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庶民は近視なんだよ

作者: BEL

 人類の経済活動が太陽系全体に広がる時代、人類はエネルギー問題を解決し、繁栄を謳歌していた。


 その繁栄を支えているのは、真空のエネルギーを汲み出す真空炉。

艦艇のエネルギー源として活用されているが、一般的なエネルギー源としても普及している。


 「燃料」を必要としないエネルギー源の登場は、宇宙開発・宇宙植民を大いに進展させたのだ。



 とあるスペースコロニーで老巧化した真空炉を更新する計画が進んでいた。

だが、総選挙で減税を掲げた野党「庶民党」が勝利し、新政権は減税の財源を捻出するため、更新は10年延期となった。


 そんなある日、真空炉の異空間エネルギー吸収口に異空間方向からのガンマ線バーストが直撃した。

異空間には星が無いと考えられていたため、そちらから何かが来ることは想定されていなかった。

だが、近隣のブレーンでの超新星から放出されたガンマ線バーストが何らかの未知の現象により異空間方向に射出され、それが運悪く当たってしまったと推定された。

後に宙軍の潜空艦が近隣ブレーンを調査し、該当する超新星の痕跡を確認したそうである。


 問題は現在の真空炉である。


 異空間エネルギー吸収口にダメージを受けた真空炉は不安定となり、吸収制御が効かず暴走状態となった。

現場の施設長は、直ちに真空炉のコアを異空間に向けて強制排出するよう進言する。


 だが、政権の意向を受けた上層部は反対する。

コアを排出するという事は、真空炉が破壊されて使えなくなることを意味しているからだ。

与党幹部から「あと10年使わなければならない。何としても持たせろ」とクギを刺されていた社長は、再利用できるように、どうにかしてコアの停止を実施するよう命じる。


 やむを得ずコアの安定化に取り掛かる現場スタッフたち。

多くのシステムが損傷し、動作が不完全なため、修理しつつの作業は困難を極めた。

本社より施設自体を異空間側に移動させコロニーへの被害を防止する空間隔離船が派遣されたが、ここの真空炉は規格が古く、空間隔離のための機能が物理的に接続できない事が判明した。


 もちろん、施設長はそんな事百も承知である。

本社にはそんな基礎知識も無いのかと怒りが湧いたが、もしかしたら「やってますアピール」なのかも知れない。


前政権の担当者も真空炉を更新するか延命するかを話し合った際に


 「規格が旧式だから非常時の対応が難しい。なので延命措置には賛成できない」


と語っていたが、新政権の担当者は


 「真空炉を隔離する必要が生じた前例は無い。そんな事に備えるより、庶民の生活を救うための減税の方が大切だ」


と語り、一方的に更新延期を命令したのであった。



 さらに事態は悪化する。

政権首班が自ら真空炉へと出かけると言い出したのだ。


 コアの安定化作業を中断し、スタッフたちは受け入れ準備に奔走する。

「ボスが来る」とか「社長が来る」どころの話ではない。

一コロニーの首班が来るのである。


 先行してやって来た与党の人間が様々な「指示」を出して現場をかき回す。



「何だこのガラクタの山は! トーロス様が来られるのだぞ、さっさと片付けろ」



 安定化作業に使う機器が正常に動かないため、システムの調査装置が至る所に接続されていたが、それらは接続を解除して撤去された。

また、多くのメンテナンスパネルが開かれていたが、「見苦しい!」という指摘で、それらも閉じられた。


 データを遠隔で取得するシステムも正常ではなく、直接機器から有線でデータを取得する必要があったが、メンテナンスパネルが閉じられたため、重要な情報がいくつも取得できなくなった。


