第二話 お父様と呼ばせて
「はーい、ただいま開けます」と明るい声を出してミレーが席を立つ。
コレットの心臓は高鳴った。
「これはお土産です」とドアの向こうから男の声がした。魔王がお土産を持って訪ねてきた。もっと怖い者かとドキドキしていたのでいささか、拍子抜けだった。だが、コレットは自分に言い聞かせる。
「油断してはダメよ。相手は魔王よ」
コレットの緊張とうって変わってミレーが愛想のよい声を出した。
「そんな気を使わなくてもいいんですよ。お義兄さん」
ここまでは普通の親戚のおじさんが来たのと変わらない。家の中に魔王が入ってきた。
魔王は普通のおじさんに見えた。丸みを帯びた体形、薄い黒髪、髭はない。肌はコレットと同じ薄いオレンジ色。恰好は村によく来る行商人の着る厚手の服だ。
全然、魔王に見えない。コレットは騙されたかと疑った。
ミレーが魔王と一緒にコレットの近くに来る。魔王がニコっと笑って挨拶する。
「こんにちはお嬢さん、ミレーさんの娘さんか?」
ミレーは軽く首を横に振る。
「違いますよ。コレットはマレーの娘で貴方の娘です」
「嘘だろう?」ミレーの言葉に魔王は驚いた。
ミレーはキッパリと言い切った。
「いいえ、本当です。心当たりが全くないと言い切れますか?」
魔王は狼狽えていた。コレットが見てもわかる。魔王には心当たりがあるのだ。
人間と魔族の恋が成立するのかわからない。だが、少なくとも魔王は子供ができるような事をマレーとしたのだ。
「こちらの席に座ってください。娘との対面ですよ」
魔王はばつが悪そうな態度でコレットの向かいに座った。明らかに娘がいて戸惑っている。ミレーの視線がコレットを捉える。ミレーの目が「今よ」と語っている。
コレットはなるようになれと腹を括った。
「貴方がお父さんなのね。ずっと会いたかった」
「そうか」と魔王はぎこちなく応じた。ミレーの作戦は勝算のない無謀な策ではなかった。現状ではこのまま勢いに乗って行けそうだった。
「私は生まれた時から、私のお父さんってどんな人だろうってずっと考えていたの」
「考えていた」は本心である。一度も会いに来ないので「ろくでなし」と蔑んでいた。なので、どんな面をしてやるのか拝んでやりたいとの怒りがあった。
目の前の魔王が本当の父親とは思えないので怒りはない。
「私はずっとコレットが不憫でしかたなかった」とミレーがポロっと涙を流す。
涙は嘘であるとコレットは見抜いていた。悲しくもないのに涙を流せるのはミレーの特技である。
魔王はここで初めて疑った。
「本当に儂の子なのか?」
ミレーは大いに悲しんだ。
「残酷よ、お義兄さん! この日をずっと待ち望んでいたコレットの目の前で言うなんて」
ミレーの意見には賛成だ。魔王は男として責任を取りたくないのであろう。だが、娘として名乗りを上げた女性の前で言っていけない言葉だ。
魔王の言葉にコレットはムカッとしたので、魔王を苦しめてやろうと思った。
コレットは悲しい顔を作り、幾分声のトーンを落とした。
「どうしてそんな事を言うの? お父さんは私が邪魔なの」
ミレーがコレットをソッと抱き寄せる。
「可哀想なコレット。実の母親に捨てられただけでなく、お父さんにも捨てられるなんて」
「役者よのう」とコレットはミレーの演技に感心した。コレットはここで追い打ちをかける。
「いいのよ。お母さん、私が悪いのよ。私が不出来な娘だから、実の母にも実のお父さんにも捨てられたのよ。全部、私が悪いの」
この言い回しは人の良い魔王の心にグサグサと突き刺さるとの確信があった。
ミレーはグッとコレットを抱き寄せる。二人で涙を流す。
「コレット」「お母さん」と二人で抱き合って泣いた。コレットは悲しくないのに涙は流せない。今回はミレーの演技に引きずられた形で涙が出た。
「うーん」と魔王は唸った。魔王は困っていた。魔王は悪人ではない。少なくとも親子の情を捨てられるほどの非道さは持ち合わせていない。
「わかった。わかったから、泣くのは止めてくれ」
魔王を篭絡する第一段階に成功した。本題はここからだ。魔王に村を守ってもらわないと涙が無駄になる。
ミレーと一緒にコレットは涙を拭く。鼻もかんで勝負の前に落ち着く。
本題をミレーが切り出す。
「ここは戦場より遠いわ。でもいつ戦争になるかわからないわ。お願いコレットだけでも連れて逃げてください」
コレットだけの避難とは聞いていない。ミレーにアドリブを求められている。
悲しい表情でミレーにお願いする。
「そんな今まで私を育ててくれたお母さんを一人、置いてなんかいけないわ」
「いいのよ、コレットだけでも生き延びなさい。私はこの生まれ育った村に残るわ」
「お母さーん」と叫んで立ち上がる。そのまま母の胸に身を預ける。
数秒の間を置いて魔王が口を開く。
「今まで放っておいたのだから、今さら父親面をして親子を引き離すのは心苦しい。何か手を考える」
「かかった!」とコレットは安堵した。ミレーの策の通りに進んでいる。我が母ながら策士だと感心した。