第十五話 アルカン王とバン王子
アルカン王が外に出ると、バン王子も後から従いてきた。従いてきて欲しくはないが、断るのは難しい。コレットの後ろを歩くバン王子は敵意を隠さない。
後ろから襲ってこないか心配ではあるが、アルカン王は気にしている様子はない。
魔族たちは異色の組み合わせを注視していた。さっきより露骨に視線を送ってくる。
誰かが間に入ってバンを連れて行ってほしい。だが、誰も話し掛けてこない。
「気まずいわ」と苦く思っていると、外に出た。外では小雪がちらついていた。
ハロン村では夏に向けて季節が進んでいる。ハイランドではまだ春が終わっていない。
アルカン王がコレットを気遣った。
「外に出たのはいいが、寒くないか?」
「大丈よ。お父様、外のほうが空気はいいわ」
本音を言えば寒い。体だけでなく心も寒い。原因は五歩後ろにいるバンのせいだ。外に出てもバンの殺気が消えない。だが、バンは剣を抜くわけではない。
沈黙が辛いのでコレットからバンに話題を振った。とはいっても、共通の話題は天気くらいしかない。
笑顔を心掛けてどうにか切り出す。
「いいお天気ですね」
バンが不機嫌な顔で答える。
「アルカン王国では天気がいいと雪が降るのか?」
笑ってくれればまだ良かった。寒い空気がより寒く感じた。
「バン王子のお父上はどんな方ですか?」
返事がなかった。代わりに王子の顔が不機嫌になる。家族の話題はタブーだったとわかった。バンへのお世辞でコレットは取り繕う。
「大層お強いんですってね。剣がお得意だとか」
バンが目を見開いて、歯をギリッと鳴らした。
「もうなんなのよ。何を言ってもダメなのよ」と苦しく思った。おそらく、あと一回不機嫌にしたらバンは剣を抜く。もう黙っていようと決めたら、アルカン王が口を開いた。
「止むを得ない。ハイランド王とバン王子では才覚も経験も違う」
「なんだと」とバン王子がついに怒った。コレットは意図してバンを怒らせたわけではない。だが、アルカン王は違っていた。
流れからするとコレットが挑発して、アルカン王が乗った形だ。
親子でバンを馬鹿にしたと誤解された。
アルカン王がバンを細めで見て発言する。
「事実は変えられない。バン王子はハイランド王に勝てなかった。それで他の者がハイランド王を捕えたのではないのか?」
嘘ならまだ救いがあった。だが、バンの燃える目が真実だと語っていた。
「止めて欲しい」とコレットはハラハラしたが、もう流れは止まらない。
バン王子はいつでも剣を抜けるように構えた。
「アルカンでは剣を持って歩く習慣がないのか? それともアルカン王は剣を握れないのか」
バン王子の挑発をアルカン王は笑ってからかう。
「どっちでもないな。今日は友人を訪ねに来ただけ。剣は不要。君の父のカルマン王も友人と語らうのに剣を持ち込んだりしないだろう」
バンの父親の魔王カルマンがどんな人柄かコレットは知らない。だが、アルカン王は知っていると見えた。
バンの視線がコレットを射る。父のせいでコレットもバンに敵意を持たれていた。
「アルカン王家では人間の娘を養女にするのか? 人間の幼い娘を周りに侍らせるとはいい趣味だな」
酷い言われようだが、コレットでもわかる。戦いへの布石だ。アルカン王を怒らせて仕掛けてくるのを待っている。先に手を出させて斬る気だ。
アルカン王が戦う姿を見た経験はない。アルカン王は自らを魔王内で最弱と評価していた。ここでアルカン王が死ねばコレットも一蓮托生だ。
戦うのなら自分のいないところでやってほしい。
あからさまなバンからの侮辱だが、アルカン王は怒っていない。むしろ、楽しそうだった。
「養女じゃない。本当の娘だ。人間は弱い。人間は浅ましい。人間は小狡い。そんな人間の汚れた血を王家に入れるのは愚かしい。そう思うか? でも、それを言ったら」
アルカン王が不自然に言葉を止めた。バンの顔は怒りで爆発寸前だった。
「なんだよ、ハッキリと言えよ。気になるじゃないか」
コレットはピンときた。バンには人間の血が流れている。バンの出自はバンの負い目だ。アルカン王はバンの出生を知っていて、仄めかしたのだ。
「これはまずいわ」とコレットはさすがに思った。人間には他人が踏み込んではいけない領域がある。魔族にもある。
アルカン王はバンの急所を突こうとしている。戦いは不可避に見えた。
曇り空に不吉な一陣の風が吹いた。