 こうして「受け入れ準備」が整ったところで、メディアを引き連れてトーロス首班が到着した。

彼は、生中継で所員を叱責し、庶民の味方をアピールした。


 だが、一刻を争う中、首班受け入れのためコアの安定化作業が停滞した事は、致命的な結果を招いた。


 二日後、遂にコアが暴走するエネルギー流入を遮れなくなり、崩壊。


 真空炉は爆発し、多くの死傷者が出る。


 空間自体に空いた穴からは多くのエネルギーが流入したが、やがてそれは止まる。

だが、今度はこちらの宇宙からエネルギーや物質が流出するようになる。


 事態を重く見た連邦政府は軍を派遣し、コロニー政権の了承を得ることなく空間魚雷によって「穴」を強制的に塞いだ。

その「作業」により、さらに数百名が犠牲となったが、そのまま放置すればこの宇宙を構成するブレーンが裂け、最悪真空崩壊に発展する危険も想起されたため、やむを得ない措置であった。


 だが、マスコミは「多くの庶民を犠牲にした乱暴な解決策」として軍と連邦政府を批判し、多くの人々がそれに同調した。


 コロニーは真空炉爆発と、その後の軍による「作業」の影響で維持困難となり崩壊が確定的となった。

住民は避難を余儀なくされ。 避難完了後まもなく崩壊。 コロニーの残骸は軌道を外れ漂流しはじめる。

そのまま放置すると危険なため、結局軍によって処分された。



 数年後



 エネルギー企業は事故の責任を問われ、多額の賠償金を課された。

だが、当時の政権与党も政府首班も全く責任を問われる事は無かった。


「事故を起こした企業が責を負うのが当然だろう」


 本当だろうか。

コア排出していれば、何の問題も無かった。

政権が変わってなければ、元々間もなく廃炉して新型炉へ更新する予定だったのだから、何の抵抗も無くコア排出が行われ、コロニーまで失う事は無かっただろう。


 コレは事故ではなく、「事件」ではないのか。

事件ならエネルギー企業は「実行犯」で、政権は「主犯」だろう。


 コア排出という対策を「妨害・禁止」した行為は「背任」であり、背任は立派な「犯罪」だ。


 その後、多くの外惑星系コロニーで真空炉が停止され、人が住めなくなった無人コロニーが虚しく軌道をまわっている。

また、木星圏の衛星も真空炉の停止で居住地としては使えなくなる。


 住む場所を追われた人々は太陽光でのエネルギー供給方式が使える地球圏や火星圏へと移住を余儀なくされ、各地で移民問題が発生。

治安の悪化を招く。


 また、内惑星圏でも太陽光では移民によって急増する需要に対し十分なエネルギー供給が出来ず、旧式ではあるが豊富な海水を燃料にした核融合炉を使える地球本星とコロニー群や火星圏との経済格差が広がっていく。

木星圏では水素や水の供給は可能だったが、経済的に核融合炉を再稼働させる環境が整っておらず、同じ対応は出来なかった。


 それは地球住民と宇宙住民の分断・対立へと発展していく。


 さらにマスコミに配慮して合理的対応が出来ない政府と、合理性の塊である軍の対立も表面化しつつあった。

空間魚雷の使用は軍の独断ではなく、連邦政府の了解を得てのものだったが、「軍に騙された」とする論調で、政治家が軍を攻撃。

マスコミがそれに同調する事で、反軍プロパガンダを広める。



 それから10年。

今日も当時の首班は「危機に行動力を発揮した庶民本位のリーダー」として影響力を発揮し、マスコミもそんな彼を英雄と讃えていた。



「なんかトーロス首班って、一部の人たちの間では悪く言われる事もあるんですよね。変ですよね。そもそもコロニーに真空炉を導入したのは前政権なのに。もちろん、事故の際のトーロス氏の対応に100点満点は付けられません。色々やるべきでない事をしたり、明らかな間違いもやらかしてると思います。でも、70点くらいは付けても良いんじゃないですかね。前政権の時に事故が起きていたら、住民が避難する間もなくコロニー崩壊させて、何万人もの犠牲者が出ていたかも。それを思えば、トーロス氏は立派ですよ」



 人気コメンテーターもこのように語り、首班を賞賛しつつ、コロニーの動力源として真空炉を採用した前政権を批判した。

だが、核融合炉では燃料供給の問題があり、「生命線」を握られたコロニー側の立場が弱くなるのは、大昔の歴史を見れば一目瞭然なのだがな。


 そもそも「真空炉を導入したこと」が事故の原因と言ってよいのか?


