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12. エドゥアルトの想い

「私に話……?」


 どうしたのだろう。彼の顔を見れば真面目な話だというのは伝わってくるが、いい話なのか悪い話なのか分からない。バルコニーの柵の上にグラスを置き、きちんとした姿勢でエドゥアルトに向き合う。


 するとエドゥアルトがアリーセの手を取って、その甲に口づけた。


「エドゥアルト……? 話があるんじゃ──」

「アリーセ、結婚しよう」


 思いもしなかったエドゥアルトの言葉に、アリーセが目を見開く。息をするのも忘れて彼の琥珀色の瞳を見つめる。これは夢や願望を語っているのではなく、真剣な求婚なのだと理解すると、アリーセの口から「どうして」という言葉がぽろりとこぼれ落ちた。


「どうして、しばらくは恋人気分を味わいたいって……」


 少し前にそんなことを言っていたと思うのに。どうして気が変わったのかが分からなかった。そんなアリーセの疑問にエドゥアルトがゆっくりと答える。


「さっき、君の両親や兄妹と縁を切っただろう? それ自体は喜ばしいことだが……そうすると君には家族が誰もいなくなってしまう。だから、俺が君の家族になろうと思ったんだ」

「エドゥアルト……」

「俺が君の新しい家族になってもいいだろうか?」


 エドゥアルトの凛々しく整った顔が、アリーセを慈しむように優しく愛情深い微笑みを浮かべる。


(エドゥアルトが私の新しい家族に──)


 こんなプロポーズの言葉をもらえるなんて想像していなかった。「家族」という言葉に、これほど胸が高鳴って幸せを感じるなんて、これまでは決してあり得なかった。


 エドゥアルトの瞳に映る自分は、今どんな顔をしているだろう。きっとぐしゃぐしゃの泣き顔になっているかもしれない。だって、こんなにも頬に熱い涙が流れてくるのだから。


「私も……私もエドゥアルトと家族になりたい」


 声を出して泣いてしまいそうになるのを堪え、人生で一番嬉しい申し出に心からの返事をする。すると、ぐいっと手を引かれて、気づけばエドゥアルトの逞しい腕の中に抱かれていた。


「ありがとう、アリーセ。生涯をかけて、君を誰よりも幸せにする」

「感謝をするのは私のほうよ。私と家族になりたいって言ってくれてありがとう。私もあなたとずっと幸せに生きていきたい」


 エドゥアルトの胸の中は、春の日の陽だまりよりも、薪の燃える暖炉の前よりも、この世のどんな場所より温かくて安心できる。


「アリーセ、顔を見せてくれ」

「だめよ、涙でひどい顔になってるもの」

「君の涙は宝石みたいなものだから大丈夫だ」

「何よそれ」


 思わず笑ってしまうと、エドゥアルトの手でアリーセの顔がそっと上向かせられた。


「ほら、泣いていたって綺麗だ」


 そんなお世辞みたいなことを本気で言うエドゥアルトの声はどこまでも優しくて、アリーセは何も言えない。その沈黙の間に、月影に照らされて柔らかな陰影が落ちたエドゥアルトの美しいかんばせが近づいてきた。


「アリーセ、愛している」

「……愛しているわ、エドゥアルト」


 月明かりの下で重なった二人のシルエットは、まるで初めからひとつのものだったように、いつまでも離れなかった。



◇◇◇



 ──それから数日後。


 スヴェンがアリーセを迎えにブラント公爵邸へとやって来た。これから馬車に乗って、学校の建設予定地を見に行くのだ。


 見送りに来てくれたエドゥアルトがアリーセの額にキスをする。


「気をつけてな。帰ってきたらいろいろ教えてくれ」

「ええ、もちろん。じゃあ行ってくるわね」


 ただの見送りなのに熱い視線を絡ませる二人を見て、スヴェンがずばりと問いかけた。


「君たち、何かあった?」


 スヴェンの問いにエドゥアルトがなぜか自慢げな顔をして咳払いする。


「俺たち、結婚するんです」

「えっ」

「この間の夜会でエドゥアルトがプロポーズしてくれて、それで……」


 揃って頬を染めて見つめ合う二人を見て、スヴェンが嘆息した。


「そのうちするとは思ってたけど、予想より早かったな。恋人気分を味わいたいんじゃなかったのかい?」

「まあ、最初はそのつもりでしたが、アリーセと早く家族になりたくて。あと、あれこれ我慢するのがそろそろ辛くなってきたというか……」


 エドゥアルトの言わんとすることを察したスヴェンがじとっとした眼差しを向ける。


「君、アリーセ嬢の前で最低だな」

「エドゥアルトったら……。帰ってきたらお説教よ」

「説教……分かった」

「今そんな嬉しそうな顔になる話だった?」


 それから、アリーセとの別れを名残惜しむエドゥアルトをなだめ、スヴェンの馬車に乗って公爵邸を出発したのだった。



「エドゥアルトのやつ、嬉しそうだったね。君も幸せそうだ」

「ふふ、どうしても顔に出てしまいますね」


 夜会の日から、何かにつけてあのプロポーズのことを思い出しては表情が緩んでしまう。これから仕事に行くのだからしっかりしなくては。


「結婚かあ……。一番幸せなときに別件で忙しくさせてしまって申し訳ないね」

「とんでもないです。学校づくりに携われるなんて本当に光栄なことですから、精一杯頑張りたいと思っています」


 エメラルドの瞳を明るく輝かせ、本心からそう語るアリーセを前にして、スヴェンはどこか遠くを見るような控えめな微笑みを見せた。


「……ありがとう。ごめんね」


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