◆第6章「神速の切先と、交錯する過去」
――嵐の予感
F組と風紀委員の戦いから数日が経ち、天宮高校には再び静寂が戻ったかのように思われていた。 しかしその裏で、さらなる「異変」が忍び寄っていた。
夜の校舎。誰もいないはずの訓練場で、複数の警報が作動する。
風間 洞爺の元に急報が届く。
「……侵入者? 校内に……いや、これは――」
直後、風間の背後に“斬撃の風”が吹く。
「ちょっと通るよ、邪魔しないでね」
黒髪の青年――浅井 桐谷。 執行者No.9 コードネーム《神速》が、突如として天宮高校に現れたのだった。
――執行者
翌朝、天宮高校では一部の区域が封鎖されていた。侵入者の痕跡と、破壊された訓練施設。だが、生徒たちにはその事実は伏せられていた。
そんな中、F組の面々に異例の通達が下る。
「――“招待”だ。今回は執行者からだ」
「招待って……執行者!?」
紅蓮が驚いた表情を見せる。
【執行者】――天宮町直属の“処罰部隊”。
各地で脳力犯罪や秩序を乱す存在を即時に排除することを任務とする、影の公安機関である。
規律を絶対とし、情を排したその任務には、時に学園内の生徒すら対象となることもあった。
そしてその牙が、ついに天貝 晋太郎に向けられたのだった。
「敵の目的は恐らく天貝だ。ただ学園に通達が来ていないことから“個人の任務”である可能性がある」
「くれぐれも無茶や違反の無いように。ただ、命の危険があるなら戦闘もやむ無し、だ。」
しかし、水鏡はすぐ言い放った
「いかなる理由があっても、執行者への攻撃は規則違反です。」
「晋太郎が危ないんだよ!?規則とかそんなので割りきれるものじゃないでしょ!!」
「それは……。」と落ち込みながら、秩序と天秤をかけて揺れている水鏡は辛そうに思い詰める。
「オレは"友達"に危害を加えるってんなら、王様だろうと、容赦しねぇ」
各々がそれぞれ思うことがある中、晋太郎は意を決して向かう。
呼ばれた場所に現れたのは、一人の青年。 黒い羽織、切れ長の目。右目には包帯が巻かれ、刀を肩に担いでいる。
「こんにちは、F組。用事のご挨拶ってとこかな。――俺は浅井 桐谷。早速だけど、行くよ!」
――戦闘開始:右腕を切り裂く一閃
自己紹介とともに構えた浅井は姿を消した。
「消えた!? いや、速い……!」
水鏡が鏡を展開し、周囲の反射を用いて幻影をばら撒く。
「《幻光写し(リフレクト・ミラージュ)》! あなたを欺く“光”の虚像――!」
しかし。
「すごい数の幻影だね。でも"避けちゃえばなんてことは無い"ただの幻影。」
幻影を軽々と避けた浅井は晋太郎の前まで来て
ゴシュッ!
晋太郎の右腕が、突然斬り飛ばされる。
「が……あああああッ!!」
血が舞い、床を濡らす。
「晋太郎!!」
雫か(しずく)が叫ぶが、浅井はその右腕を拾い上げ、無造作に肩に担ぐ。
「さて、持ち帰ろう。これが目的だったし」
「……テメェ!!」
紅蓮が《爆熱起動》を発動するが、
その爆撃が追いつく前に、浅井の刀が再び振るわれる。
「居合一閃・焔凪」
その一閃は熱源の一切をかき消した。
「着弾する前に斬れば、熱は届かない」
浅井は軽やかに跳躍して距離を取る。
「……何がしたいの、あなた」
雫が睨みつけると、浅井は静かに言う。
「……本当は嫌なんだよ?突然やってきて、何も事情を知らない人を斬るのは。だけど、命令されたからやった。ごめんね。俺、良い奴じゃないからさ」
――雷鳴と右腕
負傷しながらも晋太郎は立ち上がる。 腕が……ない。それでも、戦おうとする意志が彼を支えていた。
「おれは……まだ“負けてない”!!」
右肩から、雷が溢れ出す。
「その右腕が俺の“守る力だ。でも……! “希望”は、俺の中にもまだあるッ!」
ドォォォン!!
