第十一話 ハイランドの王女リーザと王子のイワン
会場がざわざわし出した。魔王の娘が食事会やってきた。これほどインパクトがある話題はない。誰かがツカツカと歩いて来る、赤い髪で薄いオレンジ色の肌の女性だった。
誰かの囁きが聞こえる。
「ハイランドの王女リーザ様が来たわ」
会いたくない人が来た。魔族に国を滅ぼされた王女様が魔族を恨んでいないわけがない。罵られるくらいならいいが、それで済むのか?
コレットはさっとリーザの姿を確認する。フワフワのクリーム色の高級ドレス。ヒールの高い赤い靴。武器は持っていない。ないとは思うが、隠し武器を持っていたとしても、今のリーザの恰好では動きづらい。
「あの恰好なら走って庭に出れば追ってはこられないわね」とコレットは逃げる算段していた。牧場育ちなので足の速さでは貴族には負けない。
リーザは不安が籠った顔をコレットに向ける。
「ハイランド王の娘でリーザ・ハイランドです。今、私のお父様はどうしているのですか?」
国が滅亡したのでおそらくハイランド王は死んでいる可能性が高い。だが、身内の死を「おそらく」で聞かされたならリーザは堪らないだろう。
国が滅んだ時のお悔やみの言葉なんて知らない。そもそも、国の滅亡なんて滅多にないし、王族の娘になることもない。
「この度のハイランド滅亡はまことに無念だったでしょう。ですが――」と言いかけた時に事件が起きた。
リーザは目を見開き、口に両手を当てている。
驚愕の表情はリーザがハイランド滅亡の情報を聞いていないと悟った。
「ハイランドが滅んだ!」と誰かが口にして、場が騒然となる。
リーザだけではない。他の貴族たちにもまだハイランド滅亡の報告は入っていない。
「アルカン王からの情報が早過ぎた」と知ったがもう遅い。会場に不穏な空気が流れた。リーザが倒れそうになると、一人の男性が駆けてきて支える。
王女様より少し年上の男性は王女様と同じ髪の色と肌の色をしている。
「お兄様」とリーザが弱々しく声を出す。王子の顔は怒りに燃えていた。
「ハイランドのイワン王子よ」と会場の誰が囁く。
イワンが唸るような声を絞り出す。
「なぜお前は戦いの勝敗を知っている!」
イワンは嘘だと否定しなかった。イワンはハイランド滅亡の話を聞いていた。だが、秘密していた。イワンの言葉を聞き「ハイランドが負けた」のが限りなく真実と会場の客に受け取られた。
エリオは慌てた。
「コレット譲、嘘はいい加減にしなさい。貴女のせいで食事会は台無しだ」
やりたくてやったわけではないが、退出する良いタイミングだ。
ハイランドの王子が独りで疎開しているわけがない。会場にはいないが護衛の騎士が町にはいる。このままでは帰り道によくて拉致、悪ければ暗殺がある。
「逃げよう」とコレットは決めた。だが、暗殺の可能性を少しでも下げておく。
「皆様をご不快にさせて申し訳ありませんでした。お詫び申し上げます。ただ、我が父であるアルカン王はこの度の戦には中立を貫いており、参加しておりません」
「ウチは関係ないよ」宣言だが、話はあらぬ方向に進む。
誰かが叫ぶ。
「人間領内に攻めてきている魔族はあれで全部ではないのか?」
「攻めてきたのは七魔王で魔王はあと四十一人います」とは言えなかった。迂闊に言えば魔王軍はまだ主戦力を投入していないと、誤解されては困る。
下手をすれば、人間国内に恐慌が起きる。
これ以上は何を言っても悪い方にしかいかないとコレットは判断した。
「失礼します」とコレットはそそくさと退散した。
会場内で何が起こるか知っていたのか、グレンが馬車を用意して待っていた。
サッと乗って指示を出す。
「急いで帰って」
皮肉なのかボケなのかしらないが、グレンが聞き返す。
「宿にですか? それとも家に?」
「家によ!」とコレットはブチ切れた。
ここで町に残れば朝に冷たくなって発見されるかもしれない。
「了解しました。お嬢様」とグレンは微笑むと馬車を村に向けて走らせた。嫌味な笑みだとコレットは不快に思った。だが、グレンは魔王の娘を名乗るなら当然と考えているかもしれない。




