始めたが正直、自分が誰かを治療する資格などあるのか解らなかった。
しかし、誰かを傷つけたのなら同じ場所で誰かを救う事が最も見合った償いだとも感じている。
この件に関する人々の消息はレイ以外、定かではない。ジェイコブ社長はFBIにより……この先は聞かない方がいいだろう。





