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「お姉さまずるい!」が口癖の義妹と、望みどおりに入れ替わってみた結果

作者: アトハ
掲載日:2026/09/09

「お義姉さまずるい!」


 その声に、私は錬金釜をかき混ぜる手を止めた。

 扉の前には、義妹のリリアが頬を膨らませて立っている。


(──今月、何度目だったかしら?)


「今度は何?」

「今夜の夜会、ユリウス様にエスコートしてもらうのでしょう? 私には、まだ婚約者もいないのに」

「リリアには、この前も縁談が来ていたじゃない」

「あの方、お義姉さまの婚約者より背が低かったもの」


 私は釜の中を確かめてから、再び匙を動かした。


 父の再婚で妹になったリリアは、私のものを欲しがる。

 自分のドレスを仕立てたばかりでも、私のドレスが届けばそちらが欲しくなる。譲っても一度袖を通したきりで、次には私の髪飾りをねだっていた。

 断れば泣き出し、義母が来て、最後には父まで「姉なのだから」と言う。

 そうして譲ってきたものは、もう数える気にもなれない。


 そして今度は、とうとう婚約者の番らしい。


「お義姉さまは伯爵家の跡取りで、錬金術師としても有名で、そのうえ婚約者まで素敵な方でしょう?」


 言いながら、リリアが机の上の茶器に手を伸ばした。

 一口飲み、顔をしかめて戻す。


「お義姉さまばかり、いいものを持っているんだもの」

「……そう」

「私がお義姉さまだったらよかったのに」


 釜の中で、銀色の泡が一つ弾けた。


 リリアの言葉に、私は棚の上へ目を向けた。

 先週、ようやく完成した薬がある。


「──なら、入れ替わってみる?」


 二本の小瓶を取り出すと、リリアが身を乗り出した。


「入れ替わるって、本当に?」

「ええ。七日間、お互いの身体を交換できるの。八日目の朝には元に戻るわ」


 妹は小瓶と私の顔を交互に見た。


「私になったら、私の代わりをしてもらうのよ?」

「分かっていますわ。今夜は私がユリウス様の隣に座るのでしょう?」

「……それだけではないのだけれど」

「お義姉さまこそ、あとで返してと言わないでくださいね」


 リリアは早くも瓶の栓を抜いていた。

 私は釜の火を落とし、外した前掛けを椅子の背に掛けた。


「では、七日間。よろしくね」


 二人で薬を飲み干すと、視界が揺れた。


***


《リリア視点》


 ──鏡の前で、私は三度も回った。

 今日から七日間、私はエルナお義姉さまだ。


 腰まで伸びた銀色の髪。すんなりとした手足。

 お義姉さまの紫色のドレスは、私が着るとこんなに似合う。


「エルナ。支度ができたのなら、こちらへ」


 お母様に呼ばれ、私は得意げに振り返った。


(このドレスに合わせる宝石でも選んでくれるのかしら?)


「これ、今月の請求書よ。いつものように、工房の売上から払っておいてちょうだい」


 差し出された紙の束を、私は見下ろした。

 一番上には、先週訪れた仕立て屋の名前がある。


「……これは、リリアのドレス代では?」

「そうよ。あの子によく似合っていたでしょう?」

「でも、お父様が買ってくれたはずではありませんか」

「お父様が買ったのだから、この家に請求が来るのは当然でしょう」


 それは分かる。

 分からないのは、どうしてそれをお義姉さまが払うのか、ということだ。


「お父様に渡せばいいのでは?」

「エルナ。あなたの薬が売れているのでしょう? 家族のお金くらい、出し惜しみしないでちょうだい」


 お母様はもう、話が済んだように背を向けていた。

 私は慌てて紙をめくる。馬、酒、首飾り。その次は私の靴。帽子。私の……。


「それから、帰ってきたらリリアの部屋へ薬を届けておいて。頭が痛いそうよ」

「……自分で取りに行かせればいいのに」

「あなたは姉なのだから、そのくらいして当然でしょう?」


 ──お母様は、何を言っているの?


