「お姉さまずるい!」が口癖の義妹と、望みどおりに入れ替わってみた結果
「お義姉さまずるい!」
その声に、私は錬金釜をかき混ぜる手を止めた。
扉の前には、義妹のリリアが頬を膨らませて立っている。
(──今月、何度目だったかしら?)
「今度は何?」
「今夜の夜会、ユリウス様にエスコートしてもらうのでしょう? 私には、まだ婚約者もいないのに」
「リリアには、この前も縁談が来ていたじゃない」
「あの方、お義姉さまの婚約者より背が低かったもの」
私は釜の中を確かめてから、再び匙を動かした。
父の再婚で妹になったリリアは、私のものを欲しがる。
自分のドレスを仕立てたばかりでも、私のドレスが届けばそちらが欲しくなる。譲っても一度袖を通したきりで、次には私の髪飾りをねだっていた。
断れば泣き出し、義母が来て、最後には父まで「姉なのだから」と言う。
そうして譲ってきたものは、もう数える気にもなれない。
そして今度は、とうとう婚約者の番らしい。
「お義姉さまは伯爵家の跡取りで、錬金術師としても有名で、そのうえ婚約者まで素敵な方でしょう?」
言いながら、リリアが机の上の茶器に手を伸ばした。
一口飲み、顔をしかめて戻す。
「お義姉さまばかり、いいものを持っているんだもの」
「……そう」
「私がお義姉さまだったらよかったのに」
釜の中で、銀色の泡が一つ弾けた。
リリアの言葉に、私は棚の上へ目を向けた。
先週、ようやく完成した薬がある。
「──なら、入れ替わってみる?」
二本の小瓶を取り出すと、リリアが身を乗り出した。
「入れ替わるって、本当に?」
「ええ。七日間、お互いの身体を交換できるの。八日目の朝には元に戻るわ」
妹は小瓶と私の顔を交互に見た。
「私になったら、私の代わりをしてもらうのよ?」
「分かっていますわ。今夜は私がユリウス様の隣に座るのでしょう?」
「……それだけではないのだけれど」
「お義姉さまこそ、あとで返してと言わないでくださいね」
リリアは早くも瓶の栓を抜いていた。
私は釜の火を落とし、外した前掛けを椅子の背に掛けた。
「では、七日間。よろしくね」
二人で薬を飲み干すと、視界が揺れた。
***
《リリア視点》
──鏡の前で、私は三度も回った。
今日から七日間、私はエルナお義姉さまだ。
腰まで伸びた銀色の髪。すんなりとした手足。
お義姉さまの紫色のドレスは、私が着るとこんなに似合う。
「エルナ。支度ができたのなら、こちらへ」
お母様に呼ばれ、私は得意げに振り返った。
(このドレスに合わせる宝石でも選んでくれるのかしら?)
「これ、今月の請求書よ。いつものように、工房の売上から払っておいてちょうだい」
差し出された紙の束を、私は見下ろした。
一番上には、先週訪れた仕立て屋の名前がある。
「……これは、リリアのドレス代では?」
「そうよ。あの子によく似合っていたでしょう?」
「でも、お父様が買ってくれたはずではありませんか」
「お父様が買ったのだから、この家に請求が来るのは当然でしょう」
それは分かる。
分からないのは、どうしてそれをお義姉さまが払うのか、ということだ。
「お父様に渡せばいいのでは?」
「エルナ。あなたの薬が売れているのでしょう? 家族のお金くらい、出し惜しみしないでちょうだい」
お母様はもう、話が済んだように背を向けていた。
私は慌てて紙をめくる。馬、酒、首飾り。その次は私の靴。帽子。私の……。
「それから、帰ってきたらリリアの部屋へ薬を届けておいて。頭が痛いそうよ」
「……自分で取りに行かせればいいのに」
「あなたは姉なのだから、そのくらいして当然でしょう?」
──お母様は、何を言っているの?
振り返ったお母様は、私に向けたことのない冷たい顔をしていた。
私は口をつぐむしかなかった。
──私が頭痛を訴えたときは、あんなに優しくしてくれるのに。
手元の請求書を、もう一度見る。
新しいドレスを欲しがった私に、お父様は「好きなものを選びなさい」と笑ってくれた。
──そのお金は、お義姉さまが払っていたの?
