*癒し
側にいてやること──ただそれだけが、不死である己に出来ることだ。
「……」
アザムは、もうろうとする意識の中でベリルをじっと見つめていた。
「ど……して?」
「ん?」
「どうして……ぼくなんて、助けるの」
彼にとっては自分など、どうでもいい人間なのに……本気で自分を助けようとしている。
ベリルは、苦しみながら絞り出した少年の問いかけにその左手を握り、エメラルドを湛えた瞳で静かに応える。
「それが『人』というものだよ」
「人……」
その言葉に何故か安心して深い眠りについた。
「……ん」
目覚めれば、いつもエメラルドの瞳が自分を見つめてくれている。癒しを湛えた森の色は、少年を常に包み込み再び眠りにつかせてくれた。
日を追うごとに苦しみは軽くなっていくようで、引きつっていた笑顔は徐々に柔らいでいく。
点滴と流動食を交互に繰り返し、症状が出始めてから8日目──
「起きられるか」
「……うん」
頭痛やめまい、吐き気と熱はどうにか治まった。毎日続けていた血液検査にもウイルスは見られなくなってきている。
「ふむ」
思案するような仕草でベッドの隣から立ち上がり、デスクに向かう。
「あと2日ほどかな」
「……っ」
少年は、電子顕微鏡からの画像をノートパソコンで眺めてつぶやいた彼に、だるい体を起こして近付いた。
「無理はするな」
「うん」
ディスプレイに映し出されているウルイスを見つめる。
「これが……ボクの中にいるやつ?」
「うむ」
足を組んで答えたベリルに目を移した。
「本当に死なないんだね」
「信じたかね」
にやりと笑う。
「……」
アザムはベリルから宙に視線を移し、頭を垂れた。
「もう誰も……信じないと思った」
道具として連れてこられ、信じていた人間にも裏切られ……アザムの唇がキュッときつく結ばれた。
「……」
そんな少年を見つめたあと、視線を外し一度ゆっくり目を閉じる。
「人の心の奥は誰も覗けはしない」
「え……?」
静かに発せられた言葉に、少年は彼の横顔を見つめる。やや上にある少年の顔に、静かだが厳しい眼差しを向けた。
そして立ち上がり、アザムをソファに促して隣に腰掛ける。
「私を信用出来なかったのだろう」
「……うん」
「それは何故だ」
「レイさんに裏切られたと思ったから。道具にされたから……」
「だが、実際は違った」
「うん」
ベリルは、ふさぎ込む少年の肩に手を添えて口を開く。
「お前は自分自身の感情のみで彼をそう結論づけた」
「あ……」
「アザム。人は決して同じにはなれないのだよ」
「同じ?」
「それぞれが個々に存在している限り、誰もその人と同じにはなれない。同じ境遇に立った者でも、持つ感情は異なる」
誰も他人と同じ感情にはなれない。
「相手の感情を理解しきれはしない」
信じてもらうのではなく、理解してもらうのでもなく……まず自分が信じる事、理解しようとする事。そこから優しさが生まれるのではないかな?
エメラルドがアザムを映し出す。
「自分の中だけじゃ、だめってコトだね」
少年の言葉に頷いて目を細めた。
「でも……本当に裏切られた時は、どうしたらいいの?」
問いかけに、ベリルは視線を少し落とす。
「辛い事だが素直に受け止める他は無い」
「……そか」
「だが……」
「!」
「己がそう信じたなら、悔いは無いのではないかな?」
信じるのは己の心にだ、それは強制されるものじゃあない。己が自身で決めて信じたものならば、悔いてはならない。
「うん」
ベリルの言葉をしっかりと噛みしめて、少年はその瞳を見据えた。
「説教はそのくらいにしてと」
ベリルは言って冷蔵庫に向かう。
「食べられるようになったのなら何か作ろう。リクエストはあるかね」
「いっぱいあるよ!」
嬉しくて声を上げる。寝込んでいる時に、ベリルは色んな話をしてくれた。その中に料理の話が出てきて、少年は治ったら彼の料理を食べたいと思っていたのだ。
キッチンに向かう彼の背中を追いかけて、調理していく様子を眺める。なるべく消化の良い食材を選んでいるようで、強い刺激のあるような調味料も避けていた。
病み上がりのため量は少なめだが、薄めに仕上げられたベリルの手料理を少年は美味しくたいらげた。
それからさらに数日が経ち、アザムの血液からはウイルスは発見されなくなる。
「よし、いいだろう。風呂に入れ」
「やった!」
うれしそうにシャワールームに駆けていく。
<もうすぐ君ともお別れか。残念だよ>
惜しむようなリッキーの声がスピーカーから響いた。
「私はほっとするがね」
薄笑いでガラス向こうの生徒たちに腕を組む。
<正直に教えてくれよ。あの少年は何に感染してたんだ?>
その問いかけにベリルは一度、視線を外し口角を吊り上げた。
「企業秘密だ」
リッキーに顔を向けて不敵に笑った。





