第二十五話 またしてもか
ミレーは外出中なのでコレットがイワンを厩舎に案内する。ミレーが経営する牧場は小さい。現在育成中の馬は八頭いる。その内、買ってすぐに乗れる馬は二頭だ。
案内がてら馬の説明をする。
「牧場でお勧めする馬は二頭です。夏の終わりに馬商人が来ます。それまで育ててから売るつもりでした。ですが、充分に育っているので乗用は可能です」
コレットは厩の一角にイワンを案内する。一頭目に紹介する馬は栗毛の牡。
「すぐに乗れる馬となるとこちらです。気性は荒いですが、持久力に優れています。荷馬にするには少々力不足かもしれませんが、人が乗る分には問題ないです」
じっとイワンは馬を見つめる。
「気性が荒いなら簡単に怯えはしない。戦場には乗って行けるか?」
イワンは気分を切り替えたと推測できた。ハイランドを落とした魔族の進撃が止まる保証はない。次に攻め入られる国で戦うための馬を探している。
コレットは正直に教えた。
「軍馬としての適性はあります。ただ、きちんと軍馬として訓練をしないと危険です。軍馬用の装備に慣れないと馬は落ち着きを失います。また、戦場では音や光に動揺します」
馬の目を見てイワンは品定めする。
「戦場でパニックになられては困るな。大きな音や光には慣らさないと危険、か」
イワンはコレットをチラリと見る。
「この牧場で訓練できるか?」
やり方はミレーが知っている。だが、軍馬用の調教依頼はほとんどない。
「やってくれ、と頼まれればやります。ですが、軍馬専門の調教師がいる牧場のほうが仕上がりは確実です。命を預ける馬ならなおさらです」
「もう一頭を見せてくれ」
二頭目は葦毛の牡だった。栗毛の馬より体躯が大きい。
「この地方では珍しい葦毛の馬です。先の馬より体は大きいです。力も強いのですが、臆病です。音にも敏感です。村と村とを移動する分には問題ないですが、人の多い所は苦手です」
イワンが軽く手を挙げただけで、葦毛の馬はビクッとした。イワンが笑ってそっと葦毛の馬に手を出す。素人が馬に手を出すのは危ない。だが、葦毛の馬は嫌がっていなかった。
葦馬はイワンの手に噛みついたが、力は入っていない。
優しくイワンが撫でると、葦毛の馬は気持ち良さそうにする。イワンが馬の扱いに慣れているのもあるが、葦毛の馬がイワンを気にいったのもある。
「この仔はイワンさんに心を開いたようです」
イワン目が優しくなる。
「葦毛の馬はハイランドに多い。この馬にも同じくハイランド馬の血が流れているのだろう」
ハイランド産の馬には葦毛が多いのは事実。だが、市場でミレーが買ってきたのでハイランド産の馬なのかどうかはわからない。
「この馬は血統書がある馬ではありません。市場で売られていた馬です。でも、王子が言うのなら当たっているのかもしれません」
イワンは自らを腐して言う。
「国が滅んだんだ。私はもう王子ではない。私はただのイワンだ」
「やりづらいわね」とコレットは心の中で愚痴った。だが、扱いづらい客はいる。あまりにも酷い客なら「お前に売る馬はない。とっとと帰れ!」と啖呵の一つも切れる。
現にミレーはやたら買い叩こうとする商人には容赦がない。
現状、イワンは扱いづらいのだが、悪質な人間ではない。降り掛かった悲劇にも同情できるので、冷たくもしたくない。
「では、私のこともコレットとお呼びください。私も村では小さな牧場の娘ですから」
コレットの気遣いにイワンは気付いた。イワンはさっと詫びる。
「今のは私が悪かった。吹っ切ったつもりだが、未練がましい。私はこれからもっと強くあらねばいけない」
「なんか多くのものをしょい込んでいるわ」とコレットは少し哀れに感じた。
試練に耐えられない人間はいる。無理もすれば潰れる。わかっているが、今のイワンに教えても無駄だ。
イワンが葦毛の馬を触りながらコレットに尋ねる。
「この馬に乗ってもいいか」
牧場なので鞍や鐙は用意してある。馬への試乗はお得意さんにしかさせない。悪い人間は馬に乗ったまま盗む。イワンは初めての客だが、盗みはしないだろう。どうしようかと迷った。
「ダメか?」と寂しげな顔でイワンが頼む。イワンの弱った顔を見てコレットの心は動いた。
「本当はダメなんですが、特別に許可しますよ。馬具を持ってきますね」
何も起こらないだろうと、コレットは馬の試乗を認めた。