***
迎えの馬車が来たと聞いて、私は請求書の束を机に置いた。
もういい。今夜はユリウス様と一緒なのだ。
あの方は、私が笑えば「可愛いね」と褒めてくれる。
今日はその隣に、婚約者として座れるのだ。
「お待たせしました」
精いっぱい微笑んで馬車へ乗り込む。
ユリウス様は私のドレスを見ることもなく、一枚の紙を差し出した。
「来月は、畑に使う薬を倍作ってくれ」
「……薬?」
「隣の領主が欲しがっていてね。売ってやることにしたんだ。必要な数はそこに書いてある」
受け取った紙には、薬の名前と瓶の本数が並んでいた。
こんなにたくさん、作らせるの?
「それでしたら、お義……私がもらう代金も、増やしてくれるのですわよね?」
ユリウス様が顔を上げた。
「代金?」
「薬を作るのは、私でしょう?」
「君は僕から金を取るつもりなのか?」
自分はよそに売るくせに、私にはただで作れと?
「材料を買うお金も必要ですし……」
「それなら売上の一部を渡すよ。余った分は、きちんと返してくれ」
「作る手間の分は?」
「エルナ」
思わず背筋を伸ばしてしまった。
「いずれ君も嫁いでくる家だろう。僕を支えるのが、そんなに嫌なのか?」
嫌ですわ、と言いかけた。
けれど、こちらを見る彼の顔が怖くて、言葉を呑み込む。
こんな方だったかしら。
いつもは私が何かねだると、いつも笑って頷いてくれたのに。
「……今夜くらい、薬の話はやめませんこと?」
気を取り直して、彼の腕に手を添える。
いつもなら、それだけで機嫌を直してもらえた。
なのに──
「手を離してくれ。君を愛するつもりはないと、前にも言っただろう」
見たこともない顔をしていた。
ユリウス様は私の手を払い、窓の外に目を向けた。
「そういえば、リリアは来ないのか?」
「……頭が痛いそうです」
「可哀想に。帰りに何か買っていこう。あの子は甘いものが好きだったね」
──ええ、大好きです。
今、あなたの隣にいる私が。
ユリウス様は、こちらを見ようともしなかった。
綺麗に着飾った膝の上には、薬の注文書が残っている。
私はそれを握り締めた。
ユリウス様のことが、ちょっぴり嫌いになりそうだった。
***
翌朝、私は侍女に三度起こされて、ようやく寝台から身体を起こした。
昨夜は一度も踊っていない。それなのに、立ち上がると足が痛んだ。
ユリウス様に連れ回され、紹介されるたびに「あの薬を作ってほしい」「次はいつ届けてもらえる」と囲まれた。やっと座れると思えば、また別の誰かに呼び止められる。
お義姉さまが夜会で人気なのは、知っていたけれど。
(あれでは、出張販売ではありませんか……)
工房へ行くと、助手の老女マルタが、空の薬瓶を並べて待っていた。
「お嬢様、まずは東の村へ送る分を。井戸の水が濁っているそうで」
「昨日、領地には薬を送ったでしょう?」
「あれは畑の薬です」
畑にも井戸にも薬が要るなんて、ずいぶん面倒な領地だ。
処方箋を開くと、材料の名前から分からなかった。
赤い草も、青い石も、棚にはいくらでもある。
「これを混ぜればいいのね?」
「お嬢様、待ってください! それは布を染めるためのものですよ!」
危うく井戸を真っ青にするところだった。
マルタに叱られながら材料を量り、すり潰す。
途中で面倒になってまとめて釜に入れようとしたら、手首をつかまれた。
「お嬢様、今日はどうしたのですか? 材料を一度に入れるなんて……」
「同じ釜に入るのに?」
マルタが、まじまじと私の顔を見た。
「順番を守らなければ薬にならないと、いつも言っているでしょう?」
そんなこと、私に言われても。
処方箋に書かれた順番には、ちゃんと意味があったらしい。
「そ、そうでしたわね──」
私は口を尖らせ、まとめてつかんでいた材料を台に戻した。
どうせ全部入れるのに、いちいち面倒ですわね……。
どうしてお義姉さまは、こんな仕事が楽しいのだろう。
お茶にも呼ばれず、昼食も冷め、指まで痛い。
お母様に休みたいと訴えると、扇の向こうからため息が返ってきた。
「リリアは頭痛で部屋にいるのよ。あなたまで困らせないで」
私はその足で、自分の部屋へ乗り込んだ。
窓辺の机に、私の顔をしたお義姉さまが座っている。机いっぱいに紙を広げ、何やら書き込んでいた。
「頭痛ではなかったのですか!」
「朝はね。よく眠ったら治ったわ」
お義姉さまは、また紙に目を落とした。
文句を言おうと近づくと、そこには建物の間取りが描かれていた。棚や机の位置まで、細かく書き込まれている。
