*密室にて
駐車場に車を駐めて目標であろう建物に足を向ける。誰もいない駐車場は、ぽつんと街灯だけが2人を迎えていた。
少年が薄明かりを頼りに見回すと、ベリルが歩いていく建物は他の建物よりも少し離れた場所に建てられている事が窺える。
何か特別な建物なのだろうか? まるで、ひっそりと目立たないように建てられているように感じられた。
「ベリル!」
建物に入ると、白衣を着たひょろ長い青年が嬉しそうに両手を広げた。
「状況は」
「もうちょいってトコ」
そのまま奥に進んでいくベリルのあとを白衣の青年が追い、アザムは訳も解らないまま2人の背中を追いかける。
鈍い金の髪を後ろで束ね、メタルフレームの眼鏡から青い目が覗く白衣を着た青年はベリルを羨望の眼差しで見つめた。
「本当に観察していいの?」
子どものような輝く瞳で問いかける青年を一瞥し、無表情に応える。
「条件を守れるならばね」
「解ってる。なに一つ残さないから」
気持ちが変わられたら困るとでも言うように、肩をすくめて両手を胸の前で揺らす。
「?」
何かの約束をしていた様子の2人に少年は首をかしげた。白よりも若干クリームがかった壁や薄いグレイの床は清潔に保たれていて、消毒液のような鼻につく匂いが充満している。
青年が案内した空間は学生が集まる部屋らしく、小さな室内に設置されているテーブルやロッカーには所狭しと参考書や衣服やいかがわしい雑誌が重ねられていた。
「ああ。ごめん、研究に忙しくて……」
青年は唖然と見つめる2人に苦笑いを浮かべた。
「ふむ……あまり良い環境とは言えんな」
「この人だれ?」
いつまでも紹介してくれないベリルに業を煮やし、少年は口を開いた。
「大学院生だ」
「初めまして、リッキーです」
快く手を差し出す。
「……」
この部屋を見た後では、どうにも手を出しにくいアザムだったが戸惑いながらも握手を交わした。
そのとき、リッキーの体から音楽が流れ内ポケットから携帯を取り出し通話を始める。
「はい、はい」
リッキーはウインクして右手の親指を立てた。
「行くぞ」
「え、どこに?」
青年の態度にベリルが部屋の外に促す。
案内された場所は──
「!」
少年は驚いて目を見開いた。
眼前に広がるガラス張りの部屋の中には、テレビはもちろんゲーム機も多数あり革張りのソファに冷蔵庫……ちらりと見えるあっちにはトイレだろうか、モデルルームかと思うほど豪華な造りだった。
「ここで約10日を過ごす」
「え……」
聞いた言葉に呆然とした。
ベリルは、振り返り見上げた少年にしゃがみ込んで視線を外さず、言い聞かせるようにゆっくり発する。
「お前の中に眠るウイルスを完全に取り除くには、最低でもおよそ10日の期間が必要だ」
そのために知り合いの大学病院にこの部屋を造らせた……立ち上がりながら告げる。
「……」
少年はガラス張りの部屋に目を向けた。
無菌室を改造した部屋は、なるべく快適に住みやすく造られているようだった。このために2日が必要だったのかと少年は納得した。
「まだ芽胞は破れていないと推測している。それを合わせるとおよそ16日だろう」
10日を過ぎた処で検査をしていく、とベリルは応えた。
「……」
アザムは顔を伏せて床を見つめる。
自分が利用されていた事の実感……それがいま、重く心にのし掛かっていた。
「入ればいいんだね」
キリリと前を向き、ガラス張りの部屋へと続くドアに足を進める。3枚の扉はそれぞれガラス張りで、菌が外に出るのを防ぐために施されたものだろう。
「……」
少年は躊躇いがちに扉に手をかけて、感触を確認し力を込めてゆっくり押し開く。扉の前には縦長で透明の柔らかいアクリルがいくつも吊されていて、のれんをくぐるように足を踏み入れた。
扉を閉じると、天井から風が勢いよく吹き付けられ体を強ばらせる。そして次の扉へ……少年はそれを数回、繰り返しようやく室内に入った頃には少し疲れたのか小さな溜息が漏れた。
「後は頼む」
寂しげにソファに腰掛ける少年を確認し、青年に声をかけると少年のいる部屋に足を向けた。
「OK! じっくり観察させてもらうよ」
「!?」
ドアの開く音に顔を上げると、ベリルがそこにいて少年は驚きに思わず立ち上がる。
