第二十九話 王子、再び
アルカン王はお昼過ぎにやって来た。ミレーが馬の世話をしているので、アルカン王とコレットが二人だけになる。リビングでお茶を出すとアルカン王から切り出した。
アルカン王の態度は軽く、のほほんとした顔をしている。
「コレット、お見合いをする気はないか?」
グレンから縁談と教えられたが、話が煮詰まっているわけではない。アルカン王の表情からするに断れる話だ。だからといって、いきなりの拒絶は賢くない。
「お父様、この縁談は政略結婚なの?」
見合いをするのはいい。だが、相手が気になる。格も実力もある魔王の息子なら気を付けないと痛い目を見る。
「儂は政略結婚だとは思わん。だが、向こうはどう思っているかは知らん。見合いの相手は魔王カルマンの息子。バン・カルマン・ルッツだ」
聞いた覚えのある名前なので、すぐに気付いた。
「ハイランドであったバン王子なの!」
「うん、そう」とアルカン王があっさりと認めた。
よくこの話を持って来たなとアルカン王の頭を疑う。
「バン王子ってお父様を嫌っていたでしょう。なのに、見合いの話を持ってきたの?」
バン王子の父であるカルマン王は、バン王子がアルカン王に剣を向けた事実を知らないのであろうか?
アルカン王の顔には嫌悪の色がまるで見えない。
「バン王子が儂をどう思っているかは知らん。だが、あいつは見どころがある」
どこをどう見たら「見どころがある」となるのかは知らない。だが、アルカン王はバンを嫌ってはいない。アルカン王は鷹揚に言葉を続ける。
「若者はあれくらい負けん気が強くないと物足りん。バン王子は恥辱を晴らすために、父親に泣きつかなかった。あくまでも己の努力で成し遂げる気だ。男はそうでなくてはダメだ」
父親の理想の義理の息子像とコレットが思い描く理想の夫像は乖離していた。
コレットから見れば、バンは思慮が浅く、横暴な男性だ。
コレットは遠回しにバンの評価を下げにいった。
「バン王子は激情が過ぎるわ」とコレットは否定する。
「情熱的だろう」とアルカン王が肯定する。
「人の意見も聞かないわ」とコレットは再否定する。
「他人に左右されるような奴はいかん」とアルカン王が再肯定する。
父はバン王子を気に入っている。こうなると、何も言ってもダメだ。
「断ったらいけないの?」
「お前が嫌なら断ってもいい。ただ、会うだけは会ってほしい。この話はコルネ王経由できている」
ハイランドで場を納めてくれた魔王コルネが絡んでいるのなら、会わずに済ませてはいけない気がする。
バンとの結婚は「ない」が親の顔を立てて良い子を演じねば危ない。
アルカン王に気に入られておいたほうがいい。イワンが下手を打った時のための保険でもある。
「正直に言うわ。私はお父様に剣を向けたバン王子は好きになれないわ」
本音は性格がダメなのだが、アルカン王には言っても無駄。なので『不敬』を理由に挙げる。お見合いの断りのための伏線だった。その上で言葉を続ける。
「でも、きちんと話せばまた違う一面が見えるかもしれない。だから会ってみるわ」
コレットの言葉にアルカン王は喜んだ。
「そうかなら、さっそく場を用意する」
コレットは恥ずかしそうな演技をする
「場所はどこ? 私は礼儀に疎いからお父様に恥を掻かせたくないわ。だから、格式高いのはちょっと困るわ。あと冷え性だから寒い場所も嫌かな」
コレットの言いまわしには理由があった。魔王の城には行きたくない。だから、格式高い場所を避けたかった。何より行きたくないのはカルマン王の居城とハイランド城だ。
コレットの要望をアルカン王は汲んでくれた。
「カルマン王の居城は立派だから見せてやりたかった。ハイランド城なら近いからハイランド城でもいいと思ったが、まだ寒いからな」
先手を打って正解だった。アルカン王は悩んでいたのでコレットから提案した。
「この村はどうかしら?」
提案は拒否されると予想した。否定されたところで、コレットは人間領のどこかいい場所を探すつもりだった。人間領内ならバンも蛮行に走らないとの予想だ。
アルカン王は両手でポンと膝を打つ。
「そうしようか、無理に着飾った姿を見せても上手くいかん。コレットが育ったこの村を見てもらおう。自然体でいい」
予想外の方向に話が進んだ。村でバンが暴れたら、大変なことになる。
コレットは慌てて軌道修正に走った。
「私は嬉しいけど、カルマン王には失礼よ」
強きでアルカン王は決めた。
「いいや、そんな我儘をカルマン王が言うなら、この話は断る。カルマン王から見合いを申し込んできたのなら、こっちのやり方に合わせてもらう」
「変なところで意地を張る」とコレットは苦く思った。アルカン王の実力は最弱かもしれない。だが、カルマン王に格下と見られるのをアルカン王は許せないのだと理解した。
次の更新から6:10に元に戻ります。