「居合一閃・雷切」
雷光が暴走的に走るが、浅井は神がかりの反応速度で雷を切り裂いた。
「凄いね。あの雷……斬れなかったら、確実に死んでた」
その間に、水鏡がもう一つの罠を仕掛けていた。 鏡面反射の幻影が全方位に広がり、浅井の視界を錯乱する。
「これは圧を感じる――っ!?どれが本物だ!? でも、全部斬ればっ……!」
彼が振るった斬撃は確かに感触があったが、錯覚を見抜けず、"水"で出来ていて、形を無すだけだった。
その隙をつき、冷水が“氷の杭”を地面から打ち出し濡れた部分を凍らせる。
「凍れ――!」
足元を凍結された浅井は、一瞬だけ動きが鈍る。
「いまだ、晋太郎!」
晋太郎が雷撃の拳を浅井の胸元に叩き込む。
ドカァァァン!!
手応えを感じつつ、一撃で葬るほどの全力を当てた相手を確認にするが………。
「――危なかったァ」
周囲が雷光に包まれ、辺りにあった街路樹が焦げる。だが、すぐに視界は黒に染った。
浅井は晋太郎の腕を盾にしてダメージを一切受けていなかった。
そして、落とした腕を静かに拾い上げ、まるで何かを証明するかのように、ただ一言を口にした。
「執行者……No.9、“神速”の名にかけて。回収完了」
そう言うと浅井は華麗に飛んで消えた。
晋太郎は叫ぶ力もなくただ、ゆっくり視界を閉じた。
◆
あれから数日後、街の片隅。夕暮れ前の陽光が射す中――
晋太郎はひとり、うずくまっていた。
右肩から先が、ない。痛みはもう感じなかった。代わりに、空虚と無力感だけが残った。
(……なんで……どうして……)
各々から元気出せと言われたが、姉との唯一の繋がりでもあり、自分の命を救った右腕を失い途方に暮れていた。
みんなどう接すればいいか分からずここ数日はずっと公園のベンチで座っている毎日だった。
その時、彼の前にそっと差し出されたのは、小さな黒い傘だった。
「……雨、降ってないのに」
「照れ隠し。傘は、“隠すため”にも使うの」
現れた黒い服に背丈に見合わないほどの大きな棺を背負った彼女は、黒棺 災禍と言うらしい。
その表情はどこか寂しげで、自分を哀れんでいるような表情だった。
「……どこか行かない?晋太郎くん」
◆
言われるがまま、ついて行き
ふたりは、街を歩いた。
アイスを食べ、他愛もない話をしながら、服屋では変な帽子を被って笑い合った。
「……楽しかったな」
「ね、恋人……みたいだったね? 私たち」
そう言って微笑む災禍に、晋太郎は問いかける。
「なんで俺に優しくするんだ。……今日初めて、会ったのに」
「……あなたの“光”は…ちゃんと誰かを照らしてた。そんな人を切り捨てるのが正義なら――私は正義なんて……………必要ないと思う」
災禍の目に、静かな決意が灯る。
「腕、取り戻したい?」
晋太郎は静かに驚く。
「もしかして、君は俺のことを知っているのか?」
「私…"執行者"だから。………遠くからずっと見てた。あなたの、“光”はどこにいてもわかった。優しく、相手を照らしてくれる素敵な“光”が。」
そう言って災禍は、そっと晋太郎の胸元を押した。
「行って。全部、取り戻しに」
◆
――深夜。
黒棺 災禍と名乗った少女は1枚の紙切れを渡してきた。それは、執行者たちのアジトであったのだ。
執行者本部、地下区画。機械的な壁面と異常な静けさに包まれた空間。
天貝 晋太郎は、ひとりでそこに立っていた。
右腕は、ない。それでも、全身に走る雷の波動は確かに生きていた。
その先に立ちはだかるのは――浅井 桐谷。
「随分と懲りないねぇ。片腕なくして、何しに来たの?」
「……返してもらう。俺の右腕、俺の信じてきた希望……」
「馬鹿だねぇ。僕に勝てないんだから、何も意味ないよ!」
浅井が一閃を放つ。
しかし天貝は、一歩も退かず、それを素手で受けた。
雷光が迸る――いや、呼応するように“空間”そのものが唸った。
(……戻ってくる)
(俺の“力”が……俺の“想い”が……)
その瞬間――晋太郎の右肩から、新たな雷光が走り抜ける。
焼けただれたような傷跡の中から、雷の稲妻が形を取り始める。
「ッ……右腕が――!!」
“それ”は肉体ではなく、雷そのものとして顕現していく。
やがて、晋太郎の右腕は雷の構成体として再形成される。異能と精神が結びついた“新たな意志”の形。
「……神の、鉄槌!」
《神の一撃》――!!
