第2話 勇者とアレックス
遅くなりました。
兜を外し、私の正体を明かした。
たったそれだけの事に、緊張で喉が渇いてしまう。
これほど大胆な行動をしたのは、生まれて初めてだった。
今もアレックスさんは少し口を開けて、固まっている。
私が3年前、選抜試験で立ち会ったカリーナだと彼は思い出してくれただろうか?
もしかしたら、私を覚えてないかもしれない。
だけど私は彼を忘れる事は1日たりとも無かった。
アントネラが貴方の妻だと知り、私は秘めていた計画を一気に進めたのだ。
もう後戻りは出来ない、彼と共に歩む為に…
…ん?
数分経ったのに、アレックスさんは何も言わない。
『貴女は?』とか、
『…あの時の』みたいな反応が欲しいけど。
気まずい空気だ。
こっちから冗談や軽口を叩ける雰囲気じゃない。
ましてや、私にそんなスキルは無い、どうしたら良いのだろう?
実際、伝えなくてはならない事が多すぎて、整理がつかない。
「…勇者様、いつから妻はマンフレッドの?」
「…そこからですか」
アレックスさんの言葉で我に返る。
失踪した妻に会うのが目的で此処まで来たのだ、私に会うためじゃない。
「分からない事ばかりで…」
アレックスさんの瞳は、先程と一変していた。
妻との感動の再会は、悪夢へと塗り替えられてしまったんだ。
アントネラの裏切りで…
「アントネラの指輪を見たのですね」
「ええ」
「お辛いでしょう」
アントネラが填めていた指輪。
1年程前、マンフレッドが贈ってくれたと、嬉しそうにアントネラは言っていた。
きっと指輪に彫られた文字から、アントネラは自分が貴族になれると思っただろう。
だけどそれは単なる妾、いや情婦としての証でしかない。
私の母がそうだったように。
「…[マンフレッド第三夫人]」
「…アレックスさん」
「俺の妻…だったんですよ…」
指輪に彫られていた言葉を呟くアレックスさん。
アントネラの填めていた指輪には、[第三夫人]の文字と、マンフレッドの実家、ゲスター家の家紋が彫られていた。
妻を娶る時、夫が贈る指輪は、本来永遠の誓いを意味する物で、何人もの人に渡したりしない。
それに貴族は本妻が一番の権力を持つ。
貴族は家同士の結び付きが重要視される。
本妻は両家の親族から認められた人物でなくてはならないのだ。
次の妻を娶るのも無い話ではない。
本妻との間に嫡子が生まれなかったり、病気や怪我で役割を果たせなくなった等の理由だ。
だがマンフレッドには本妻との間に嫡子を始め、5人も子供が居る。
だからアントネラがゲスター男爵の家族として迎えられる事は無い。
本妻から疎まれ、主人が飽きたらお終い。
アントネラは第三夫人の持つ意味を知らなかったのだろう。
「私の指輪はどこにあったのですか?」
「マンフレッドの部屋にありました」
「私の指輪がなぜマンフレッドの?
アントネラの部屋では無かったのですか?」
「それは…分かりません」
瀕死の重傷を負ったアントネラとマンフレッド。
私は二人共死ぬと思い、私物を集めておくよう仲間に命じた。
普段はマンフレッドの部下がしていた役目だったが、今回の戦いで、そいつも魔獣に殺されたから、私が代わりに行った。
「指輪があったから、アントネラが貴方の妻だと分かったのです」
「…そう聞いてます」
アントネラが使っていた部屋には高価な衣服と下着。
たくさんの化粧品とマンフレッドからの手紙があった。
そしてあの指輪は、マンフレッドの部屋に置かれた小箱に入っていた。
まさか、それがアントネラの指輪だと最初は分からず、もう少しで捨てる所だった。
指輪に彫られていた[アントネラ]そして[アレックス]の名前に、もしやと思い、私は国内で行方不明の人物を調べさせ、結果アントネラの父親へ辿り着いた。
「どうして…なぜアントネラは…」
一通りの説明を聞き終えると、苦しそうにアレックスさんは呻いた。
想像を絶する苦しみだろう。
失踪していた妻。
変わり果てた姿。
単なる浮気では済まない、貴族の妻になっていたんだから。
「なぜ…どうしてアントネラは討伐隊に…」
「…それは」
次はその話をしよう。
私にも責任の一端はあるかもしれない。
アントネラが偽名で討伐隊に加わり、アレックスさんの妻だったなんて、私は知らなかった。
「3年前、私の世話をする為にアントネラさんは討伐隊に加わりました」
「勇者様の世話を?」
「そうです」
「意味が分からない…」
彼は混乱した表情を浮かべる。
そこを理解して貰うには、私の秘密を教えなければならない。
私がどうして、勇者カリムランと名乗り、女である事を隠していたか。
「私はラスール伯爵家の三女に生まれました」
「ラスール伯爵?」
「ええ」
ラスール伯爵家は王国の名門貴族。
だが、私の母は平民の冒険者だった。
ある日、父が自領の見回りで出向いた時、母に手を付け、私が生まれた。
父には本妻と妾の間に子供が大勢おり、私も妾の子供として、育った。
だが私が3歳の時、母は伯爵から手切れ金を渡され屋敷を追い出された。
追い出された理由は分からない。
だが母は冒険者時代、娼婦に近い仕事をしていたそうで、それを周りから知られる前に、伯爵家が手を打ったのだろう。
本来なら、私も母と一緒に追い出されていただろう。
だが母は美しかったので、その血を引く私は伯爵家の政略結婚に使える道具と考えられただけ。
実際伯爵家で誰からも愛された記憶はない。
「神託で勇者になった時、久しぶりに会った父は言いました、
『お前は男となり、勇者カリムランとして活動しろ』と」