「……何をしているの?」
「新しい工房の支度よ」
お義姉さまが、図面をこちらへ向けた。
「この窓の前に作業台を置こうと思って。裏庭では薬草も育てられるの」
「新しい工房?」
「ええ。辺境伯様から、誘われていたの。どうせユリウス様との婚約も、そのうち破棄されるでしょうし。そうなってから慌てないように、今のうちに準備しておこうと思って」
婚約は、そのうち破棄される。
思い出すのは、昨日のユリウス様の冷たい表情だった──そんなことはない、と私には言えなかった。
図面の端には、見覚えのない街の名前があった。
私たちの住む街から、ずいぶん離れている。
「この家を出ていくのですか?」
「ええ。婚約がなくなったら、こちらの話を受けようと思っているの」
「でも、お父様たちが許すはずが……」
「ここに残って、何をするの? というか、あなたとユリウス様が婚約したら、私はこの家を追い出されると思うわよ」
なんてこともないように、お義姉さまが言う。
昨日のユリウス様なら、確かに、お義姉さまに席を外すよう言いそうだった。
私と二人で過ごすために。
「では、家の支払いはどうするのですか?」
お義姉さまが、私を見た。
「あら? 知ってしまったのね。そう、いつも私が払っていたの」
「そんなの、おかしい──」
「構わないわ。この家から出たら、もう関係ないもの」
お義姉さまの指が、図面の上で止まった。
「今度は、自分のために使いたいのよ」
私は図面を見た。
窓の前に置く作業台も、裏庭で育てる薬草も、お義姉さまが自分で選んでいる。
──自分のために使いたい。
当たり前のことだ。
「どうしてお義姉さまが出ていく……なんて話に?」
「それが一番いいでしょう?」
「…………困りますわ」
「そう? でも、私には関係ないわね」
お義姉さまは、図面から顔を上げた。
「もう十分に面倒を見たわ」
──それも事実だった。
私たちは、何も知らずにお義姉さまにおんぶ抱っこだったのだ。
お義姉さま、そう言ってまたペンを動かし始めた。
私は机の横に立ち尽くした。
(お義姉さまが払わなくなったら、あの請求書は誰が片づけるのだろう?)
お父様? それとも、お母様?
──もしかして、この家は、お義姉さまがいなくなってしまったら相当まずいのでは?
その嫌な予感は、翌朝、お母様の一言で確信に変わった。
***
「エルナ、何をぼんやりしているの。あなたが薬を作らなければ、うちは暮らしていけないのよ」
翌日、朝食のパンをちぎりかけた私は、お母様を見た。
──では、もう少し大事にしたらどうですの?
どれだけ、そう言い返したかっただろう。
「……朝食を食べてからでも、いいでしょう?」
「工房へ持っていけばいいでしょう。昨日の分も終わっていないそうじゃない」
お母様はそう言って、自分の紅茶に砂糖を落とした。
私はパンを一つ持って、席を立った。
工房では、マルタに教わりながら材料を量り、すり潰し、何度もやり直した。
ようやく一つ終わるころには、次の注文が届く。
パンを思い出したのは、もう昼も過ぎてからだった。
四日目には、晩餐の途中でユリウス様の使いが来た。
明朝、領地へ発つ馬車に薬を積みたいという。
「明日の朝ですって? 今から用意しろというのですか?」
「ユリウス様は、エルナ様なら間に合わせてくれると」
できませんわ、と言う前に、お父様が頷いた。
「分かった。娘に持たせると伝えてくれ」
どうしてお父様が返事をするの!
マルタに手伝ってもらい、薬を瓶に詰め終えたころには、屋敷の明かりはほとんど消えていた。
翌朝、起きられずにいると、お母様が寝室まで来た。
「いつまで寝ているの。リリアだって、もう起きているわよ」
私だって、昨日までの私の暮らしなら起きられますわ!
五日目には、匙を握るだけで指が痛んだ。
六日目には、お茶の誘いを断った。座っておしゃべりをする時間があるなら、寝たかった。
綺麗なドレスも、素敵な婚約者も、もうどうでもよかった。
早く七日間が終わってほしい。
そればかり考えながら、私は釜をかき混ぜた。
そして七日目の夜。
「エルナ、明日は朝から頼むぞ。今日、また薬の注文を引き受けてきた」
お父様は、廊下ですれ違いざまにそう言った。
返事も待たずに歩いていく背中を、私は見送った。
明日は、もう私ではない。
お義姉さまが工房に戻ってくる。
──戻ってきて、また、これをやらせるの?