交通事故で死亡者が出るのは「車を発明したから」だろうか。

飛行機が墜落事故を起こすのは「飛行機を飛ばしたから」だろうか。


その論で行くと、

 戦争が起きるのは人間がいるから

となり、

 戦争を無くす方法は人類を絶滅させる事だ

という話になってしまう。


誰かが悲しむのは、そいつが生きているから。

そいつを殺せば、そいつは悲しまなくて済む。


そういう理屈になってしまう。


だが、多くの人は主張の「穴」に気付く事は無く、一部気付いた人の指摘がなされても、多くの人は

 「名も知らぬ誰かの話」

より

 「人気コメンテーターの話」

を「正しい」と見做すため、その「穴の開いた論」が正しいと判断され、庶民党支持の拡大傾向が続いた。



 こうして人気を高めた庶民党は、数か所のコロニーで活動する地域政党から、太陽系全域で活動するようになり、宇宙庶民党へと改名し支持者拡大が進んだ。

外惑星系植民地の多くを機能不全に追い込む結果を生んだ人類未曽有の大災厄を主導した彼らが、なぜか宇宙の人々に支持を広げている背景には、こういった事情があったのだ。

そして地球本星でも移住してきた宇宙出身者の間で、宇宙庶民党の支持が広がっていく。



 あるシンクタンクの主任研究員をしている男が語る。


 愚民と言うのは、崖に立って自らの立つ断崖を突き崩すものだ。

「指導者」の指示の元、断崖を崩すことで得られる甘い蜜の虜となっているのだ。

外から見れば「なんとも愚かな」光景だが、本人たちは落ちて死ぬまで間違いに気づかない。

隣の者が先に落ちても「裏切り者がどこかに消えた」としか思わない。


 そんな愚民をコントロールする術に長けた者が、権力を握るのだ。

だが権力者というのは政権与党や連邦大統領の事を指す訳ではない。

もはや太陽系の主権は庶民ではなく、愚民を支配するマスコミにある。

政権はそんなマスコミの傀儡に過ぎないのだ。


 そして普段は彼らの敵に政権を持たせておき、反政権キャンペーンで庶民の不満を蓄積する。

ここぞという時に「力を開放」して子飼いに政権を取らせ、「改革」を実施する。

その改革は実際には庶民を苦しめるもののため、政権は短期間に崩壊するが、動き出した改革自体はもう止まらない。

そしてまた、不満蓄積フェーズに戻り、十数年後再び政権を奪取するという流れを繰り返すのだ。

この「間歇支配」によって、マスコミは全てをコントロールしている。


 男は「庶民は近視なんだよ」と語り、僅か十数年前の事すら忘れてしまうと嘆いた。


 これが普通選挙制度を採用している政治体制の欠陥。


判断力のある者が投ずる票も1票。

判断力の無い者が投ずる票も1票。


 能力無き者に有る者と同じ力を与える。

それは一見公平に見えるが、公正からは程遠い。

そして判断力無き者は、マスコミの「先導」に従って行動するのだ。



 だが、近年ではその様相に男も気づかぬ変化が起きていた。



 選挙の日、多くの人々の脳に「通知」が届く。


「あなたにオススメのお得情報です! 今日は宇宙庶民党の候補に投票しましょう!」


 普段から「通知」に従い、自分のアタマで考える事をしない人々は、「通知」の指令に従って1票を投ずる。

それはグルメログのお勧めに従ってディナーに行く店を決めたり、カカクガイドの評価で買う品を決め、ウィスパーのトレンドを見て着る服を選ぶ。

そんな生活をしている人にとって、何ら違和感のある行動では無いのだ。


 特に自分自身の判断力に乏しい若年層は通知だけが頼りである。


 良識ある人たちは彼らを愚民と呼んでいるが、その実態は愚民を通り越して「家畜」なのかもしれない。

自らは何も考えず、ただ通知に従って生きている。

それは最早、人ではなく、家畜……。



 先の男の言葉で締めくくろう。


「昔、ある東洋の島国が没落した。 私とそのスタッフはその原因を特定した。 国民主権の民主制が崩れ、報道機関主権の報主制になった事が最大の原因だ。 今、太陽系連邦は同じ道を進んでいる。 祖先の失敗を今また繰り返すのを止められないのは、虚しい限りである」


