呪縛
パンパン!
はじめは音がなってる事にも気が付かなかった。イヤホンを通じて流れる音楽に耳を傾けて、電車に揺られて眠っていた。
パンパン!
イヤホンからの音と混ざり合って違和感を感じ、薄っすら目を開けて頭を上げた。何の音だろう。そう思い辺りを見回した。
パンパン!
一人の男がしきりに手を叩いていた。40代位だろうか。中肉中背でワイシャツにスラックス姿。黒のリュックを背負ってる。その辺にいそうなサラリーマンだった。そんな男が一定のリズムで手を叩いてる。
パンパン!
僕以外にも乗客はちらほらいた。どちらかといえば空いてる方。お昼少し前の時間帯だからこんなもんだろう。他の乗客はその男の存在を認識はしてるものの、我関せずといったところで無視を決め込んでる様子だった。近くに座っていた若い女性は、なんとなく危機を感じたのか、そそくさと別の車両へ移っていった。
パンパン!
パンパン!
パンパン!
手拍子のリズムが上がってきた。そろそ佳境なのだろうか。男の拍手は激しくなり、タップでリズムを刻みだした。
パパンパン!パンパン、パンパン!
パパンパン!パンパン、パンパン!
パン!
最後の拍手の後、男の動きが止まった。いや、溜めに入ったと言ったほうが正解か。5秒。いや、10秒経過した後、男は急にこちらに振り返って、
「すしざんまい!」
、、、いや、イヤホンしてたから聞き間違いかもしれない。でも確かにそう聞こえた。「すしざんまい」って。他の乗客もポカーンとしてた。えっ。何?これ何って。
そんな一つの車両の乗客を置き去りにして、電車は次の駅に着き、その男は悠々と電車を降りていった。
僕にはあれが何だったのかを表すことはできないが、ただ一つ、僕の中のすしざんまいが壊れてしまったのは確かだ。