晋太郎が振るった拳は、巨大な雷槌の如く、空間ごと浅井を飲み込んだ。
「何ッ――ガァアアアアアアアアアッ!!!!!」
空間が崩壊し、床面が裂け、雷が全てを焼き尽くす。
――沈黙。
やがて倒れ伏した浅井の右手から、黒ずんだ晋太郎の“元の腕”が転がり落ちる。
「……戻ってこい。お前は、俺の一部だ」
晋太郎はゆっくりとそれを拾い上げた。
雷の波動が、穏やかに身体に戻っていく。
◆
翌朝――F組、教室。
新聞部の玉来 美穂が記事を打ちながら、ぼそりと呟いた。
「……まさか、本当に“倒しちゃう”とは思わなかったわね。執行者のルールは絶対――。まぁ、覚悟は認めるけどね」
…………。
場面は変わり、雫と紅蓮は、それぞれの思いを胸に、空席の晋太郎の席を見つめる。
「……あいつ、バカみたいに真っ直ぐだからな。心配なんてしねえ」
「信じてるわ。私たちの“友達”だもの」
一方、教室の隅では、水鏡と弔伊が交差する視線を交わしていた。
「……許されない行為です。」
「けど、それでも大切なものを守るためです。彼にとって右腕はたったり1人の家族との手がかり。どちらが正しいかなんて、誰にも言えないですよ」
「それでも…………。」
執行者に手を出すこと。ましてや倒してしまっては晋太郎の立場も危うい。
彼の身を案じていても、規則を重んじてきた水鏡の一族としての責務と板挟みになりながら、割り切れない表情で水鏡 莉央は視線を落とす。
そんな彼女になんて声をかければいいわからず弔伊も同じく視線を落とす。
ふたりの視線は、決して交わらなかった。
けれど、それぞれの正義は――確かに、そこにあった。
◆
雷は、まだ鳴り止まない。
だがそれは、“破壊”の音ではない。
希望という名の、新たな始まりの“兆し”だった。
◆第6章「神速の切先と、交錯する過去」了
◆第6章 登場人物紹介
天貝 晋太郎
F組所属の主人公。脳力「右手に希望を(ライト・オブ・ザ・ホープ)」を持ち、神格者の右腕に宿る雷の力を操る。
本章では執行者No.9・浅井 桐谷に右腕を奪われ、右腕を失ったまま、No.8・黒棺 災禍と邂逅。一日を共に過ごし、心を通わせる。その後、自身の腕を取り戻すため“裏切り”を選び、執行者の拠点へと単身乗り込む。
黒棺 災禍
執行者No.8。常に大きな棺を背負う少女で、口数少ないが、芯のある優しさを持つ。
街で偶然出会った晋太郎と一日を共に過ごし、心を通わせていく。本章では彼女の心の揺れと、執行者としての立場との間で葛藤を抱える姿も描かれる。
浅井 桐谷
執行者No.9。冷静沈着かつ高圧的な性格で、任務遂行のためには手段を選ばない。
晋太郎の右腕に宿る力に興味を抱き、それを強奪する。本章での敵対者。
月島 雫
F組所属。式神と護符を操る術式使い。晋太郎への想いを抱きつつ、彼の“裏切り”に心を揺らす。仲間として信じたい気持ちと、事実に対する不安の間で揺れる。
紅月 紅蓮
F組所属。脳力「爆熱起動」で炎と爆発を自在に操る。
天貝の“裏切り”に動揺しつつも、信じようと行動する熱血漢。
水鏡 莉央
F組所属。脳力「幻光写し(リフレクト・ミラージュ)」を使い、光の屈折で幻影を生み出す。規律を重んじる性格で、天貝の行動に厳しくも冷静な視線を向ける。
弔伊 直也
F組所属。脳力はまだ不明。秩序と正義を重んじる立場から、天貝の単独行動を問題視する。
同時に、かつての執行者としての経験から、独自の視点で天貝の行動を分析する。