 振り返ったお母様は、私に向けたことのない冷たい顔をしていた。

 私は口をつぐむしかなかった。


 ──私が頭痛を訴えたときは、あんなに優しくしてくれるのに。


 手元の請求書を、もう一度見る。

 新しいドレスを欲しがった私に、お父様は「好きなものを選びなさい」と笑ってくれた。


 ──そのお金は、お義姉さまが払っていたの?


***


 迎えの馬車が来たと聞いて、私は請求書の束を机に置いた。


 もういい。今夜はユリウス様と一緒なのだ。

 あの方は、私が笑えば「可愛いね」と褒めてくれる。

 今日はその隣に、婚約者として座れるのだ。


「お待たせしました」


 精いっぱい微笑んで馬車へ乗り込む。

 ユリウス様は私のドレスを見ることもなく、一枚の紙を差し出した。


「来月は、畑に使う薬を倍作ってくれ」

「……薬?」

「隣の領主が欲しがっていてね。売ってやることにしたんだ。必要な数はそこに書いてある」


 受け取った紙には、薬の名前と瓶の本数が並んでいた。

 こんなにたくさん、作らせるの?


「それでしたら、お義……私がもらう代金も、増やしてくれるのですわよね?」


 ユリウス様が顔を上げた。


「代金?」

「薬を作るのは、私でしょう?」

「君は僕から金を取るつもりなのか?」


 自分はよそに売るくせに、私にはただで作れと?


「材料を買うお金も必要ですし……」

「それなら売上の一部を渡すよ。余った分は、きちんと返してくれ」

「作る手間の分は?」

「エルナ」


 思わず背筋を伸ばしてしまった。


「いずれ君も嫁いでくる家だろう。僕を支えるのが、そんなに嫌なのか?」


 嫌ですわ、と言いかけた。

 けれど、こちらを見る彼の顔が怖くて、言葉を呑み込む。


 こんな方だったかしら。

 いつもは私が何かねだると、いつも笑って頷いてくれたのに。


「……今夜くらい、薬の話はやめませんこと?」


 気を取り直して、彼の腕に手を添える。

 いつもなら、それだけで機嫌を直してもらえた。

 なのに──


「手を離してくれ。君を愛するつもりはないと、前にも言っただろう」


 見たこともない顔をしていた。

 ユリウス様は私の手を払い、窓の外に目を向けた。


「そういえば、リリアは来ないのか?」

「……頭が痛いそうです」

「可哀想に。帰りに何か買っていこう。あの子は甘いものが好きだったね」


 ──ええ、大好きです。

 今、あなたの隣にいる私が。


 ユリウス様は、こちらを見ようともしなかった。

 綺麗に着飾った膝の上には、薬の注文書が残っている。

 私はそれを握り締めた。


 ユリウス様のことが、ちょっぴり嫌いになりそうだった。


***


 翌朝、私は侍女に三度起こされて、ようやく寝台から身体を起こした。

 昨夜は一度も踊っていない。それなのに、立ち上がると足が痛んだ。


 ユリウス様に連れ回され、紹介されるたびに「あの薬を作ってほしい」「次はいつ届けてもらえる」と囲まれた。やっと座れると思えば、また別の誰かに呼び止められる。

 お義姉さまが夜会で人気なのは、知っていたけれど。


(あれでは、出張販売ではありませんか……)


