第九話 ウルテリア国の大公の息子エリオ
会場にはいくつものテーブルがある。だが、席が決まっている形式ではなかった。各自、テーブルで気に入った料理を皿に盛って食べる形式だ。
食事会とは言っているが、ほとんどの令嬢はあまり料理に手を付けていない。飲み物を片手に歓談に興じている。食事会の形式が格式高くなくてホッとした。
参加者を見るが年頃はコレットと同じか少し高い程度の女性が八割。男性は二割だった。年配の参加者は誰もいない。
同年代の男女が集まって楽しくお話しようとする食事会だ。庭に向かって開いてる大窓からは音楽が聞こえている。ダンスをするスペースがない造りにコレットはホッとした。
明らかに参加者に女性が多い。ダンスができるようにしても相手に困るとの判断だ。
見渡すが、もちろん知り合いは誰もいない。参加している女性たちがコレットをちらりと見るが話し掛けてはこない。既に会場内にはいくつもの輪ができている。
「今の内に食事にありつきますか」
会話の輪に入ったら、料理には手を付けられない。食べるのなら今のうちだ。どうせ、話題がなくなれば「あの娘は誰?」となり、誰かが寄ってくる。
テーブルにはオードブルを中心に並んでいた。どれもこれも盛り付けが美しいが、量が少ない。一つを取って口にしてみる。美味しいのだが、味が薄い。
「この料理が特別なのかしら?」
そう思って二品目、三品目を取るが、やはり美味しいが味が薄い。よく言えば腹にもたれない。いくらでも食べられそうな料理である。
悪く言えば、食べた気になれない。食事会の料理で腹を満たそうとすれば、十皿でもコレットには足りない。
「しっかり昼食を摂ってきてよかった。でないと、ひたすら料理を食べ続けるところだったわ」
料理の手が止まったところで、一つの輪が近づいてくる。先頭にいるのは金髪の男性だった。歳の頃はコレットより三つ上と見た。男性はいかにも気品がある。顔立ちも整っている。
着ている服は赤の服。派手さはないが、造りが凝っており、袖や裾のヒラヒラが高級感を出している。
男性が恭しく挨拶をしてくる。
「初めまして、私はウルテリア国、エルグラード大公の次男で、エリオと申します」
エルグラード地方は知っている。隣国ウルテリアの州だ。ウルテリアは大国ではないが多くの芸術家を排出している。
優雅な音楽が流れて来る庭にエリオは視線をやる。
「我が楽団は中々のものでしょう。我がエルグラード家は音楽家への後援に力を入れているんですよ」
お家の自慢だな、と思うが自慢するだけのことはある。
音楽の素人だが奏でる音は心が安らぐ。
「素敵ですね。こんな素晴らしい音楽は田舎では聞けません」
称賛を浴びてエリオは満足そうだった。
エリオが黙っていると、取り巻きの娘がコレットに促す。
「ところで貴女のお名前は何て言うのかしら?」
フルネームを名乗るとマズいかもしれないと警戒した。
「私のことはコレットとお呼びください」
エリオの取り巻きの娘が興味を持ってさらに質問する。
「どちらの御出身なの?」
貴族の集まりならでは当然の質問だ。答えたくはないがミレーからは宣伝してこいとの命令を受けている。
「アルカン領内にある小さな町です」
令嬢たちが顔を見合わせる。「アルカン領ってどこかしら?」の顔だ。
誰も知らないのでコレットはホッとした。あとは父がアルカン領を治めていますといえば、田舎の新興貴族とで勘違いしてくれる。そうなれば興味を失い、輪は離れて行く。
エリオの表情が曇る。
「全ての国の名前と地名には精通している。でも、アルカン領は聞いた覚えがない。どこら辺に位置する土地ですか?」
いい感じに見下されている。興味を失わせるには、あと一押しだ。
「東の果てですわ」と濁した言い方をする。エリオの顔に不快感が滲む。この場に似つかわしくない偽貴族ないしは成り上がり者が混じっていると思ったらしい。
コレットとしては嫌ってくれたほうがいい。好かれてあれこれ聞かれたほうが大変だ。名を売るのはささやかでいい。
エリオが少しばかり詰問調で質問してきた。
「やはり思いつかない。非学な身をお許しください。後学のために教えていただけたら、幸いです。アラカン領内で有名な物は何があるのでしょう」
持って廻ったいいかたが嫌味だ。あと少しでエリオは愛想をつかして去っていく。
「アルカンは不毛の地ですから、これといって目ぼしい物はありません。唯一の自慢はセイブルです」
エリオの取り巻きの女性たちが、顔を見合わせる。
「セイブルってお菓子? 焼き物? 果物?」と囁き合う。よし、誰も知らないと安堵した。すると、一人の褐色肌の男性がツカツカと歩いてきた。男性の表情は険しい。
波乱はこれから来るとコレットは予感した。