私は痛む指を開いたり、閉じたりした。
私なら、あの新しい工房へ今すぐ逃げる。馬車がなければ、お父様の買った馬を奪ってでも逃げる。
お義姉さまは、本当にそうするかもしれない。
それなのに、この家の誰も、引き止めるどころか仕事を増やしている。
ユリウス様まで一緒になって。
──皆様、一度まとめて、話を聞いてもらう必要がありますわね。
***
《エルナ視点》
八日目の朝。
元の身体に戻った私が、工房へ向かおうとしたときだった。
「──お義姉さま。今日は、こちらですわ!」
(は?)
リリアに腕をつかまれ、応接間へ連れていかれた。
そこには父と義母が待っていて、ほどなくユリウス様もやって来た。
リリアは私を隣に座らせると、七日間の入れ替わりについて話し始めた。
「つまり、この一週間、あなたがエルナだったというの?」
説明を聞いた義母が、私を振り返った。
「エルナ! リリアに何てことを──」
「私が頼んだのですわ!」
リリアが、私をかばうように身を乗り出した。
「ですから、その話はもういいの。そんなことより──お義姉さまをもっといたわってください!」
「リリア、落ち着きなさい」
「落ち着いていられませんわ! たった七日間で、私、死ぬかと思いましたもの!」
リリアは椅子から立ち上がった。
「釜をかき混ぜて、薬草をすり潰して、ようやく終われば次の注文。食事の途中でも呼び出されて、寝ようとすれば急ぎの薬! 疲れたと言えば、姉なのだから、婚約者なのだから、家族なのだからと!!」
だんだんヒートアップしていくリリア。
指を折って数え上げ、父と義母とユリウス様を順番に見た。
「そんなに色々あるなら、身体も三つくらい用意してください!」
私は口を開きかけた。
けれど、その前にリリアが父へ向き直る。
「お父様もです!」
父が、持ち上げかけた茶器を戻した。
「自分の馬くらい、自分のお金で買ってください! お義姉さまが薬を作らないと払えないのでしたら、買わなければいいでしょう!」
「いや、しかし伯爵家の面子を保つためには──」
「お母様も! 私が頭痛だと言えばお義姉さまに薬を持ってこさせるくせに、お義姉さまが休みたいと言ったら、どうしてため息をつくのです!」
義母が、困ったように眉を下げた。
「あなたは身体が弱いから、心配なのよ」
「七日間、私の身体で過ごしたお義姉さまは、とても元気でしたわ!」
今度は全員の視線が私に集まった。
「……ええ。久々によく眠れたものだから」
食事も温かかったし、お茶を飲んでいる途中に呼び出されることもなかった。
頭痛は最初の朝だけで、あとは毎朝、すっきりと目が覚めた。
「ほら、見てください!」
リリアが、まるで自分の手柄のように言った。
「リリア」
ユリウス様が立ち上がった。
優しく微笑んで、リリアへ手を伸ばす。
「大変だったね。慣れない仕事をさせられて、可哀想に。だが、エルナは慣れているんだ。君が心配することは──」
「あなたはお義姉さまを何だと思ってるんですの?」
彼の手が止まった。
「お金も払わず、勝手によそへ売る約束までして。私が材料代の話をしたら、嫌そうな顔をしましたわね」
「あれは、君だとは知らなかったから」
「お義姉さま相手なら、よかったと?」
ユリウス様は答えなかった。
リリアは、伸ばされたままの手から離れた。
「あなたみたいなド畜生に、お義姉さまは渡せませんわ!」
ユリウス様が目を見開く。
「ユリウス様! あなたには、お義姉さまとの婚約も破棄してもらいますわ。あなたにお義姉さまは勿体ないですわ!」
「え、エルナ……?」
彼は助けを求めるように、私を見たが……。
「……ええっと。婚約解消の準備、もう進めているのでしょう?」
そう答えるとユリウス様は言葉を失った。
一方のリリアは、もう彼の顔など見ていなかった。
「お義姉さまは凄いんですわ。私が一日かかっても作れない薬を、何種類も作って! あの難しい本に書いてあることも、全部分かっているの!」
リリアが、私の手を両手で握った。
「私なんて、材料を量るところから、何度もやり直したのですわ。お義姉さまが簡単そうに作るから、簡単なのだと思っていましたけれど、全然、まったく、これっぽっちも簡単ではありませんでした!」
握る手に、ますます力がこもる。