 工房へ行くと、助手の老女マルタが、空の薬瓶を並べて待っていた。


「お嬢様、まずは東の村へ送る分を。井戸の水が濁っているそうで」

「昨日、領地には薬を送ったでしょう?」

「あれは畑の薬です」


 畑にも井戸にも薬が要るなんて、ずいぶん面倒な領地だ。


 処方箋を開くと、材料の名前から分からなかった。

 赤い草も、青い石も、棚にはいくらでもある。


「これを混ぜればいいのね?」

「お嬢様、待ってください! それは布を染めるためのものですよ!」


 危うく井戸を真っ青にするところだった。


 マルタに叱られながら材料を量り、すり潰す。

 途中で面倒になってまとめて釜に入れようとしたら、手首をつかまれた。


「お嬢様、今日はどうしたのですか? 材料を一度に入れるなんて……」

「同じ釜に入るのに?」


 マルタが、まじまじと私の顔を見た。


「順番を守らなければ薬にならないと、いつも言っているでしょう?」


 そんなこと、私に言われても。

 処方箋に書かれた順番には、ちゃんと意味があったらしい。


「そ、そうでしたわね──」


 私は口を尖らせ、まとめてつかんでいた材料を台に戻した。

 どうせ全部入れるのに、いちいち面倒ですわね……。


 どうしてお義姉さまは、こんな仕事が楽しいのだろう。


 お茶にも呼ばれず、昼食も冷め、指まで痛い。

 お母様に休みたいと訴えると、扇の向こうからため息が返ってきた。


「リリアは頭痛で部屋にいるのよ。あなたまで困らせないで」


 私はその足で、自分の部屋へ乗り込んだ。

 窓辺の机に、私の顔をしたお義姉さまが座っている。机いっぱいに紙を広げ、何やら書き込んでいた。


「頭痛ではなかったのですか!」

「朝はね。よく眠ったら治ったわ」


 お義姉さまは、また紙に目を落とした。

 文句を言おうと近づくと、そこには建物の間取りが描かれていた。棚や机の位置まで、細かく書き込まれている。


「……何をしているの?」

「新しい工房の支度よ」


 お義姉さまが、図面をこちらへ向けた。


「この窓の前に作業台を置こうと思って。裏庭では薬草も育てられるの」

「新しい工房?」

「ええ。辺境伯様から、誘われていたの。どうせユリウス様との婚約も、そのうち破棄されるでしょうし。そうなってから慌てないように、今のうちに準備しておこうと思って」


 婚約は、そのうち破棄される。

 思い出すのは、昨日のユリウス様の冷たい表情だった──そんなことはない、と私には言えなかった。


 図面の端には、見覚えのない街の名前があった。

 私たちの住む街から、ずいぶん離れている。


「この家を出ていくのですか?」

「ええ。婚約がなくなったら、こちらの話を受けようと思っているの」

「でも、お父様たちが許すはずが……」

「ここに残って、何をするの? というか、あなたとユリウス様が婚約したら、私はこの家を追い出されると思うわよ」


 なんてこともないように、お義姉さまが言う。


 昨日のユリウス様なら、確かに、お義姉さまに席を外すよう言いそうだった。

 私と二人で過ごすために。


「では、家の支払いはどうするのですか?」


 お義姉さまが、私を見た。


「あら? 知ってしまったのね。そう、いつも私が払っていたの」

「そんなの、おかしい──」

「構わないわ。この家から出たら、もう関係ないもの」


 お義姉さまの指が、図面の上で止まった。


「今度は、自分のために使いたいのよ」


 私は図面を見た。

 窓の前に置く作業台も、裏庭で育てる薬草も、お義姉さまが自分で選んでいる。


 ──自分のために使いたい。

 当たり前のことだ。


「どうしてお義姉さまが出ていく……なんて話に?」

「それが一番いいでしょう?」

「…………困りますわ」


「そう? でも、私には関係ないわね」


 お義姉さまは、図面から顔を上げた。


「もう十分に面倒を見たわ」


 ──それも事実だった。

 私たちは、何も知らずにお義姉さまにおんぶ抱っこだったのだ。


 お義姉さま、そう言ってまたペンを動かし始めた。

 私は机の横に立ち尽くした。


(お義姉さまが払わなくなったら、あの請求書は誰が片づけるのだろう?)


