◆第2章「F組の日常と、月の雫」
模擬戦闘と突発的な襲撃事件を乗り越えた翌日。天貝晋太郎は、正式に天宮高校2年F組の一員となった。
――教室の扉を開けた瞬間、空気が一変した。
「おっ、来たなヒーロー!」
最初に声をかけてきたのは、真っ赤な髪を無造作に立たせた少年、鋭い目つきと、どこか不敵な笑み。だがその瞳は、敵意ではなく、興味と期待で輝いていた。
「昨日の模擬戦、見てたぜ。あの右手……マジでバケモンみてぇだったな」
「……いや、まだまだ未熟だよ。あの一発撃っただけで、半日くらい動けなかったし」
「ははっ、謙遜もできるとか好感度高ぇな。俺、紅月 紅蓮。よろしくな、相棒!」
がしっと握手を求めてきた紅蓮に、晋太郎は少し戸惑いながらも応じた。
(こういうタイプ、嫌いじゃない)
そのとき、静かに教室の隅から視線を感じた。
窓際の席に座っていた一人の少女。涼しげな黒髪に、深い青の瞳。制服の袖からのぞく細い指が、ノートに何かを書き込んでいる。
「あの子は……?」
「ああ、月島 雫。このクラスじゃちょっと有名人だな。頭いいし、強いし、でもって……めちゃくちゃ美人」
紅蓮の説明を聞きながらも、晋太郎は彼女の静かな存在感に強く惹かれていた。
そのとき――彼女がふと顔を上げた。目が合う。
しばしの沈黙の後、彼女はそっと立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
「……天貝 晋太郎くん、で合ってるよね?」
「あ、ああ。そうだけど……」
「昨日の戦い、見てた。あなたの右手――すごかった」
「いや、俺なんてまだ全然……」
「でも、あの“力”は使い方を間違えれば、人も世界も壊せる。そうならないことを願うわ」
言葉は鋭くもあったが、その奥に優しさと不安が混ざっていた。
「……気をつけるよ。俺も、あの力が怖いから」
「……そう」
月島 雫は短くそう返し、再び自分の席へと戻っていった。
(あの目……何かを知っている)
そう感じた晋太郎だったが、その思考は突然の騒がしい声に遮られた。
「まあ、まあ、まあ! ずいぶんと地味な自己紹介ばかりですこと!」
高飛車な声と共に、教室のドアがバンと開く。そこに立っていたのは、豪奢なツインテールに、装飾の多い制服を身にまとった少女だった。
「貴方様が、例の“雷男”ですわね? 初めまして、わたくし水鏡莉央と申しますの」
(なんだこのテンション……)
晋太郎が呆気に取られていると、その後ろから眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の青年が現れた。
「莉央様、あまり騒がれるとF組の方々の迷惑になります」
「うるさいですわね、弔伊! わたくしは“幻惑の貴婦人”としてのご挨拶をしに来たのですわ! 失礼があってはいけませんから!」
その弔伊 直也は、やれやれといった様子で微笑みつつ、晋太郎に頭を下げた。
「すみません、彼女は……ちょっとした問題児でして。あ、僕は弔伊 直也。彼女の、まあ……従者みたいなものです」
「従者ではなく、騎士ですわよ! 騎士! 永遠の忠誠を誓ったのだから当然ですわ!」
水鏡 莉央は言いながら、ポケットから手鏡を取り出して自分の姿を映したかと思うと、その鏡の中からもう一人の水鏡が現れ、晋太郎の周囲をくるくると回り始めた。
「これが、わたくしの脳力。“幻光写し(リフレクト・ミラージュ)”。光の反射を利用して幻を作り出す能力ですの。ね? 美しいでしょ?」
「……確かに、すごいけど……眩しすぎる……」
「うふふ、そういう返し、嫌いじゃありませんわ」
なぜか気に入られたらしい。水鏡はにっこりと微笑み、手鏡をしまう。
そんなドタバタ劇を、月島 雫は呆れたように見ていたが、ふと小さく笑った。
その笑みに、晋太郎はどこか救われた気がした。
(――ああ、こういう日常も、わるくない)
だが、その安らぎは、そう長くは続かない。
帰りのホームルームが終わり、教室を出ようとした晋太郎の背中に、そっと声がかけられた。
「……君の右手のこと、少し気になっているの」
再び月島 雫だった。彼女は真剣な目で晋太郎を見つめていた。
「私の家族も、脳力の暴走で……失ったの。だから、君のように“より力を持つ人間”が、自分を見失ってしまうのが怖い」
「……俺は、自分を見失わない。あの力で誰かを傷つけるくらいなら、使わない方がマシだって思ってる」
「……そう。なら、信じてみようかな。あなたのこと」
その瞬間、夕陽が窓から差し込み、彼女の髪と瞳を金色に照らした。
晋太郎はふと思った。
(この人が、俺にとっての“希望”になるかもしれない)
それはまだ、確信ではなかった。
けれど、その胸の高鳴りは、確かに何かを告げていた。
――運命が、静かに動き出していた。
◆ 『第2章 F組の日常と、月の雫』――了。
◆第2章 登場人物
天貝 晋太郎
天宮高校F組の男子生徒。右腕に秘められた強大な力を持つ脳力者。「右手に希望を(ライト・オブ・ザ・ホープ)」の使い手。
月島 雫
F組のクラスメイトで、無口で神秘的な雰囲気を持つ少女。晋太郎に対して淡い感情を抱いており、彼を気にかけている。
紅月 紅蓮
快活で熱血な性格の持ち主。脳力「爆熱起動」を使い、炎と爆発を操る。
水鏡 莉央
上品な口調で話す才女タイプの少女。脳力「幻光写し(リフレクト・ミラージュ)」を使い、光の屈折によって幻影を作り出す。
弔伊 直也
無口で冷静な性格の男子生徒。規律を重んじる性格。
風間 洞爺
F組担任教師。生徒に厳しいながらも公正な判断を下すベテラン教員。晋太郎の資質にも注目している。