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支配者の台詞

 暗い空間で、送出係から最後の指示を受ける。

「ここから先に出ると、重力がかかってきます。大きく下に引っ張られますが、人の手によって受け止められるはずなので地面と衝突する心配は基本ありません」

 基本通りに事が運ぶよう祈りながら頷く。

「それと同時に強い光が照射され始めます。最初は目を閉じて、少しずつ開けていって下さい」

 頷く。

「最初にやるべきは、肺の中に含まれている水を一気に外へ吐き出すこと。そうすれば、肺呼吸が可能になります」

 教わった手順をもう一度頭の中でシミュレートする。思いっきり、水を吐き出す──

「その後で、例の決め台詞を言って下さい。できるだけ大きな声で」

「決め台詞──」復唱する。

「憶えていますね?」送出係は念の為にだろう、そう訊ねてきた。

 黙って頷く。

 そう、忘れるはずもない。

 今までに何度、何十度、思い描いてきたことか。この場面を。その台詞を叫び、観衆の視線を釘付けにする自分の姿を。その立ち居振る舞いを。

 送出係も大きく頷き「さあ、ではお願いします」と最後の声をかけてきた。「行ってらっしゃい」

 一歩踏み出す。

 眩しい。

 目を閉じる。

 水を。

 ごぶごぶごぶっ。

 すべて吐き出す。

 肺の中に、乾いた空気が流れ込んでくる。

 今こそ。

 精一杯の声で高らかに。

 決め台詞だ!

「初めまして、地球人ども。私は宇宙より来た超新生怪獣だ。今日から私がこの星を支配する」

 言った。言い切った。

 観衆の顔を見渡す。

 彼らは皆目を剥き怖れおののいて──いないようだった。

「元気な男の子ですよ」観客の一人が笑顔で言う。

 別の観客はハンカチで目頭を押さえている。

 さらに別の観客は──真っ赤な顔で汗まみれになっている。

 一体、これはどういうことだ?

 汗まみれの観客の真っ赤な顔をじっと見る。

「はじめまして。ママだよ」その観客は大きく笑いながらそう言い、頬を撫でてきた。

「何故、怖がらないのだ?」訊ねる。

「うんうん」その観客は相変わらず笑いながら頷いて見せる。

「ほえーって言ったわね」ハンカチで目頭を押さえていた観客までが笑い、頬を撫でる。「ご挨拶かしら」

「おばあちゃんだよ」先の観客がそう言い、ハンカチの観客の顔が近づいてきた。

「うふふ、おばあちゃんか。そうね、おばあちゃんですよ」

「それでは産湯に浸からせますね」また別の観客がそう言い、突然暖かいものに包まれた。

 どうなっているのだろう。

 観客たちの台詞の方が圧倒的に多いではないか。

 今やすっかり主役の座を奪われてしまったような気がする。

 これは──


          ◇◆◇


「失敗ですね」送出係が言った。「またしても──やはりというか」

 あたかも新生児であるかのように振舞いつつ出現し、支配者として名乗りを挙げすべての地球人たちに恐怖を与え跪かせる。

 そういった計画で、地球略奪の作戦は進められてきた。もう何年も──何万年も。

 だがいまだに、誰一人として成功者はいない。

 何が原因なのか、日々研究はされているがいまだその謎は解明できていない。

 ある研究者は、地球人には『恐怖』という情動が欠落しているのだと言う。また別の研究者は、地球人にも恐怖はあるが、それを感じる場面、恐怖の要因となるものが、我々とは相違している、ないし真逆なのだと言う。

 さらに最近の研究では、地球人という生き物は宇宙から来た知的生命体、彼らが呼ぶところの宇宙人や宇宙怪獣、モンスターという存在が大好きで、恐怖どころか友愛の情を抱いているのだ、と主張されている。

 送出係は今までに、何億回となく支配者候補を送り出してきた。彼は単なる送出係であり、何故ミッションが成功しないのかについて解析したり論文を記したりする仕事には一切従事していない。だが、その背を押し、声をかけ、今度こそと祈りつつ送り出してゆく中で、飽くまでも個人的に思う事がある。

 確かに地球人たちは、生れ出てきた者のことを「怪獣」だとか「モンスター」「宇宙人」などと呼び、そう呼びながらもその存在に怯えるどころか明らかに喜びを表出している。そして。


 愛


 といったか。

 その特殊な、やわらかくあたたかい雰囲気が、そこに現出するのだ。それは何故か。


          ◇◆◇


「我こそは新たなる地球の──」

「あははは、喚きだしたぞ、怪獣くんが」

「者ども、跪くがよい」

「まあまあ、何か気に入らないことがあるのかしらね、この怪物くんは」

「さもなくば貴様らすべて滅び去るだろう」

「うふふふふ」

 何度叫んでも、どんな台詞を使っても、観客は怖がらない。

 何故だ。

 このままでは任務失敗だ。それだけはなんとしても避けなければならない──


          ◇◆◇


「精々、叫び続けて下さい」送出係は肩を落としながら言った。「それが現時点で支配者候補に取り得る唯一の行動ですから……まあ、地球人たちはへとへとになりながらも聴いていてくれますよ。だって」

 そっと舞台に背を向ける。


 ほあー

 ほあー


 背後から弱々しい声が聞こえ、その数倍も大きな地球人たちの話し声や笑い声が怪物の声を覆い隠す。

「地球人たちの耳には、どの台詞も『ほあー』や『ほえー』としか聞こえていないのですから。支配者の台詞は、そもそも根本から書き換える必要があるのでしょう──まあ、私はそれを言える立場ではありませんけどね」

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