 だが、その男も、真の権力者にはたどり着いていない。

それはマスコミのドンなどではなく、マスノティサー(通知業界)のフィクサーなのだ。

人々を扇動しているのは旧態依然のマスコミではなく、マスノティサーなのである。

そう、今やマスコミすら、多くの「家畜」を抱える彼らの手下でしかない。


 だが、フィクサーは人々の幸福の為に働いているのではない。 自社の利益の為に働いている。


 分断が進む太陽系、後に太陽系大戦と呼ばれる前代未聞の大戦争が起きる原因が、ここにあるのであった。


補足資料


・ブレーン

ブレーンワールドについて検索すると宜しい。



・宙軍

いわゆる「宇宙軍」の事。陸・海・空が各々1文字なので、宇宙も1文字にした次第。



・潜空艦

ブレーンと呼ばれる我々の宇宙から外れて、宇宙の「外」に移動する機能を有する宇宙船。

元に戻れるように「アンカー」と呼ばれる物体を宇宙に残して「潜航」する。 アンカーはセンサーも備えており、潜望鏡と呼ばれる事もあるが、船自体と有線で繋がっている訳では無い。


この世界のテクノロジーは10光年先に移動する手段(いわゆるワープ航法)は無いが、宇宙の外や近隣の宇宙ブレーンに移動する事は出来る。

空間を歪めて近道ワームホールを作る技術が確立されていないため、遠く(宇宙の外)に行けるのに、近く(数光年先)に行けないという謎状態になっている。

蒸気船はあるけど、蒸気機関車は無いようなバランス。 つまり隣の島には短時間で行けるが、島の反対側への陸路は時間がかかるような話。



・真空崩壊

某wikiで「偽の真空」について調べると宜しい。

もし発生すれば、太陽系全滅どころの話ではない。

なお、本作中で描いた状況では発生可能性はほぼゼロだ思われるが、それは21世紀の物理学での結論。

作中では僅かであっても、無視するわけにはいかないレベルだったという設定。(1年放置で0.数%くらいですかね。)



・空間魚雷

空間に穴をあけ、目標を「宇宙の外」へ「沈める」兵器。

空けた穴を閉じる機能を有していて、本編中ではこの機能で「穴」を塞いだ。

ただし、一旦空けてから出ないと閉じれない。 閉じやすい状況になっていないと、閉じれないためだ。

歯の治療で削らないと埋められないのと似た話。



・内惑星圏/外惑星系

天文学の定義では「内惑星」は地球より内側の惑星。 つまり水星と金星。 「外惑星」も同様なので、火星以降を指す。

だが、人類の活動圏が太陽系全般に広がると、この「地球本位」の考え方に異論が出始める。

作中世界では天文用語としての「内惑星・外惑星」の定義はそのままだが、社会的に使われる「内惑星圏/外惑星圏・内惑星系/外惑星系」はアステロイドベルトを起点として区別されている。

つまり水星から火星までの地球型惑星が内惑星圏・内惑星系で、木星以降の木星型惑星が外惑星圏・外惑星系とされている。

まぁ交通の利便性とかを考えると、火星を木星の仲間にするのは、経済・社会的な立場からは無理があるだろう。



・グルメログ

本来はレストランの予約を取るサービス。 レストランの評価も掲載したため、今ではレストラン評価サービスだと思われている。



・カカクガイド

販売店と商品に関する口コミを掲載している。 評価と価格のランキングが有名。



・ウィスパー

短映像SNSと言えばよいだろうか。 直接脳に届くので「映像を見る」というより、「体験する」と言った方が近い。 どの映像を体験するかの判断基準として、AIが提示した「トレンド」と呼ばれる情報を頼りにしている人が多い。



・通知

サービス運営元から直接脳に届く情報。 運営元が自分で送る情報もあれば、上記のウィスパー等の各種サービスから委託されて送る情報もある。


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