「何故ですか、勇者が伯爵家の血筋なら、それは素晴らしい栄誉なのでは?」
「確かに」
普通はそう考えるだろう。
しかし父は狡猾で狭量、卑怯で好色なクズ人間、常識なんか通じない。
ラスール伯爵家にカリムランなる人間は居ない。
適当な人物をでっち上げ、伯爵家に累する者と届けた。
「私の素性を隠し、架空のカリムランを勇者に仕立て上げた方が伯爵家の名誉と金になる。
そう考えたのです」
「…やはり意味が分かりません」
「そうですよね」
アレックスさんがそう思うのは当然だろう。
いくらこの国の貴族はクズが多くても、これは酷すぎる。
「ラスール伯爵家は代々男尊女卑の家なんです。
女が勇者なんて、家の誇りが許さなかったんでしょう」
「…酷い、女性であろうと関係ない。
貴女は素晴らしい勇者なのに」
「い…いえ」
アレックスさんの真剣な眼差し、息が詰まりそうになる。
私なんかより、彼の方が数段素晴らしい戦士なのだから。
「私は全身を鎧で隠すよう言われました、素顔を決して人目に晒さぬようキツく厳命されて」
「それで全身を鎧で?」
「ええ、どんなに戦いで血や汗に汚れても、人目の前では決して鎧を外す事は許されませんでした」
「そんなの出来る筈ない…」
「言う通り出来る筈ありませんよ。
だから私の世話をする為の従者が必要だったんです、同じ女で秘密を守れる人間が…」
「それが…まさか」
「はい、貴女の奥さんアントネラです」
「なんて事だ…」
アレックスさんは言葉を失っている。
「でも、どうやってアントネラは従者になれたんですか?
そんな伝手が妻にあったなんて信じられない」
「マンフレッドが連れて来たのです、
『勇者の従者にうってつけの女だ』と」
「またマンフレッドですか」
「…はい」
私がアントネラを指名して選んだ訳ではない。
単に身の回りの世話をしてくれる人間が必要だったから。
人並みの能力があれば良かった。
「その…マンフレッドとは何者ですか?」
「ラスール伯爵家の寄り子、ゲスター男爵家の嫡男です。
私を見張る為、伯爵家から派遣された男でした」
「見張る?」
「私が周りに正体を明かしたりしないかです」
「…なるほど」
アレックスさんは静かに頷いた。
以前より凛々しさが増している気がする…
と…いけない、私は何を考えてる。
「妻は…そのどんな様子でした?」
「どんな様子とは?」
「その…沈み込むとか、ふさぎ込んでいたとか…」
「ああ」
きっとアントネラがマンフレッドに攫われたり、騙されて討伐隊に連れて来たと思っているのか、でも…
「凄く生き生きしてました」
「…う」
正直に答えるべきでは無かったかもしれないが、事実だ。
ここで嘘を吐いても、遅かれ早かれ周りの人間からアントネラの真実が知られてしまうだろう。
「彼女は自分をアンと名乗ってました、きっと違う偽名ではバレると思ったんでしょうね」
「…アン、妻の愛称です」
「そうですか…」
慣れ親しんだ名前なら、不意に呼ばれても問題ないと思ったんだろう。
違和感は無かった。
「今更ですが、私に正体を明かしても良いのですか?」
「大丈夫ですよ」
もう心配は要らない。
マンフレッドは死んだ。私を見張る人間は討伐隊に居なくなったのだ。
「伯爵家が貴女に害を成したりとか…」
「そこは考えがあります。
その為に頑張って来ましたから」
「確かにカリムラン様は頑張って来られましたね」
アレックスさんは苦笑いを浮かべる。
ようやく彼の笑顔を見る事が出来た。
「王国と伯爵家には随分と無理させられましたから」
討伐隊の中で、私だけ一度も王都への帰還を許され無かった。
それどころか、報酬も渡されず、討伐隊の中でしか生活する事が出来なかった。
続く討伐に隊員達の損害が増え、王国からは補充の兵士が追いつかなくなってしまい、現在殆どの兵士は国外からの人間で占められている。
「素晴らしい戦士ばかりで、みんな信用の置ける兵士達です」
魔獣討伐は国内だけじゃない。
世界のいたる所から依頼があれば、私達は派遣させられた。
マンフレッドに、兵士の不足を何度も訴えたが、奴はそれを無視し続けた。
きっと私を使い潰すつもりだったんだろう。
だから他国に正規兵ではなく、補助の役割で人員の補充と物資の補給を要請した。
選民思想の強いマンフレッドは正規兵ではないならと黙認した。
補給の物資も横流して、金をネコババしていたのも、奴の残されていた私物から明らかになった。
「私が勇者様の討伐隊に選ばれなくて当然ですね…自惚れてました」
アレックスさんは3年前、私に倒された時の話を切り出した。
「アレックスさん、あの勝負は紙一重でした」
「…慰めになりません、あれは私の完敗でした」
アレックスさんは卑屈になっている。
選抜試験の不合格、妻の失踪、2つの出来事に自信を失っていると知っていた。
「違いますよ」
「違う…何がです?」
彼は思い違いをしている。
「あの時、貴方は本気で立合いましたか?」
「もちろんです」
きっぱりと言い切るアレックスさん。
だけど立合いの前日にアントネラの失踪を知ったと、先程彼から預かったアントネラの父親からの書状に書いてあった。
「アレックスさんの攻撃は本物でした。
あの一撃が本来の威力だったら、負けていたのは私でした」
「まさか…」
信じられないだろうが、心を乱していたら、真の実力が出せないのは当然。
「負けは、負けですよ」
確かにそうだが、私は勇者。
剣と魔法を操る私に、一撃を喰らわせたのは誇るべき物…もしかして?
