◆第3章「雫の過去と、雷の誓い」
それは数年前の記憶。月島 雫の心に刻まれた、決して癒えることのない傷。
家族を失ったあの夜――。
小さな頃、彼女の兄は希少な脳力の持ち主だった。だがその力は、ある日突然暴走し、家を焼き尽くした。両親は助けようとし、兄は――自らの力に飲まれて、消えた。
「力は、奪うものなのよ」
それ以来、雫は力を恐れ、そして強くなろうと誓った。自らが力を制御できる存在になるために。誰かを守るために。
――そして現在。
天宮高校の屋上。風が吹き抜ける夕暮れ時。
「月島さん」
晋太郎の声に、月島は振り返った。彼は少し息を切らせながらも、真剣な眼差しで彼女を見つめている。
「……昨日、話してたこと。俺、ちゃんと聞いてなかった気がする」
「……何のこと?」
「君の家族のこと。脳力の暴走で……って」
月島はほんの一瞬、目を伏せた。だがすぐに、静かに頷いた。
「そう。だから私は、あの力を見て……怖かったの」
「でも俺、逃げたくない。誰かを守れるなら、この右手を使いたい」
晋太郎は右手を見つめる。まだ制御できない、けれど希望を込めたその手に、月島はゆっくりと近づいた。
「なら、もしその力が暴れそうになったら……私が止める。全力で」
「……それって」
「怖いからじゃない。君に……生きていてほしいから」
風が吹き、髪が揺れる。夕陽に照らされた月島の瞳は、どこまでもまっすぐだった。
「ありがとう、月島さん。いや……雫」
彼女は、わずかに目を見開いた。そして――ふっと微笑んだ。
「……じゃあ、私も。晋太郎って呼ぶ」
お互いの名前を、初めて“素直に”呼び合った瞬間。距離は確かに縮まった。
だが、その温かな空気を引き裂くように、校内放送が鳴り響いた。
『緊急連絡――A棟研究エリアにて、実験中の脳力が制御不能状態に。最寄りの教員および脳力保持者は直ちに応援に向かってください』
「また……!?」
雫が顔をしかめたそのとき、晋太郎はすでに駆け出していた。
「行くぞ、雫!」
「ええ、もちろん!」
二人は駆ける。夕焼けに染まる校舎の廊下を、風を切るように――。
◆
A棟研究エリアは、すでに暴走する脳力の影響で建物の壁がひび割れ、電光が走っていた。
暴れていたのは一年生の男子生徒。自分の「重力操作能力」を制御できず、半径数メートルが異常な重力場になっている。
「くっ……! 近づけない……!」
駆け付けた教師たちも苦戦していた。
「俺が行く!」
晋太郎が叫ぶ。
「ダメ! あの重力場の中じゃ、体が砕ける!」
雫が叫ぶが、晋太郎は振り返らずに言った。
「俺の右手なら、重力ごと貫けるかもしれない!」
そして、突っ込んだ。
――ズシン!!
重力が襲いかかる。体が沈む。骨が悲鳴を上げる。
(でも……!)
「右手に希望を(ライトオブザホープ)!!!」
叫びと共に、右腕から光が奔る!
雷の一閃が重力をかき消し、暴走する脳力の中心へと突き刺さった。
「うわあああああッ!!」
少年が叫び、重力場が砕け散る。
その場に、崩れ落ちた少年と、立ち尽くす晋太郎。右腕からはまだ雷が弾けていた。
「止まれ……もう、いい……!」
しかし雷が止まらない。暴走の兆し――そのとき。
「晋太郎!!」
雫が、彼の前に立った。
彼女の瞳は怯えていない。
「私が、止めるって言ったでしょ!!」
叫びと共に、彼女の手が晋太郎の右手を強く握る。
雷が、静かに収まった。
やがて、二人は床に座り込む。沈黙の中、雫が囁いた。
「……大丈夫。あなたは、この力をちゃんと制御できた。私は信じるから」
その言葉に、晋太郎は小さく頷いた。
「ありがとう。俺、絶対にこの力を……守るために使う」
――それは、雷にかけた“誓い”。
過去の痛みも、恐怖も、少しずつ越えていく。
二人の間に、確かな絆が芽生え始めていた。
◆『第3章 雫の過去と、雷の誓い』――了。
◆第3章 登場人物一覧
●天貝 晋太郎
本作の主人公。
脳力「右手に希望を(ライト・オブ・ザ・ホープ)」の持ち主。
右腕に宿した神格者の力を通じ、感情を源に雷を操る。雫との出会いをきっかけに、仲間との絆を意識し始める。
●月島 雫
F組の生徒で、静かで真面目な少女。
過去に抱える秘密と向き合いながら、仲間との信頼を築こうとする。晋太郎に対して特別な想いを持ち始めている。