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14. スヴェンの望み

 スヴェンの言葉を聞いたアリーセが目を見張る。


「私を玉座に……? どういうことですか?」


 意味が分からない。アリーセは王族でも何でもないのに。玉座につく資格などないし、歓迎する者もいないだろう。


 スヴェンの考えが読めなくて戸惑っていると、彼が再びガラス玉をアリーセに見せた。


「ウルスラ女王は建国の女王であり、歴代で最も偉大な聖女でもあった。桁外れの神聖力を持ち、未来視と過去視の力によって国を繁栄させたと言い伝えられている。彼女の魂を取り出した大神官は、初めそれを別の女性に移植しようとしたけれど、女王の神聖力が強すぎて器にしようとした人たちは皆おかしくなってしまったみたいだ」


 ガラス玉に目を向けながら、まるで御伽話を語るように滔々とスヴェンが話す。そして、その物語の重要人物だと言わんばかりにアリーセに視線を移した。


「でも、僕は君を見つけた。ミカエル大神官も言っていただろう? 君の器は無限だって。だから君にはウルスラ女王の魂の器になってもらおうと思うんだ。そうして彼女の生まれ変わりとして僕の妻になり、女王となる。君が女王の力を見せつければ、誰も文句は言えない」


 スヴェンの荒唐無稽な話に頭が追いつかない。けれどスヴェンの中では完璧な計画であり、あとは実行に移すだけのようだった。


「……つまり、兄陛下への復讐のために王位を簒奪するということですか?」

「そうだよ。でも安心して。表向きは譲位の形にするつもりだから。無能で卑怯者の兄に代わってこのリンドブロムを治め、平民にも希望と可能性が開かれた国を実現する。それが僕の復讐で、カミラへの(はなむけ)だ」


 スヴェンの碧眼はガラス玉に照らされて美しく輝いていたが、どこか真っ暗な穴が空いているようにも見えた。


「もしかして、学校の建設はカミラ様の夢だったんですか?」

「……そうだよ」


 スヴェンの瞳にさらに影が増す。


「君も賛成してくれて嬉しかった。アリーセ嬢が魂の器になれても、中身が伴わないなら計画は実行できないと思っていたからね。魂を入れたあと、女王と君の人格が別に存在できるのか融合するのか分からないけど、女王の高潔な魂に悪い影響を与えるのは嫌だったから。でも君は女王の生まれ変わりとするのに理想的だと思った。君も平民のために尽力したいと言っていただろう? そのためにも僕に協力してくれないかな?」


 語りながら距離を詰めてくるスヴェンから後ずさりするうちに、壁際に追い込まれてしまった。優しく穏やかな口調なのに、有無を言わせない圧力を感じる。


 しかし、それに怖気づいて頷くわけにはいかなかった。


「殿下に協力することはできません」


 アリーセの返事に、スヴェンがわずかに首を傾げる。


「どうして? 説明したよね? 兄は王位に相応しくない。ああ、もしかしてグランホルム伯爵との結婚を無効にしてくれた恩義を感じて? いや違うか、この計画に乗ってしまうとエドゥアルトと結婚できなくなるからね。まあ、それもあって計画を早めたわけだけど。でも心配はいらないよ。エドゥアルトは愛人にすればいい。彼との子供ができても気にしないから」


 気が急いているのか、先ほどからやけに饒舌だ。けれど、いつもとは違って淡々とした話し方なのが、かえって彼の精神の精神の不安定さを物語っていて胸が苦しかった。


「……違います。私が気にしているのは、そんなことではありません。私は殿下の未来に影を落とさせたくないのです」

「は……? 僕の?」


 スヴェンが不思議そうに呟く。


「殿下は騎士の夢が破れても、文官という新たな道を見つけて努力されたではありませんか。婚約者のカミラ様が亡くなってもずっと想い続け、彼女の夢を叶えようとされていたではありませんか。殿下は私を優しいと仰いましたが、あなたこそ優しい人です。そして不屈の人です。そんなあなたに簒奪者という暗い道を歩いてほしくありません」


 スヴェンは真っ直ぐな心の持ち主だ。しかし、深いトラウマを抱えて真っ暗な闇の中へと落ちてしまいそうになっている。彼を引き止めたい。明るい世界で生きていってほしい。彼には素晴らしい夢があるのだから。


 しかし、アリーセの訴えで彼の瞳に光が戻ることはなかった。


「はは、君は本当にお人好しだね。僕を買い被りすぎだよ。僕だって君のことは嫌いじゃないから、いろいろ気を遣ったし申し訳ない気持ちがある。でもね、それで計画を止めるほど軽い決意じゃないんだ」


 スヴェンが壁に手をつき、アリーセを閉じ込める。そして、女王の魂が入ったガラス玉をアリーセの目の前に近づけた。


「本当にごめんね。君がどうなっても、僕が生涯責任を持って守るから」


 スヴェンが申し訳なさそうに約束したとき、階段から大きな足音が聞こえた。そして、いつかのときのように彼の声が響く。


「それは俺の役目だ! アリーセから離れろ、スヴェン!」

「エドゥアルト!」

「エドゥアルト……?」


 スヴェンが面倒くさそうに後ろを振り返る。するとエドゥアルトともうひとり、彼の望まない人物がいるのを見とめ、吐き捨てるようにその名を呟いた。


「フレデリク……」


 エドゥアルトの後ろには、国王でありスヴェンの兄であるフレデリクがいた。

 

「スヴェン、何をしようとしているんだ。アリーセ嬢を離しなさい」


 アリーセとおそらくスヴェンのことも案じた国王の命令。しかし、彼を憎むスヴェンが従うはずもなかった。


「拒否します。もう陛下の命令を聞く気はありません」

「……やはり、私を憎んでいたのだな」

「ちゃんと覚えはあったんですね。ええ、とても憎んでいるので、陛下にも僕と同じように苦しんでいただきたい」


 スヴェンが空虚な笑顔を浮かべ、手にしていたガラス玉をアリーセの額へと押しつける。


「うっ……」

「アリーセ! やめろ、スヴェン!」


 そしてスヴェンが一言何かを唱えると、ガラス玉──女王の魂は、たちまちアリーセの中へと吸い込まれていった。


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