◆第8章「断罪の檻と、新たなる門出」
――浅井 桐谷の選択
執行者としての任務を終えた後、浅井 桐谷はしばらく人目を避けるように町を歩いていた。
(俺はこれまで、ただ命令に従ってきた。正義も悪もなかった。ただ切り捨てるだけ。)
だがあの夜、天貝 晋太郎のあの一撃を受け止めた時、浅井は己の胸に宿る小さな熱に気づいてしまった。
(あれはただの力じゃなかった……。あれほどの力を、あんな風に、誰かや何かのために力を振るう――)
その想いは、執行者としてではなく、一人の人間として今まで目を背け続けた夢だった。
そんな気持ちを再び呼び起こしたのが天貝 晋太郎だった。
そして、浅井は全てを捨てた。 執行者としての地位も、名誉も。 No.9の称号とともに、ここで死に、ただの浅井 桐谷という一人の青年として――天宮高校へ転入することを選んだ。
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――阿久津 大道との対面
天宮高校へ転入してきた初日、浅井は職員室から教室へ向かう途中で、大柄な男に呼び止められた。
「おい、浅井 桐谷……いや、ただの浅井でいいか?」
「……あんたは?」
「阿久津 大道。風紀委員長だ。お前は執行者を辞めたのか?」
「……そうです」
全てを捨てこの街の秩序になる。
それが執行者であるにもかかわらず、浅井はそれを捨てた。
そんな浅井の返答を聞き、険悪な雰囲気になるかと思いきや、阿久津は豪快に笑った。
「昔の自分と今の自分はどうだ?変われたんだったら、俺は――“新しいお前”を見てみたい。それだけだ。」
(……こいつ、晋太郎みたいに真っ直ぐなやつだ)
浅井は少し照れくさそうに肩を竦めた。
「ま、あんたのその筋肉に説得力があるよ。」
「ハハッ!それは最高の褒め言葉だ!」
そんなやり取りに、傍に控えていた影縫 彩芽が呆れたように小さくため息をついた。
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――F組の教室にて
そして浅井は、ついにF組の教室の扉を開けた。
教室内が一瞬で静まり返る。
浅井は教卓の前に立ち、低い声で告げた。
「……転入してきた浅井 桐谷だ。これから、よろしく頼む。」
その言葉に、沈黙が返る。
紅蓮がゆっくりと立ち上がり、険しい目を向けた。
「おい、テメェ……。自分が何したかわかってて、ここに来たのか?」
「……」
「俺らの"友人"(ダチ)の右腕を切り落としたんだぞ?あの時、あいつがどんな顔してお前を見てたか……忘れたなんて言わせねぇぞ?」
浅井は黙って視線を落とす。
そこへ水鏡 莉央が、挑むように一歩前へ出る。
「紅月さんの言う通りですわ。執行者の看板を下ろしたとしても、その罪は消えなくてよ?」
彼女の隣で弔伊も珍しく険しい目をしていた。
「……莉央様の仰る通りです。あなたは確かに任務だったのでしょうが……僕たちの大切な仲間をあんな目に合わせた」
浅井は息を飲むと、深く頭を下げた。
「……あの時、俺は執行者として動いていた。命令を受けて、ただそれを果たした。だけど――」
顔を上げるその瞳は、今までの冷たいものではなかった。
「晋太郎と戦って……あいつに“希望”を見せられて……初めて、自分が何を壊してきたのか分かったんだ。……だから俺はここに来た。全部、やり直したくて。お前たちの“仲間”になりたくて。」
紅蓮はしばらく浅井を睨みつけていたが、やがて大きく息を吐き、目をそらした。
「……簡単に許せるわけじゃねえ。けど、あいつだったら……多分、お前を受け入れちまう気がするんだよな」
「ちょっとだけ腹立つわね、それ」
水鏡がふくれて目を細めた。
「でも、友人として迎え入れる以上、私の前で同じ過ちを二度は許しませんわよ?」
「覚悟しておくよ」
弔伊も苦い顔をしつつ小さく頷く。
「……莉央様の言葉は僕の言葉でもあります。失望させないでください」
そして最後に、雫が歩み寄り浅井をじっと見つめた。
「あなたの刃で、"彼"を確かに傷つけた。……でも、今のあなたの目は、もうあの時のものじゃない」
そしてそっと微笑む。
「だから、“友人”として迎えるわ。これから、また少しずつ……築いていきましょう。」