 お父様? それとも、お母様?


 ──もしかして、この家は、お義姉さまがいなくなってしまったら相当まずいのでは?

 その嫌な予感は、翌朝、お母様の一言で確信に変わった。


***


「エルナ、何をぼんやりしているの。あなたが薬を作らなければ、うちは暮らしていけないのよ」


 翌日、朝食のパンをちぎりかけた私は、お母様を見た。


 ──では、もう少し大事にしたらどうですの?

 どれだけ、そう言い返したかっただろう。


「……朝食を食べてからでも、いいでしょう?」

「工房へ持っていけばいいでしょう。昨日の分も終わっていないそうじゃない」


 お母様はそう言って、自分の紅茶に砂糖を落とした。

 私はパンを一つ持って、席を立った。


 工房では、マルタに教わりながら材料を量り、すり潰し、何度もやり直した。

 ようやく一つ終わるころには、次の注文が届く。

 パンを思い出したのは、もう昼も過ぎてからだった。


 四日目には、晩餐の途中でユリウス様の使いが来た。

 明朝、領地へ発つ馬車に薬を積みたいという。


「明日の朝ですって? 今から用意しろというのですか?」

「ユリウス様は、エルナ様なら間に合わせてくれると」


 できませんわ、と言う前に、お父様が頷いた。


「分かった。娘に持たせると伝えてくれ」


 どうしてお父様が返事をするの!


 マルタに手伝ってもらい、薬を瓶に詰め終えたころには、屋敷の明かりはほとんど消えていた。

 翌朝、起きられずにいると、お母様が寝室まで来た。


「いつまで寝ているの。リリアだって、もう起きているわよ」


 私だって、昨日までの私の暮らしなら起きられますわ!


 五日目には、匙を握るだけで指が痛んだ。

 六日目には、お茶の誘いを断った。座っておしゃべりをする時間があるなら、寝たかった。


 綺麗なドレスも、素敵な婚約者も、もうどうでもよかった。

 早く七日間が終わってほしい。

 そればかり考えながら、私は釜をかき混ぜた。


 そして七日目の夜。


「エルナ、明日は朝から頼むぞ。今日、また薬の注文を引き受けてきた」


 お父様は、廊下ですれ違いざまにそう言った。

 返事も待たずに歩いていく背中を、私は見送った。


 明日は、もう私ではない。

 お義姉さまが工房に戻ってくる。


 ──戻ってきて、また、これをやらせるの?


 私は痛む指を開いたり、閉じたりした。

 私なら、あの新しい工房へ今すぐ逃げる。馬車がなければ、お父様の買った馬を奪ってでも逃げる。


 お義姉さまは、本当にそうするかもしれない。


 それなのに、この家の誰も、引き止めるどころか仕事を増やしている。

 ユリウス様まで一緒になって。


 ──皆様、一度まとめて、話を聞いてもらう必要がありますわね。


***


《エルナ視点》


 八日目の朝。

 元の身体に戻った私が、工房へ向かおうとしたときだった。


「──お義姉さま。今日は、こちらですわ!」


(は?)


 リリアに腕をつかまれ、応接間へ連れていかれた。

 そこには父と義母が待っていて、ほどなくユリウス様もやって来た。


 リリアは私を隣に座らせると、七日間の入れ替わりについて話し始めた。


「つまり、この一週間、あなたがエルナだったというの?」


 説明を聞いた義母が、私を振り返った。


「エルナ! リリアに何てことを──」

「私が頼んだのですわ!」


 リリアが、私をかばうように身を乗り出した。


「ですから、その話はもういいの。そんなことより──お義姉さまをもっといたわってください!」

「リリア、落ち着きなさい」

「落ち着いていられませんわ! たった七日間で、私、死ぬかと思いましたもの!」


 リリアは椅子から立ち上がった。


「釜をかき混ぜて、薬草をすり潰して、ようやく終われば次の注文。食事の途中でも呼び出されて、寝ようとすれば急ぎの薬! 疲れたと言えば、姉なのだから、婚約者なのだから、家族なのだからと!!」