「なんで……?」
目を丸くして立ちつくしている少年に、彼はニヤリと口の端を吊り上げた。
「誰がお前を1人にすると言った」
「でっ、ても……っ!」
驚くアザムの隣に腰を落とす。
「1人というものは暗く重たい気分を作る。そんな気分、嫌だろう?」
足を組み、少年を見上げて柔らかに微笑んだ。
「……」
呆然とするしか無い……しかし、頭を振ってなんとか言葉を絞り出す。
「ぼくの中にあるのは殺人ウイルスなんでしょ!?」
「うむ」
「だったら危ないんじゃないの?」
「私なら平気だと言ったろう」
「なんでっ!?」
その問いかけに、ようやく驚きの真実が語られた──
「不死だと言って信じるかね」
「……は?」
「かれこれ60は越えている」
「へ……?」
彼の言葉にポカンとする。
「……ホントに?」
自分の耳を疑って聞き返した少年に、彼は薄笑いで頷いた。
「嘘だ……」
当然の反応である、からかわれていると半ば怒りを憶えた。
「嘘ではないからここにいるのだ」
しれっと応えて携帯を取り出すと、着信を震えて伝えていた。
「……うむ、そうしてくれ。すまんな」
「?」
「車を走らせてくれるそうだ」
通話を切って説明する。
「! あのスポーツカー?」
これでまたFBIは、あちこち走り回る事になるのだろうとベリルは小さく笑みをこぼした。
「さっきの男の人が乗るの?」
「今度はルイスではなくレオナだ」
ああ、あの男の人ルイスって名前だったんだ。
そして顔を横に向け外でじっと見つめている男女、数人に眉をひそめた。
「あの人たち……何してるの?」
「私を観察してるのだよ」
キョトンとするアザムに小さく笑って続ける。
「私は不死だからね。観察する事を条件に無菌室の改造を承諾してもらったのだ」
しれっと応えた彼に目を丸くする。
「観察……してるんだ。あの人たち」
「何も得られないだろうがね」
「そう……なの?」
「私の性格くらいは多少、解るかもしれんがね」
薄笑いで言い放つ彼に少年はハッとした。
そういえばトイレに行ったとこ一度も見てない。それどころか、いつも味わう程度にしか食べ物を口にしてなかった気が……本当に不死なんだ。
「ん?」
目を見開いて自分を見つめる少年に首をかしげた。
「食べた物って……どうなってるの?」
「全てエネルギーに変換されるので外には出て行かないんだよ」
自然な問いかけに、柔らかな笑顔で応える。
「ある意味、完全エネルギー化装置だな」と彼は人差し指を立てて笑った。
この建物は学長のはからいで一般立ち入り禁止となっている。ベリルと大学とは太いパイプでつながっているらしい。
不死である彼の機嫌を取っている方が大学に有利だと考えたのだろう。この大学とは前学院長からの馴染みでもある。
「のんびりいこう」
冷蔵庫からジュースを取り出し、ブランデーの瓶とグラスを持ってソファに戻る。
「う、うん」
少年は落ち着かないのか、乱暴にテレビのチャンネルを変えた。
「!」
持ってきたジュースに手を伸ばし、グイと勢いよく瓶を傾けたその手をベリルが制止する。
「緊張しなくて良い」
「……っ」
柔らかにつむがれた言葉に喉を詰まらせ、その瞳に吸い込まれそうになる。
全ての罪と罰を許すかのように湛えられたエメラルド──自然と体の緊張がほぐれていくのを感じた。
「どうして傭兵なんてしてるの?」
「それが適正だと思ったからだよ」
緩やかな微笑みを見つめて、少年はいつの間にか彼の雰囲気に飲み込まれていた。
「……痛くないの?」
「もちろん痛いさ」
それでも私に出来る事をするだけなのだよ……彼が静かに応えると、アザムはそれに目を伏せた。
「ボクね……」
「!」
詰まらせた声に勇気を振り絞り、続きを吐き出した。
「新しいお父さんが薬を作る会社の人だって知って、お医者さんになろうと思ったの」
目の前で多くの人々が死んでいく……そんな世界で少年は生きていた。
「だから、苦しんでる人たちを助ける人になりたいって」
「良い事だ」
「でもっ! ボクはただの道具だったんだよ。お医者になんか……」
反発するように声を荒げ、少年の声はか細く空間に消えていく。