「アレックスさんの不合格は決まっていたのです」
「まさか?」
どうやら知らなかったのか。
アントネラの父親は言って無かったの?
「討伐隊の正規兵は貴族の人間と最初から決まってました」
「…知らなかった」
やはり、この国は腐っている。
アレックスさんは平民の出。
正規の討伐隊になれるチャンスは初めから無かった、推薦状さえあれば選抜試験は誰でも参加出来ただけ。
平民で勝ち抜いた隊員も居たが、最後は私が倒すよう王国から命じられていた。
「アレックスさん、貴方の力は本当に素晴らしかった。
さっきも言いましたが、貴方の状態が万全だったら、負けていたのは私だったのです」
「いや…でも私は」
「聞いて下さい」
ここはちゃんと聞いて貰わないと、話が進まない。
「確かに私は勝ちました」
「そうです、だから…」
「私は最終試験で徹底的に貴方を潰すよう命じられてました。
不具者になっても、場合によっては殺しても構わないと」
「…なぜです」
「貴方の実力が貴族より遥かに優れていたからです」
嫉妬からだろう。
私は命じられるまま、アレックスさんを叩きのめした。
だけど殺せなかった。
素晴らしい実力、殺してはならないと私の本能が叫んでいた。
後で散々咎められたけど、後悔は無かった。
「私はこれからどうすれば…」
アレックスさんは静かに呟いた。
義父も知っていた討伐隊の秘密と、妻の裏切り。
彼の心には絶望しかないだろう。
ここからが本番だ。
「私と来て下さい」
「勇者様?」
「私はこの国を去ります」
「何を言ってるのですか…」
アレックスさんは沈んでいた瞳を私に向けた。
胸の鼓動が痛い。
こんなに緊張しているのはどうして?
私に何が起きてるの?
「…既に亡命の手はずは整っています。
討伐隊の正規兵以外、私に付いて来る兵士も」
心を必死で落ち着け、言葉を紡ぎ出す。
アレックスさんを見るのが怖くて瞳を閉じる。
裏切り者と、斬りかかって来るかもしれない、彼に殺されるなら、別に構わない。
このまま国の捨て駒に使われていたら、いつか魔獣に殺されるだけ。
「国を捨てるのですか?」
「私は最初から見捨てられてました」
「だけど…」
もう一息、私は再びアレックスさんを見つめる。
「私は貴方となら、共に歩める、いや歩みたいのです」
「どうして…私なんか」
「言ったでしょう、貴方の実力は本物。
だから必要なのです」
「俺の力…」
ここまで来たらもう大丈夫。
次はアントネラとの決別。
「最後にこれを」
私は懐から袋を取り出し、アレックスさんに渡した。
「指輪…」
アレックスさんは、袋の中に入っていた指輪を取り出した。
「貴方がアントネラに贈った指輪です。
マンフレッドが隠してました」
「マンフレッド…」
アレックスさんの瞳に怒りが滲む。
王国に対する絶望、マンフレッドへの怒りだ。
「…分かりました」
ゆっくり立ち上がるアレックスさん。
指輪を地面に置き、上から自分の剣の柄を叩きつけた。
「これをアントネラに」
「分かりました、後でアントネラの元に届けさせます」
「行きましょう勇者様」
私を見つめるアレックスさん。
これで思う存分戦える。
「私の事はカリーナとお呼び下さい」
もうカリムランは居ない。
私は新たな人生を歩むんだ。
「分かったよカリーナ」
「ありがとう、アレックス」
差し出した手を握るアレックス。
テントの外は綺麗な青空、私達の未来を祝福しているようだった。
最後はアントネラ