 だんだんヒートアップしていくリリア。

 指を折って数え上げ、父と義母とユリウス様を順番に見た。


「そんなに色々あるなら、身体も三つくらい用意してください!」


 私は口を開きかけた。

 けれど、その前にリリアが父へ向き直る。


「お父様もです!」


 父が、持ち上げかけた茶器を戻した。


「自分の馬くらい、自分のお金で買ってください! お義姉さまが薬を作らないと払えないのでしたら、買わなければいいでしょう!」

「いや、しかし伯爵家の面子を保つためには──」

「お母様も! 私が頭痛だと言えばお義姉さまに薬を持ってこさせるくせに、お義姉さまが休みたいと言ったら、どうしてため息をつくのです!」


 義母が、困ったように眉を下げた。


「あなたは身体が弱いから、心配なのよ」

「七日間、私の身体で過ごしたお義姉さまは、とても元気でしたわ!」


 今度は全員の視線が私に集まった。


「……ええ。久々によく眠れたものだから」


 食事も温かかったし、お茶を飲んでいる途中に呼び出されることもなかった。

 頭痛は最初の朝だけで、あとは毎朝、すっきりと目が覚めた。


「ほら、見てください!」


 リリアが、まるで自分の手柄のように言った。


「リリア」


 ユリウス様が立ち上がった。

 優しく微笑んで、リリアへ手を伸ばす。


「大変だったね。慣れない仕事をさせられて、可哀想に。だが、エルナは慣れているんだ。君が心配することは──」

「あなたはお義姉さまを何だと思ってるんですの?」


 彼の手が止まった。


「お金も払わず、勝手によそへ売る約束までして。私が材料代の話をしたら、嫌そうな顔をしましたわね」

「あれは、君だとは知らなかったから」

「お義姉さま相手なら、よかったと?」


 ユリウス様は答えなかった。

 リリアは、伸ばされたままの手から離れた。


「あなたみたいなド畜生に、お義姉さまは渡せませんわ!」


 ユリウス様が目を見開く。


「ユリウス様! あなたには、お義姉さまとの婚約も破棄してもらいますわ。あなたにお義姉さまは勿体ないですわ!」

「え、エルナ……?」


 彼は助けを求めるように、私を見たが……。


「……ええっと。婚約解消の準備、もう進めているのでしょう?」


 そう答えるとユリウス様は言葉を失った。

 一方のリリアは、もう彼の顔など見ていなかった。


「お義姉さまは凄いんですわ。私が一日かかっても作れない薬を、何種類も作って! あの難しい本に書いてあることも、全部分かっているの!」


 リリアが、私の手を両手で握った。


「私なんて、材料を量るところから、何度もやり直したのですわ。お義姉さまが簡単そうに作るから、簡単なのだと思っていましたけれど、全然、まったく、これっぽっちも簡単ではありませんでした!」


 握る手に、ますます力がこもる。


「それでこの家の支払いまでして、あなたの領地の薬まで作って! 皆様、お義姉さまがいなかったら、どうするつもりなの!」

「リリア。もう、そのくらいで……」

「まだですわ!」


 私まで叱られてしまった。


「だいたい、お義姉さまは優しすぎますの! 私なんて、たった七日間で、誰かに何か頼まれるだけで怒鳴りたくなりましたわ。なのにお義姉さまは、私があんなに何度も邪魔をしても、話を聞いてくれて」


