第八話 会場入り
馬車で移動中に食事会に関する情報がグレンから伝えられる。
「今日の食事会には隣国の貴族の令嬢や令息が集まっております」
町に貴族の令嬢や子息が集まるのはわかる。町から一時間ほど離れた場所に湖に面した村があり貴族の避暑地として有名だ。おそらく、避暑地での行楽に飽きた貴族が町で食事会を開いたのだろう。
「招待状はいらないの?」
「必要ですよ。ミレー様からきちんと預かっています。ブラウン卿を通しての招待状です」
誰だがわからない偉い人の名前が出た。おおよそ、金で地位を買ったにわか貴族だろうと予想した。答え合わせのつもりで尋ねる。
「ブラウン卿って、どんな貴族?」
コレットの問いをグレンは不思議がった。
「ミッシェル・ブラウン卿は貴族ではありません。聖職者です。お嬢様の村の統治者ですよ。御存知ないでのすか?」
フルネームを聞いてやっとわかった。村ではミッシェルさんと呼ばれているお爺さんだ。村に時折くる聖職者だが、堅苦しくない。気さくで、酒のみ、着ている者も普通なのでそんなに偉い人だとは思わなかった。
ブラウンさんはハロン村に他にもいる。そちらは姓がないので区別するために、聖職者のお爺さんは自分をミッシェルさんと呼ばせていた。
「ミッシェル――、じゃなくてブラウン卿って偉いの?」
「教会の中では非主流派ですが、聖書の研究では権威ですね」
ミッシェルの頭がいいのは村の人なら誰でも知っている。だが、そこまでの頭がいいとは知らなかった。たぶん、村の人も誰も知らない。
「食事会の参加者は何人ぐらいいるの?」
「八十名くらいだと予想されます」
思ったより多い。近くに避暑地があるとはいえ、ここは首都からは離れている。そんなに令嬢や令息が集まるとは意外だった。もしかすると、上流階級だけが集まる格式高い食事会ではないのかもしれない。商人、学者、軍人、官僚もいるのなら気楽だ。
コレットの予想はグレンに裏切られる。
「今回の食事会の参加者には戦禍を逃れるために、疎開されている方も参加されています。この地方としては大規模になっております」
嫌な事を聞いた。念のために確認する。
「もしかして、ハイランドの貴族の方もいるの?」
「そう多くはないでしょう。十人くらいでしょう」
「充分に多いわ!」の言葉を飲み込む。ハイランドの貴族であれば、魔族は敵。戦争に参加していない魔王といえど、魔族は魔族。ばれたら虐められるでは済まないかもしれない。
誰かが厨房から刃物を持ち出す。それで背後からブスリがあるかもしれない。
「帰りたい」と思うが口には出さない。コレットにも背負うものがある。会場となる館の前で馬車が止まる。グレンが扉を客車の開けたときに、金の指輪を渡す。
「お嬢様、お忘れ物です」
コレットは金のアクセサリーを持ってはいない。ドレスと靴だけでは、みすぼらしいからとグレンが気を利かせて用意してくれたものだ。
グレンがコレットの指に指輪を嵌めてくれる。その時にそっとグレンは囁いた。
「これは護身用です。いざとなったらビームが出ます」
おしゃれなアクセサリーではなかった。れっきとした護身用の武器だった。
思ったより危ない場所に行くのではと知る。
使った経験のない道具なので確認しておく。
「どれぐらいの威力なの? 当たっても死んだりしないわよね」
怖いことをグレンはサラリと口にする。
「当たり所によるでしょうね。鎧を着た騎士でも三人ならビームは貫通できます」
護身用ではなく完全な殺人兵器だった。おそらく、この指輪を使う時が来たのなら、それは大事件になっている。何も起こらない未来をコレットは願った。
入口でグレンが招待状を渡す。受付の執事が指示をする。
「御者の方は馬車をこちらに回してください。コレット様はこちらにおいでください」
良く言えば社交界デビュー。悪く言えばコレットは戦場に着いた。
これから入る館は大きい。煌々と灯りを放つ姿は敵の要塞にも見えた。
コレットはドキドキしながら廊下を歩く。案内係が扉の前で止まる。扉の両脇にいた執事が扉を開ける。眩しい光が飛び込んできた。




