第六話 ルシャの名が意味するところ
店に入るとグレンが出てきた。職人用の茶のエプロンをしているグレンは古着屋の恰好が板についていた。店内の品揃えは思ったよりある。商品の種類は、女物と子供用を中心に揃えてあった。野暮ったいが男物の服もある。
コレットはドレスをグレンに差し出した。
「サイズの直しをお願いします。いつくらいにできますか?」
ここで時間が掛かってもコレットとしては問題ない。
着て行く服がなければ次の食事会まで待てばいい。そうすれば心の準備もできる。
グレンは微笑みかける。
「明日の夕方にはできるので、明後日の食事会に間に合いますよ」
服の直しにすぐ対応できるのなら有能だが、本当にできるのだろうか。
コレットの疑問を察知したのか、グレンが答える。
「セイブルにいた時は仕立屋をしていました。紳士服から女性下着。赤子のおむつまで対応できますよ」
魔王の従者は生まれた時から、魔王の従者だと思っていたが違った。きちんと子供時代があり、成長して就職する。その後に転職して魔王の従者になった。
言われれば異常な事態ではない。魔族を知らないがゆえの、思い込みだった。
グレンが育った町に興味があった。
「セイブルって遺跡じゃないの?」
グレンが苦笑した。
「違いますよ。人も魔族も住んでいますよ。人口流出ですっかり寂れましたがね」
町には歴史がある。大して産業がないとの話なので若者が都会に出て行ったのか。
現在のセイブルに住む人間の暮らしが気になった。
「人って奴隷ですか?」
「アルカン国の歴史において市民はいても奴隷はいませんよ。必要もなかったですからね」
コレットのいる国が農奴制を廃止したのは約百年前だった。それまでは職業選択の自由も移動の自由もなかった。
「魔族の国は人間の国より進歩的なんですね。それともお父さんが奴隷制を廃止したの?」
優しい顔でグレンが教えてくれた。
「いいえ、どちらでもないですね。奴隷制がないのはセイブルの栄光の名残ですよ。昔からそうだった、だから今もそうだ、としか言いようがないですね」
町に住む人間が平穏に暮らしているのならアルカン王は穏健なら魔王だ。お父さんと呼ぶ人が傲慢かつ強欲な魔王でなくて良かった。
「いずれは、セイブルに行ってみたいな」
グレンの顔が曇った。
「それはお薦めしません。我が故郷の欠点は極度に排他的なのです。アルカン王の御息女でも拒絶されるかもしれません」
王の娘でも入れないとは、排他的を通り越している。
セイブルは宗教都市であり教会の力が王権より強いのかもしれない。とすると、皇太女として国に入るには、教会にも取り入らなければならない。
「父から名乗ることを許された名前は、コレット・アルカン・ルシャです。意味的にはアルカン王国を継ぐ者ですが、女王になれば入れますか?」
コレットの言葉にグレンは驚いた。
「本当ですか? ルシャは継ぐ者の意味です。でも、アルカン王国を継ぐという意味ではありません。セイブルの管理者を引き継ぐ者の意味です」
ちょいと意味がわからなかった。アルカン王国の中にセイブルの街があるのなら、同じ意味だと思っていた。だが、グレンの驚き具合から何かが違うと感じた。
グレンの表情が曇る。怒りとも驚きとも取れた。グレンの思考はわからないが、推測できる事実が一つある。
グレンはアルカン王から「ルシャ」の名前をコレットが名乗ることを聞いていない。
「何か波乱の予感がする」とコレットはヒシヒシと感じた。今までのグレンと違い怖い顔になった。意図しないところで不評を買った。だが、口にした以上はなかったことにできない。
「ドレスは明日の夕方に取りにきますね」
グレンからは返事がない。嫌われたのならまだいい。
「お前如きが、セイブルの管理者を名乗るなんて許せん!」とばかりに亡き者にしようと行動されたらと堪らない。コレットはさっさと店を出た。
今後は6:10に更新していきます。




