*死ぬための生
「未来を決めるのはお前自身だ」
今が苦しくとも前を向かなければならない……その言葉にアザムは目を潤ませる。
「なんで……ぼくは生きてるんだろう」
両手の拳をきつく握りしめた。小刻みに震える体は涙を重力に従わせる。
「人は死ぬために生きている」
「え……?」
放たれた言葉に顔を上げ、無表情な彼を見つめた。
「誰かがそう言っていたのだよ。人は死ぬ瞬間のために生きていると」
人は死の間際、今までの記憶を辿るという。
「後悔ばかりの記憶では寂しいだろう?」
「……うん」
「己の心を見つめることは時として恐怖だ。思い出したくない記憶は、引き出しにずっと仕舞われたまま時間を止めている」
それが決して悪いとは言わない。だが、どれほど周囲が手を差し伸べても最後には己の心を動かすしかない。
己の心に問いかけること、それはとても大切なものだ……宙を見つめているベリルは、ささやくように発する。
「悔いのない人生。それが人の目指すものなのかもしれない」
そのために、人は今を精一杯生きるのだろうか。
「じゃあ……ぼくの家族は、どうなの?」
頭を弱しく垂れて、少年は苦しい表情を浮かべる。
「戦争で死ぬために生まれたの?」
「そのような死を否定するために、お前も目指そうとしたものがあったのだろう?」
だから私は今、ここにいるのだ。全ての死がそうではないように、全ての死をそうさせたいという想いのために──どこを見るでも無いエメラルドの瞳は、何かを見据えるように強く輝いているように少年には見えた。
「でも……おじさん、は……死なないんだよね?」
その言葉にクスッと笑う。
「そうだな。私の場合は己に出来る限界を続けていくしかない」
「それって凄く、しんどいよね」
「隠居生活なんてガラじゃない」
肩をすくめた。
「人が好きなんだよ」
付け加えるように発した言葉に、少年は驚いた。
傭兵という事は戦場ばかりを目にしているはずなのに「人間が好き」って、堂々と言えるなんて……
「目を向ける場所は数多くある。『市場』が絡む戦場では私の力など小さなものだが、その中でも救えるものがあるはずだ」
幾多の命を救い続けてきたベリル……死という安らぎを許されず、ひたすらに生き続けなければならない。
その苦しみを誰が理解出来るだろうか。もっとも、彼自身それが苦しみとは思っていない。
それから2日が過ぎた──
<ベリル>
「なんだ」
伸びをしたベリルに、スピーカーからリッキーの声が室内に響く。
<一つ気になったんだけど……君は髪が伸びないの?>
「そうだが」
その答えに、ガラスの向こうの院生たちがざわついた。
<じゃ、じゃあヒゲも?>
「あー伸びないな」
<どうして……?>
「不死になった時のままなのだよ」
<そのまま固定されたということ?>
「うむ」
<じゃ、じゃあ……>
「!」
ベリルは、院生の言葉を手で制止し携帯を取り出した。
「何か用かね」
<いい加減にしてくれ>
電話の主はメイソンだ。
<どこにいるんだ?>
「さあ、どこかな」
薄笑いを浮かべてソファに腰掛ける。顔を洗ってリビングに戻ってきた少年は、それを横でじっと見つめた。
「逆探知は無駄だよ。私の携帯は特殊でね」
<……何故そこまで反抗する>
「反抗しているつもりは無い」
応えて立ち上がり、バックポケットから紙切れを取り出してキッチンに向かった。そしてガスレンジの火を付ける。
<! なんの音だ?>
「セイロンティでも淹れようかと」
<どこの家だ!>
「どこだろうね」
ガスの炎に紙切れを近づけ、火の付いたソレをしばらく眺めてたあとシンクに落とした。
「ああ、そうそう」
思い出したような声を上げる。
「レイという人物を拘束していると思うが、彼には手を出してくれるなよ」
<……どういう意味だ>
「そういう事だ」
「レイさん……大丈夫なの?」
恐る恐る尋ねると、笑みを浮かべて頷いたのでほっと表情をゆるめた。
「アザム」
そんな少年に、彼は少し険しい表情を見せる。
「ワクチンを打たれてはいるが、症状は出る可能性がある」
「え……」
「ワクチンは重症化を防ぐためのもので治療薬ではない。症状によっては……」
言葉を切ったその表情で、何を言いたいのか解る。
「……うん」
そう応えて目を伏せたそんな少年の頭を、ベリルは優しく撫でた。
次の日──
「わ~! また負けた。強すぎるよ~」
「まだまだだな」
対戦ゲームに熱中する少年に鼻を鳴らす。
「もうちょっと手加減とかしてよ」
頬を膨らませて不満げに発した。
「わざと負けてもらって嬉しいかね?」
「……そう言われると嫌だけどさ」
初めての対戦ゲームだと言った彼に「勝てる」と思ったが、どうやら甘かったようだ。操作説明を聞いて、いざ対戦するとアザムは一度も勝てない……
「ホントに初めてなの?」
「対戦ゲーム自体は何度かある」
「でもこのゲームは初めてなんでしょ」
「うむ」
応えてグラスを傾ける。ブランデーを飲みながら勝つとは……少年は溜息を漏らした。
「おっと」
立ち上がりジュースを取りに行こうとしてよろけた少年を受け止める。
「ありがと……」
「!」
体が熱い……症状が出始めたか?
「ベッドへ」
「え、大丈夫だよ」
笑って発したが、彼の表情が今までに無い険しいものだったので少年はすごすごとベッドに向かい寝転がった。
確認したベリルは血液採取のキットと点滴を用意して、ベッドの隣に立つ。
「! 痛くない。上手いんだね」
注射針を刺したベリルに小さく笑うが、先ほどよりも苦しそうだ。続いて点滴の準備を始める。
「これは?」
「食塩水にブドウ糖を混ぜたものだ。いくらワクチンを打っているとしても栄養が無ければ代謝機能が上手く働かない」
「ふーん……」
よく解らないが、手際よく点滴を準備して針を刺すベリルに本物の医者のような錯覚を覚えた。
「ベリルさん……は、ホントに大丈夫なの?」
「心配は無い」
そか……良かった。ぼそりとつぶやいた言葉に眉をひそめる。
あとはアザムの体力とワクチンの効果に期待するしかない。
「……」
悪化していく症状に苦い顔をした。
苦しさに体を少し動かしたアザムから小さな金属音がして、そちらに視線を移すと少年の胸元からペンダントが覗いていた。少年は、楕円形の平たいペンダントトップを弱しく手に持つとそれを開く。
「ぼくの……家族」
必死に笑ってベリルに示した。
「!」
ふと、そこにあった小さな赤い石が彼の目に留まる。血のような赤……ガーネットだ。
ベリルはそれに、黙って目を閉じたあと優しく微笑んだ。