 リリアは、頬を赤くして私を見つめている。


「頭もよくて、仕事もできて、そのうえ優しくて……世界一、自慢のお義姉さまですわ!」


 あんなに欲しがっていた婚約者の前で、リリアは私の自慢をしていた。

 私よりも、ずっと得意そうな顔をして。


「……そんなに褒められると、照れてしまうわ」

「もっと褒められるべきなのです!」


 私は、困って笑ってしまった。


 すると、リリアの口が止まった。

 袖をつかんでいた指が、私の手へ移る。


「……だから、お義姉さま」


 さっきまでの勢いが嘘のような、小さな声だった。


「出ていかないでください」


 私はリリアを見上げた。


「……でも。ここにいたら、また同じことになるのではない?」

「させませんわ! また無理を言ったら、私が怒りますもの。お父様にも、お母様にも!」


 義母が何か言いかけると、リリアは振り返ってにらんだ。

 その口が閉じるまで見届けてから、私に向き直る。


「私も、もう、仕事の邪魔はしません。ドレスも髪飾りも、勝手に欲しがりませんから」


 そこまで言って、リリアはうつむいた。


「……いっぱい取ってしまって、ごめんなさい」


 私の手を握る指が、震えていた。


「お義姉さまになれば、何でも好きにできると思ったのです。綺麗なドレスを着て、ユリウス様と踊って……あんなに大変だなんて、知らなくて」


 声がかすれた。

 リリアは一度、唇を結んでから、また口を開いた。


「知ろうともしなくて、ごめんなさい……」


 涙が一つ、頬を伝った。

 慌てて目をこすろうとしたので、その手を止める。


「こすったら、赤くなるわよ」


 ハンカチを取り出して、濡れた頬を拭いた。


 断れば泣いて、最後には欲しいものを持っていく。

 いつもは、そんな子だった。


 今日のリリアは、私の手を握ったまま、何度もごめんなさいと言っている。


 私が大切にされないことを、私より怒って。

 あんなに憧れていたユリウス様まで、嫌いだと言い切って。



「…………そんなに泣きつかれたら、出ていけないじゃない」


 リリアが顔を上げた。


「本当ですの?」

「ええ。でも、今までどおりには働かないわよ」

「もちろんですわ」


 リリアが、鼻息荒く頷いた。


(まさか、こんなことになるなんてね)


 入れ替わりは、最初はちょっとした嫌がらせのつもりだった。

 出ていく前に、ちょっとだけ苦労するところを近くで見てやりたいみたいな。


(この子、根は素直なのよね)


「お義姉さまの代わりに、そこのド畜生が働けばいいんですわ!」


 リリアが、ユリウス様を無遠慮に指差した。



 ──私はとうとう吹き出してしまった。


「お義姉さま?」


 リリアは泣きながら、唇を尖らせた。


「ごめんなさい。あなたに意地悪をしたつもりだったのに、こんなに庇ってもらえるなんて」

「……意地悪?」

「ええ。入れ替われば、少しくらい嫌な気持ちになるかと思って」

「それどころではありませんでしたわ!!」


 私は笑いながら頷いた。


「そうね。ごめんなさい」

「……お義姉さまは、謝らなくていいんですの」


 リリアが、私の袖をつかんだ。


「私のほうが、ずっとひどいことをしていましたもの。それなのに、ここにいてくれると言って……」

「これから仲良くしてくれたら、嬉しいわ」


 私はリリアを抱き寄せた。

 さっきまであれほど騒いでいた妹が、腕の中でおとなしくなる。


「明日は、一緒にお茶を飲みましょう。温かいうちに」

「……お菓子も、半分ずつですわ」

「ええ。そうしましょう」


 頭を撫でると、リリアが私の肩に顔を埋めた。


「そんなに簡単に許してしまって、いいんですの?」

「また何か欲しくなったの?」

「……お義姉さまに、もっと甘えたくなりましたわ」


 背中に回された腕に、力がこもった。

 私が抱きしめ返すと、リリアは顔を隠したまま声を上げた。



「やっぱりお姉様はずるいですわ!!」

【作者からお願い!!】


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