「それでこの家の支払いまでして、あなたの領地の薬まで作って! 皆様、お義姉さまがいなかったら、どうするつもりなの!」
「リリア。もう、そのくらいで……」
「まだですわ!」
私まで叱られてしまった。
「だいたい、お義姉さまは優しすぎますの! 私なんて、たった七日間で、誰かに何か頼まれるだけで怒鳴りたくなりましたわ。なのにお義姉さまは、私があんなに何度も邪魔をしても、話を聞いてくれて」
リリアは、頬を赤くして私を見つめている。
「頭もよくて、仕事もできて、そのうえ優しくて……世界一、自慢のお義姉さまですわ!」
あんなに欲しがっていた婚約者の前で、リリアは私の自慢をしていた。
私よりも、ずっと得意そうな顔をして。
「……そんなに褒められると、照れてしまうわ」
「もっと褒められるべきなのです!」
私は、困って笑ってしまった。
すると、リリアの口が止まった。
袖をつかんでいた指が、私の手へ移る。
「……だから、お義姉さま」
さっきまでの勢いが嘘のような、小さな声だった。
「出ていかないでください」
私はリリアを見上げた。
「……でも。ここにいたら、また同じことになるのではない?」
「させませんわ! また無理を言ったら、私が怒りますもの。お父様にも、お母様にも!」
義母が何か言いかけると、リリアは振り返ってにらんだ。
その口が閉じるまで見届けてから、私に向き直る。
「私も、もう、仕事の邪魔はしません。ドレスも髪飾りも、勝手に欲しがりませんから」
そこまで言って、リリアはうつむいた。
「……いっぱい取ってしまって、ごめんなさい」
私の手を握る指が、震えていた。
「お義姉さまになれば、何でも好きにできると思ったのです。綺麗なドレスを着て、ユリウス様と踊って……あんなに大変だなんて、知らなくて」
声がかすれた。
リリアは一度、唇を結んでから、また口を開いた。
「知ろうともしなくて、ごめんなさい……」
涙が一つ、頬を伝った。
慌てて目をこすろうとしたので、その手を止める。
「こすったら、赤くなるわよ」
ハンカチを取り出して、濡れた頬を拭いた。
断れば泣いて、最後には欲しいものを持っていく。
いつもは、そんな子だった。
今日のリリアは、私の手を握ったまま、何度もごめんなさいと言っている。
私が大切にされないことを、私より怒って。
あんなに憧れていたユリウス様まで、嫌いだと言い切って。
「…………そんなに泣きつかれたら、出ていけないじゃない」
リリアが顔を上げた。
「本当ですの?」
「ええ。でも、今までどおりには働かないわよ」
「もちろんですわ」
リリアが、鼻息荒く頷いた。
(まさか、こんなことになるなんてね)
入れ替わりは、最初はちょっとした嫌がらせのつもりだった。
出ていく前に、ちょっとだけ苦労するところを近くで見てやりたいみたいな。
(この子、根は素直なのよね)
「お義姉さまの代わりに、そこのド畜生が働けばいいんですわ!」
リリアが、ユリウス様を無遠慮に指差した。
──私はとうとう吹き出してしまった。
「お義姉さま?」
リリアは泣きながら、唇を尖らせた。
「ごめんなさい。あなたに意地悪をしたつもりだったのに、こんなに庇ってもらえるなんて」
「……意地悪?」
「ええ。入れ替われば、少しくらい嫌な気持ちになるかと思って」
「それどころではありませんでしたわ!!」
私は笑いながら頷いた。
「そうね。ごめんなさい」
「……お義姉さまは、謝らなくていいんですの」
リリアが、私の袖をつかんだ。
「私のほうが、ずっとひどいことをしていましたもの。それなのに、ここにいてくれると言って……」
「これから仲良くしてくれたら、嬉しいわ」
私はリリアを抱き寄せた。
さっきまであれほど騒いでいた妹が、腕の中でおとなしくなる。
「明日は、一緒にお茶を飲みましょう。温かいうちに」
「……お菓子も、半分ずつですわ」
「ええ。そうしましょう」
頭を撫でると、リリアが私の肩に顔を埋めた。
「そんなに簡単に許してしまって、いいんですの?」
「また何か欲しくなったの?」
「……お義姉さまに、もっと甘えたくなりましたわ」
背中に回された腕に、力がこもった。
私が抱きしめ返すと、リリアは顔を隠したまま声を上げた。
「やっぱりお姉様はずるいですわ!!」
【作者からお願い!!】
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