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第一話 偽りの王女

 鏡の前で母親に髪をカットしてもらっている娘がいる。娘は綺麗な金色の髪を肩まで伸ばしている。肌は薄いオレンジ色で目はパッチリ。美しいと形容するより、元気さが溢れる顔立ちだった。


 身長は少し高い。年頃の男の子たちが思わず目を向けるような体ではないが、それなりに出るところは出ている。娘の名はコレット。小規模な馬牧場で暮らす村娘だった。


 鏡に写る母親のミレーは金色の髪に白い肌を持つ女性である。ミレーは小柄な女性であるが、品が良く見える。若い頃はさぞや男性たちの心を奪っただろう。いまはすっかりと牧場の女将さんが板に付いていた。


 小さい時から母親に自分が似ていない事実に早くからコレットは気が付いていた。母親のミレーは実の母親ではない。コレットから母親の話は一度もミレーに訊いてはいなかった。


 穏やかな顔でミレーは切り出した。

「貴女のお母さんの話をさせて」


 コレットはもうすぐ十五歳。いつか実の母親について聞かされる日が来るとは予想していた。


 笑顔を心掛けてコレットは答える。

「何を言っているのよ。私のお母さんはお母さんだけだよ」


 実の母親はミレーだけだとの想いは本当だった。


 ミレーは困ったように微笑む。

「いいえ、これはきちんと聞いてもらわなければ困る話なの」


 優しい顔だが、ミレーの顔には決意が滲んでいた。


 コレットは何を聞かされても動じないつもりだった。

「続けて、お母さん」とコレットはミレーの決意に答える。


「貴女のお母さんのマレーは私の姉。姉は率直に言えば淫乱だった」


 思わず吹き出しそうになるが、コレットは堪える。せめて、『恋多き女性』くらいに濁してほしかった。だが、ミレーは時々、とんでもない言葉を口にする性格なのは知っている。


 ミレーはコレットの心など知らずに話を続ける。

「マレーは当時、付き合っていた魔王との間に子供ができた。それがコレット、貴女よ」


 衝撃の事実のレベルを通りこした。世界に魔王がいるのは知っている。魔族たちは大陸を二つにわけた世界山脈の向こうにいる。世界山脈はコレットの住むハロン村とかなり離れている。なのでコレットはまだ魔族を見た経験がない。


 そんな魔族の王女様です、なんて信じられるわけがない。

「お母さん、嘘よね?」と確認したいが、鏡に写るミレーの顔に嘘は見えなかった。


 コレットが面喰らっていると、ミレーは話を続ける。

「マレーのことだから、恋人がいても五股、六股はあっても不思議じゃない。だから、本当のお父さんが魔王なのかわからない」


 もうこの際は母親が淫乱でもいい。せめて、自分が人間だと思いたかった。


 ミレーの話は続く。

「これから家に魔王が来るから、私は貴方の娘ですって、名乗ってほしいの」


 さすがにコレットも黙ってはいられなくなった。

「ちょっと待ってお母さん、私は人間だよ。魔王の娘になるなんて無理よ」


 ミレーは困った顔をして、諭す。

「そうは言ってられないのよ。魔王の娘になってくれないと村が困るわ」


 話が予想外の方向にどんどん転がっていく。

「わけがわからないわよ。なんでそうなる」


 ミレーがポンと肩を叩いて優しい顔で告げる。

「魔族が世界山脈の中にある山岳国家のハイランド国に侵攻を開始したのは知っているわよね」


 人間の国は五十二。魔族の国は四十八ある。今まで魔族とは小競り合いはあった。本格的な戦い有史以来、初めてだった。


 コレットの住むハロン村でも噂になっている。山岳国家のハイランドは天然の要塞である。人間はハイランドに大規模な援軍を送り戦っている。大方の予想ではハイランドは守り切れるとの話だった。


「魔族侵攻の話は知っているけど、それと魔王の娘として名乗るのはどう影響するの?」


「人間が負けそうなのよ。貴女のお父さんからの情報だと、もう七日もしないうちに魔族がハイランドの首都を落として人間の土地に入ってくるわ」


 村の主婦なら知らない重要機密だった。でも、父親が魔王の一人なら、知っていてもおかしくはない。


 コレットは怖くなった。

「ここにいたら、村の人間に魔族と見做されて殺されるから逃げろって話?」


 親切なおじさん、村の友だちが敵を見る目に変わるのは怖い。戦乱の世は人間の心を荒廃させる。コレットが恐れおののくと、ミレーはそっとコレットの肩を抱く。


「違うわ。魔王の娘になってハロン村の平和に一役買ってほしいの。魔族が村に来た時は殺さないでくださいって言うための布石よ」


 人間だから魔族に殺される。だが、魔族の王様の娘がいるなら相手も躊躇うとの読みだ。


 冷静に考える。村にやってくる魔族には当然に王がいる。自国の同盟先の王族の娘がいたらどうするか? 現場の判断で動けば、後が面倒になるのは目に見えている。


 少なくとも魔王の判断が出るまでは村は無事である。上手く交渉すれば、納税を条件に自治を許してくれるかもしれない。


「村にやってくる魔王に血縁関係がないってばれたらどうするの」

「その時は情にすがって養女にしてもらって。無理なら妃なり愛人になってくれても助かるわ」


 とんでもない方針だが、理解はできる。村人は弱者の集団である。弱者ならではの生き残り戦術だ。だが、相手は魔王である。騙すような結果になればどうなるか。


「失敗したらどうするの? 村を捨てて逃げる」


 ミレーは軽い調子で予想する。

「逃げるのは無理でしょう。失敗したら股から腹まで杭を打たれる。そうして、死ぬ間際に油をかけて人間松明にされるかしら?」


「かしら? じゃない」と抗議したい。そんな拷問を受けて死にたくはない。

「止めよう、お母さん。そんな危ないことをしないで逃げよう」


「無理よ。もうすぐお父さんが到着するわ。村の大人は『魔王の娘がいて安泰作戦』に賛同しているわ」

 コレットの知らないところでとんでもない奇策に村人は走った。


 魔王は強く恐ろしい存在。顔合わせで失敗したら村は夕方前になくなる。

「なんでそんな大事なことを黙っていたの?」


「ないとは思うけど、コレットが逃げ出したら困るでしょう」


 さすがは我が母だ、コレットの性格をよく理解していると感心する。

「相手は魔王だよ。嘘を吐いたらすぐにばれるよ」


「それは思い込みよ。私も姉さんがいた頃に何度か会ったわ。でも案外ボーッとしている人だから大丈夫。乗り切れるわ」


 勝算があっての作戦なのだろうが、こういう心臓に悪い策は止めてほしい。

コレットがなおも抗議しようとすると、家のドアがノックされた。

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