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1. 「家族」のために

「アリーセ、このあと宝石商が来るから用意を頼む」


 父親であるヨアキム・フランソン侯爵から指示されたアリーセは、その愚かな発言に耳を疑った。


(宝石商? 今のこの状況で?)


 ヨアキムは目を眇めながら年代物のワインの香りを嗅ぎ、まるで裕福な貴族のように振る舞っているが、勘違いも甚だしい。なぜなら、見栄っ張りの彼の浪費癖のせいで、家計は大赤字だからだ。


 節制してほしいと何度も頼んでいるのに、ヨアキムはあろうことか下手なギャンブルに手を出し、元々あった借金を何倍にも膨れ上げさせてしまった。もう負債額がいくらになるのかもよく分からない。


「僕も教授に渡すお金を用意してもらいたいんだよね。ほら、成績が悪い分、印象を良くしないといけないからさ」

「私もデート用にドレスと靴を新調したいの」

「わたくしもヘアサロンとネイルサロンに行きたいから」


 アリーセが黙っている間に兄と妹、さらには母親までも好き勝手に希望を述べてくるが、なぜこうも家の財政に無頓着でいられるのだろう。お金はその辺から勝手に湧いて出てくるものとでも思っているのだろうか。


 侯爵家の財政管理はアリーセの仕事で、これまで必死に借金をなくそうと努めてきたが、もうお手上げだ。


「お父様もお母様も、デニスお兄様もモニカも、借金がなくなるまで贅沢は我慢してください。今の我が家にそんな金銭的余裕はありません」


 アリーセがきっぱりと言う。妹のモニカは不満げに頬を膨らませたが、ヨアキムは余裕そうに鼻で笑い、丸々とした顎をゆっくりとひと撫でした。


「問題ない。金はある」


 金はある?

 財政を管理しているアリーセが無いと言っているのに、なぜそれほど自信満々に言い切るのだろう。それに、もし本当にお金があるのなら、宝石を買うより借金を返してほしい。


「お父様、そんなお金どこから──」


 まさかまたギャンブルを当てにしているのかと問いただそうとしたアリーセは、父親のにやけ顔を見て鳥肌が立つのを感じた。


 見栄っ張りの父親が屋敷や財産を売るはずがない。

 ということは──。


(そんな……いえ、まさか)


 嫌な予感を必死で否定したが、ヨアキムは醜悪な笑顔でアリーセの心を打ち砕いた。


「お前のおかげだよ、アリーセ。グランホルム伯爵との縁談が決まった。お前はグランホルム伯爵夫人になるんだ」

「グランホルム伯爵と……!?」


 グランホルム伯爵といえば、一代で成り上がり、大金を使って爵位を買ったとも噂され、陰で成金貴族と呼ばれている。しかも御年60歳の老人で、数年前に亡くなった夫人との間に娘も二人いたはず。


 そんな人のところに、なぜデビュタントを迎えたばかりの娘が嫁がなければならないのか。


「有名な資産家だから、金には苦労しないぞ。明後日には輿入れだから準備をしておけ」

「明後日ですって!? そんなの無理です、断ってください!」

「それこそ無理だ。もう五千万ゴールドも貰っているし、半分使ってしまったからな」

「は……?」


 信じられない。大金欲しさに老人との縁談を勝手に決め、しかもすでに半分も浪費したなんて。怒りとショックで声も出ない。


 寒くもないのに震えるアリーセの肩を、ヨアキムがぽんと軽々しく叩いた。


「たしかに年は離れているが、お前が我慢すれば家族全員が助かるんだ」

「そうよ、家族みんなのためなんだから」

「家族思いのアリーセなら分かってくれるよな?」


 家族(・・)の声が虚しく耳を通り過ぎていく。


(家族全員、家族みんな……。でもその中に私は含まれていないのね──)


 呆然と佇むアリーセの周りに、家族の楽しそうな笑い声が響いていた。


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