(ああ……これが“希望”か)
浅井は胸の奥で、確かに何かが解けていくのを感じていた。
そして心の底で、強く誓った。
(今度こそ、この手で守ってみせる――)
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――だが訪れる断罪
その日、昼休みに突然教室のドアが開いた。
「皆さん、ちょっといいですか?」
現れたのは天宮 総一郎。天宮町を築き上げた天宮 健一郎の息子にして、天宮高校の理事長。
その場の空気が一気に緊張に包まれる。
「今回の一件――執行者への攻撃、執行権限を侵害した行為は、例外なく重大な規約違反です。」
「待ってください!浅井はもう執行者じゃ……!」
紅蓮が叫ぶが、総一郎は静かに首を振った。
「分かっていますよ。今回の件で、彼は全てを捨てて生徒として戻ってきた。それは尊い決断です。……しかし、ルールはルールです。いかなる理由があっても。」
視線は次第に冷たく、だが悲しみを含んで晋太郎のいない机を見つめた。
「天貝 晋太郎くんには、校内の特別隔離区画で経過観察を受けてもらいます。」
教室がざわつく。
「そんな……!」
「ルールを破った結果です。彼は危険視されている。それでも……私は信じたい。いつか、また普通の生徒として戻ってきてくれると。」
総一郎は寂しげに目を伏せた。
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――新たな決意
その後、浅井は一人で晋太郎に会う決心をした。
「……直接、謝りたい。あいつに全部……言わなきゃいけない。」
「行ってあげて。……恩人なんでしょ?」
雫がそう告げると、浅井は小さく頷いた。
一方、隔離区画。簡素な白い部屋に一人佇む晋太郎の元を訪れたのは、浅井ではなかった。
黒い棺を背負った災禍が、静かに微笑む。
「君はほんと、いつも無茶するね。でも……そういうところが、私、好きなのかも。」
「……また、お前か。」
「うん。また、私だよ。」
災禍はそっと晋太郎の右手を取った。
「君がどこにいても、どれだけ隔離されても、私には見えるから。君の“光”が。」
「……ありがとな。」
小さく、でも確かに晋太郎は笑った。
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その後、災禍と話している間に浅井もやってきた。
「お前は……"黒棺"。お前もそいつの味方だったんだな」
「私は元々……"執行者"の方針……好きじゃない」
俯き答えた災禍の表情はどこか寂しそうだった。
「浅井、頼みがある。F組の皆を守って欲しい。今はここから出る訳には行かない。けど、執行者達はみんなを狙うかもしれない。」
晋太郎がそう言うと浅井は「任せて」と即答した。
こうして、浅井は少しずつF組の仲間として溶け込んでいく。
---◆第8章「断罪の檻と、新たなる門出」 了
◆第8章 登場人物一覧
●天貝 晋太郎
F組の生徒で主人公。脳力は「右手に希望を(ライト・オブ・ザ・ホープ)」。
浅井に右腕を奪われたが、黒棺 災禍との出会いを通して再び立ち上がる。
右腕は普通の人間の腕として再生されたが、再び雷を纏い、「神の一撃」で浅井を撃破する。
●黒棺 災禍
黒い棺を背負った少女。大人しく物静かな性格だが、晋太郎に想いを寄せる。
F組にはまだ編入しておらず、街で晋太郎と交流し、ともに過ごす中で彼の再起を支える。
この章では1日だけの“デート”を通じて心を通わせる。
●浅井 桐谷
執行者No.9。脳力は持たないが、常人離れした身体能力と“なんでも切れる”才能を持つ。
前章で晋太郎の右腕を切断し、この章では再戦で「神の一撃」に敗れる。
●月島 雫
F組の生徒。式神と護符を使う少女。晋太郎に恋心を抱く。
晋太郎の“裏切り”に複雑な感情を抱きつつも、仲間として信じようとする。
●紅月 紅蓮
F組の生徒。脳力は「爆熱起動」。炎を操る。
仲間想いで、晋太郎の行動を信じようとする側。
●水鏡 莉央
F組の生徒。脳力「幻光写し(リフレクト・ミラージュ)」。規律と正義を重んじ、裏切りとみなされる晋太郎に懐疑的。
●弔伊 直也
F組の生徒。脳力は「相殺」。
冷静に事実を見極めようとし、秩序に従う立場を取る。