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4. 抜け出せない地獄

 あの日、エドゥアルトが戦地に行くと知ったアリーセは、彼に想いを告げようと騎士団の訓練場に向かった。多忙な彼に会うには、職場へ行くのが確実だと思ったからだ。


 案の定、彼の姿を見つけたが、アリーセより先に同僚の騎士がエドゥアルトに声をかけてしまったので、アリーセは話が終わるのを待っていた。


 そして、そこで二人の会話を聞いてしまったのだ。

 

『最近、彼女とはどうだ? 何か進展はあったか?』

『彼女?』

『ほら、よく会ってるじゃないか。あの借金だらけの侯爵家のヤバい子。あの子きっと、お前に好かれてると思ってるんだろうなあ。義理で付き合ってやってるとも知らずにさ』

『……そうだな。本当に迷惑だ。できれば一生顔を合わせたくないんだが。まあ、無理な話か……』


 二人の会話を聞いて、アリーセは頭を鈍器で殴られたかと思った。それほどの衝撃だった。「あの借金だらけの侯爵家のヤバい子」というのは、きっと、いや絶対に自分だろう。だって本当に、エドゥアルトは自分のことが好きだと思っていた。


(エドゥアルトは義理で私に付き合ってくれていたの? 本当は一生会いたくないくらい迷惑だったの……?)


 二人の言葉を反芻するたびに、胸が抉られたように痛んで苦しい。


(私、馬鹿だった。どう考えたって彼と釣り合うはずなかったのに。都合のいい勘違いをして彼に付きまとって、本当に恥ずかしい──)


 彼への告白はやめた。

 渡そうと思っていた刺繍のハンカチも燃やして捨てた。

 二度と彼には会わないと決めて、想いを断ち切った。



◇◇



(それなのに、こんな風に再会してしまうなんて……)


 でも、このままアリーセが夫殺しの犯人になって投獄されれば、もう一生顔を合わすこともなくなるだろう。エドゥアルトとしては願ったり叶ったりかもしれない。


 今こんな風に心配そうな顔をしているのは、幼馴染を気遣う情け深い騎士を演じているだけなのだろう。アリーセが彼の本音を知らないと思って。


「……そんな顔をするな、アリーセ。お前は何も心配しなくていい」


 エドゥアルトが慰めの言葉を掛けてくれるが、彼が何かしてくれるとでも言うのだろうか。


 アリーセが睨むように見つめ返すと、エドゥアルトは気まずそうにその琥珀色の目を逸らした。


「すまないが、もう行かなければならない。また来る」


 エドゥアルトはそう言うと、急いで踵を返して部屋を出て行ってしまった。


「……ほら、結局何もしてくれないんじゃない」


 誰からも見捨てられる自分が哀れで惨めで情けない。

 自分は潔白だと信じているからこそ、今のどん底の状態が辛くて絶望に呑み込まれそうになる。


 こんなことならいっそ、伯爵との初夜をさっさと済ませて汚れた人間になっていればよかったのかもしれない。そうしたら、この地獄もなんてことなかったかもしれない。


「明日になったら死んでいればいいのに……」


 逃げ出さないよう靴を奪われ裸足になった足元を虚ろな目で見下ろしながら、アリーセは心からの願いを呟いた。


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